表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/43

エピローグ

王都―ランジット屋敷。



朝から人の足音が騒がしく、人々の様子はいつもよりも騒然としていた。


「サレナちゃんサレナちゃん、領地に出す書類確認してくれました?」


「あ、ごめんなさい!しましたしました!完璧!流石ユリアン!」



ユリアンは「はいはい」と受け流し、せっせと封筒に封をした。一方私は。


「いや領地の方も大事なんですが!見てこの状態を!」


「…いくらなんでも派手では?」


「ええ!?これは単なるドレスじゃないわ。ランジットが一押ししてるミミブのドレス職人の!とにかく!新製品よ」


奥様方の目に留まらなくては。社交界は商売の一環だ。私はランジット経由でしか手に入らない数々の装飾品を嫌らしくない程度に身に着けていた。それをユリアンは「うーん」と言いながら首を傾げている。どうしよう、そんなに派手かしら。



高等教育から王都に移ったユリアンは家の屋敷に下宿していたらしい。宮廷に上がった後は一人立ちしたのだが、頻繁に我が家に顔を出してくれている。そして細々と私の仕事を手伝ってくれているのだ。ランジット家には珍しく生真面目で細かい性格なので、書類仕事等は彼のおかげで相当助かっている。ただ、厳しすぎるのが玉に瑕だ。



「それにしても遅くないですか!ヴァリエールさん!ちゃんと今日だって知っているんですよね!?」


「知ってると思うけど…。その内来るよ」


「サレナちゃん!貴女は奥方ですけど、ランジットの当主なんだからもっとビシッと言った方がいいですよ!」



ユリアンにビシッと言われ、私は苦笑いを浮かべた。



私がランジット家の当主になってから2年。ヴァン君と国巡りを終えると、早々に私は後を継いだ。父は1年共に当主業をしたのち、今は有事の際以外はのんびりしている。代々ランジット家の当主は年若くしてなるものだ。そしてさっさと引き継ぎ、後は自由に暮らすのである。


結局旅の間に私とヴァン君はよくよく話し合った。二人の自由を尊重すると、こういう結果になったのだ。父は「やっぱりか」という反応で、親戚たちからも特別反対されなかった。以来、私は王都で悠々とランジット家の商売を繰り広げ、国と領地の調整に精を出している。


ランジットへは国から役人が派遣され、ランジットの監視の下国の交易が行われるようになった。普通に考えれば役人からするとやりづらいことこの上ないのだが…。領地で親戚たちが何をしているのか、派遣される役人の立候補が後を絶たないらしい。きっと人のいい親戚たちのことである、若い役人を歓待でもしているのだろう。現地のことは現地の人に任せ、問題が発生したら私の方に話が来る流れだ。



しかし、もっと色んなところから無理難題が押し寄せるかと思ったが…。今現在、特段困ったことは無い。理由は、親族たちが私に対して甘いから、というだけではない。ヴァン君が方々に顔を出しているのだ。彼は度々王都から姿を消す。それは新しい商業発掘だったり、親族への注意だったりと目的は色々だが、結果ヴァン君の好奇心や探求心の満足とランジット家の利害が一致して中々上手く回っているのである。


私もヴァン君が効果的に手を回してくれるので、多少の寄り道は目を瞑っている。いいのだ、絶対に帰ってくるし、愛するのはお互いだけだし、それに出かけるときに絶対相談してくれるから。ユリアンやメイドたちは私のことを放置し過ぎだと責めることもあるが、屋敷にいる間の彼をよく見てもらいたい。人からは分かりづらいかもしれないが、それはそれは甘やかしてくれる。話もたくさんする。これまでのこと、これからのこと、必要なこと、取り留めのないこと。


だから私は何も不安ではない。寂しくも無い。いつも暖かさに包まれているような気がしている。



「大丈夫だよ、ヴァン君は」


私はユリアンにへらっと笑った。すると丁度馬車の音が聞こえた。私はユリアンに「ね?」と目配せする。ユリアンはため息をついて肩をすくめた。




「ヴァン君!お帰り!」


「ああ。変わりはないか」


ヴァン君は軽々と馬車から降りると迎える私の頭を撫でた。ユリアンが遅刻するのではないかと心配していたと言うと、ヴァン君は鼻で笑った。


私は急いでヴァン君に着替えさせ、王宮へ向けて出発を急いだ。




「サレナ様!」


「ソフィア様!ご無沙汰しております!」


「本当に!まあヴァリエール様も!」


ヴァン君はソフィア嬢に向かって軽く頭を下げた。ヴァン君も慣れてきたのか、今や立派な紳士風に見えるように振舞っている。とても昨日まで荒野に馬車を爆走させていた人とは思えない。


「やあ、こんにちは。妻が今日サレナ様にお会いできるのを楽しみにしていましたよ」


「あ、こんにちは」


現れたのはソフィア嬢のご主人だ。学生時代に彼女が「女好き」と言っていたその人と、ソフィア嬢は変更なく結婚した。ソフィア嬢がそこらの女性よりも美しいからというのもあるが、人生史上最もつれない彼女にどうやら夢中のようで、ご主人はいつもソフィア嬢にべったりである。ソフィア嬢は相変わらず鬱陶しそうな態度で眉を顰めたが、実はまんざらでもないのでは、と私は睨んでいる。


会場には続々と人が集まってきた。ランジット御用達のご婦人方は、一直線に私のところにやってくる。そしてこっそりと私の身に着けているものを値踏みする。お気に召すものがあれば「素敵!あのうサレナ様…」とこんな具合である。ほくほくと挨拶兼商品の受注をしていると、主催者が顔を出した。



今日は王家が取り仕切っているため、もちろんリュイも現れた。但し、その隣にいるのはバーニーではない。私は旅に出ている間のことだったが、結局バーニーは審議で認められなかったらしい。厳しい王妃教育にも耐えきれず、そのうえ年下のイケメン貴族にうつつを抜かしたのがバレたらしい。リュイに責められた彼女は開き直り、破談を受け入れた。最終的にそのイケメン貴族でもなく、彼女同様選民思想の高い金持ち貴族と婚約したんだとか。多分今日も来ているはずだ。ヴァン君が「後で探しに行こう」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。


リュイの婚約者は彼の両親が見つけてきた公爵家のお嬢さんで、淑やかで優しそうな面持ちの女性だった。彼女に語り掛けるリュイの表情は、どことなく憑き物が落ちたような様子だった。リュイのご両親もさぞホッとしたことだろう。



「サレナ嬢、おっと、もうご当主か。サレナ様だね」



私たちのところにやって来たのはイレムさんだった。私とヴァン君はペコリと頭を下げる。


「はは、ヴァリエール様にそうされると未だにびっくりする」


昔から彼を知っているイレムさんは軽口を叩いた。


「リュイ様、よかったですね」


「ああ、そうなんですよ!ありがとうございます」


イレムさんは心底安心したように笑った。苦労したのだろう、私は彼が気の毒になった。


「…本当は貴女があそこにいる予定だったのですが…私はそれが今でも少し…」


「無い。なるべくして、こいつは俺と結婚した」


「ヴァン君…」



ヴァン君の不機嫌な反応にイレムさんは苦笑いしながら「申し訳ない」と謝った。ヴァン君はフンとそっぽを向く。


「仲睦まじそうで何より。リュイ様もそういうご夫婦になっていただきたいなあ。では私は失礼、どうぞ楽しんで行ってください」


挨拶に来ただけのようで、イレムさんは次の挨拶先に向って行った。こうして彼がずっと私たちと繋がりを持ってくれているのは、コールデン家からの指示か、それとも。何にせよ、古い知り合いとずっと言葉を交わせるのは私にとっても嬉しいことである。移り変わりの激しいこの世界においては特に。私はご機嫌が斜めになったヴァン君の腕を取り、意気揚々とお得意様挨拶、新規顧客開拓の旅へと乗り出した。こうしてヴァン君と社交界に出るのも、様になってきたと思う。



「はー…つっかれたねえ…」


社交界から帰った私は、ぐったりとベッドに横になっていた。ヴァン君は私のすぐそばに座り、手持無沙汰なのか私の髪で遊んでいる。私と違い、どうやらまだまだ元気そうだ。


「何人か横の旦那の顔が引きつってたぞ」


「今日は値の張るものばかりだったもんね…」


今日の契約は上々だった。流石新商品には食いつきがいい。先月から始めた『名前入れサービス』も好評だ。





「お前は商魂が中々に逞しいな」


「夜な夜な売り上げを数えるのが趣味です」


ヴァン君は私の言葉に噴き出した。そしてゴロリと私の隣に横になり、私の頭を優しく抱き込んだ。片手で私の後頭部をくしゃくしゃと撫でる。それが心地よくて、彼の体温が近くて、どうしようもなく「好きだなあ」という気持ちが溢れた。


「……あまり無理はするなよ。体に障るだろう」


「え」


私はドキリとした。窺うようにヴァン君の顔を見ると、彼はどことなく嬉しそうに私のお腹周りを撫でた。


(あ、これ完全にバレてる)


「俺が外に出る前だから単純計算して…4か月」


「鋭すぎない!!???」


私はがっくりと脱力した。ヴァン君のお察しの通り、私のお腹には新しい命が宿った。明日落ち着いたらゆっくり話そうと思っていたのに!驚かせたかったから屋敷の皆に口止めもして…。それなのにどうして分かってしまうのだ。彼にとっても初めてのことなのに…。


「…」


無言で私のお腹を撫で続けるヴァン君。どういう気持ちだろうか。ヴァン君がお父さん…。思い浮かべてみたが、全然想像ができない。何だか面白くなって、自然と顔がにやけてしまう。


「何を笑っている」


「んーん、楽しいなって」


ヴァン君はキョトンとして目をぱちぱちと瞬かせた。そしてフッと柔らかく表情を崩した。


(ああ、この顔…小さいときみたい)


「お前といれば、退屈とは無縁だ」


私たちは、互いを慈しむように抱きしめ合う。



大きな世界の内の、小さな王都、もっと小さい屋敷のベッドの中。どんな身分であろうとも、どんな肩書があろうとも。ここに私たちの全てがある。今日も明日も、連綿と続いてゆく喜びを精一杯紡ぐのだ。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

やっと完結しました。ひと夏が終わった…。


「真面目だけどちゃっかりしている女の子」と「破天荒だけど要点は押さえている悪めの男の子」をテーマに書きました。自己満足ですが楽しかったです。


お読みいただく方にも楽しんでいただけたならこの上ない幸いです。


ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! 不愛想だが愛情深いヒーロー良いですね…。気の良い一族の存在も良かった。 主人公も争い事はしんどいタイプながらも、腹を括ると一族の血を見せる強さを感じられました。
[一言] >リュイの婚約者は彼の両親が見つけてきた公爵家のお嬢さん 適齢期の公爵家のご令嬢がよくもまぁフリーだったな。 お花畑の二人の顛末も読みたいが、ソフィア嬢の話の外伝とかもできそうですな。
[良い点] 完結おめでとうございます! 月並みな感想で申し訳ないのですが、とっても面白かったです。 ヴァン君が好みすぎて早々に番外編期待しちゃってます〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ