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想い合い

私は考えた。父の「一体どうしたんだ」という視線と、ヴァン君の「何を言っているんだこいつ」という視線を一身に受けながら。大丈夫だ。タイミング的にはまだ間に合う。ヴァン君の宣言は決して正式なものではない。とにかく何とか、ヴァン君が今ここで当主になってしまうことだけは避けなければ。



ランジット家の継承が特殊なのは、当主が「なんちゃって世襲制」という点だ。すでに述べたように、我が一族の当主は言わば町内会の組長のようなもので、やりたがる人はまず居ない。理由は一つ、ただただ面倒で割に合わないからだ。その事実が一族郎党全員の正直な気持ちであり、皆その気持ちを共有しているからこそ、ランジットでは現当主の嫡男が次を継ぐとは限らない。同じ年代に複数候補者がいれば、上から強く「お前だ」と任命されるか、候補者の間で談合するかのどちらかで決まってきた。一族の当主という肩書上、あまり血縁の薄いところに押し付けて訳が分からなくなることは避けたいため、今までは一応直系の周りで引き継ぎが行われている。



故に、今回も現当主の娘である私と結婚するからと言って、継承権がどうのと言ってくる親戚もいないわけで、必ずしもヴァン君が継ぐ必要はない。同年代なら少し歳は下だが、しっかり者のユリアンがいるし、他にも数名男の子のいとこはいる。


私は必死に他の候補者を頭の中で並べた。ヴァン君に匹敵する能力で測れば、ユリアンが一番妥当だろう。というかこのままいけば、将来的には父を含め父の兄弟たちから『ご指名』されることが予想されるし、本人も薄々分かっているのでは…。



そこまで考えて私はふと気が付く。



(…ランジットの当主って、男の子だけ?)



途端に私の頭の中がクリアになった。定期試験の難問が閃きによって解けたような。



(結局、誰かに押し付けるのではだめだわ。この場は凌げても、後できっと私は後ろめたくなる。それならいっそ…)



私ははっきりとした意思を込めて父とヴァン君を見た。二人は顔を眉をひそめて顔を見合わせた。



「私が継ぎます」




これしかない。ヴァン君及び皆の自由が保証出来て、なおかつ、私自身も罪悪感を持たなくてよい。おまけに私が王都で睨みを利かせることは、リュイが王になったときに効果があるだろうし、現王と王妃にも顔が利く。これはいいことづくめなのではないだろうか。



「どうだ!」と自信満々に宣言すると、「馬鹿を言え」と秒でヴァン君から厳しい返事が返ってきた。彼は明らかに不機嫌で、鋭い目から放たれる眼光に怯みそうになる。しかしここで折れるわけにはいかない。



「私本気だよ!ヴァン君にそんなこと背負わせるわけにはいかないよ!これだけは譲らない!だってずっと王都に駐留だよ!?」


「お前何を考えてるんだ、結婚するとなったら例えお前が当主になったとしても俺も王都住まいだろうが!同じことだ!」


「義務じゃないもん!当主でなければ好きにどこに行っても咎められない!私はいい!でもヴァン君は辛いでしょ!?」


「…」


ここで「辛くない」とは答えない。ヴァン君は嘘をつかない人だ。全部分かっている。態度には滅多に出さないけれど、彼が私とこの家、ひいては一族を大事に思ってくれていることは。自らを差し出して、役に立とうとするくらいに。




「もちろんできる限り一緒に居て欲しい。力になって欲しい。でもね、ヴァン君が好きなように生きるのを邪魔したくないの。それはきっと私にとっても良くないことに繋がると思うから…」



薄情だろうか。仮にも結婚しようとする相手に、決していつも一緒に居なくてもいいと言ってしまうのは。それでも、言った言葉は私の本心。私の彼への誠実だ。




「…どうしてお前は…いつもそう生きづらい方へと考える…」


ヴァン君は掠れた声でぽつりと言った。見たことのない、悲しい顔をしていた。「ヴァン君」と手を伸ばしたのと同時に、父がやっと口を開いた。



「二人とも。やめなさい」


父は穏やかな口調でそう言うと、ソファに深く座り直した。渋い顔をして大きなため息をつく。



「…次の当主までやってくれようとは思わなかった。すまない、私も少し浮かれてしまった。これは一族中の大事な問題だ。この場で決められるものではない」


「…おっさn…」


「ヴァリエール、『お義父さん』だぞ」


「「……」」


ヴァン君は一瞬苦虫を噛み潰したような顔になったが、すぐに持ち直した。今その話題を広げるわけにはいかないと適切な判断をしたようだ。父は場を和ませようと言ったのだろうが、あまり効果は無かった。むしろ私の気が抜けた。



「ヴァリエールの申し出は本当に嬉しい。私個人的にも…とても嬉しかった。だが、サレナの言うことも分かる。お前という子を知っているからこそ、簡単にこんな枷をくれてやるわけにもいかない」


「そこで私が…」


「サレナ。確かに当主は男子だけと決まっているわけではないが、これまで窮屈な思いをさせてきた分、お前にも自由にしてほしいという親心もあってだな」



「当主の件は保留」ともの言いたげな私たちに向かって父はきっぱりと言った。代わりに私たちは、当初父が想定していたランジットの仕事を任されることになった。それはヴァン君の留学の話を聞いて父が目を付けた、王都以外への流通を発展させること。港から仕入れる数多くの品々を王都だけでなく国に広く届ける。交易以外にもランジットができることがありそうだ。


元々外の国を回って見聞を広めたいと思っていた私たちだったので、猶予期間無くいきなり仕事になったと思えば願ったり叶ったりな話だ。私たちはありがたくその役目を引き受けた。



新たな道を二人で歩む。私たちは決意を新たにした。手を繋いで父の部屋を出ると、部屋の前ではロゼを始めとして我が家のメイド、使用人たちが総出で様子を伺っていた。ヴァン君があきれ顔で「散れ」と言う声は皆にもみくちゃにされてかき消された。ぐしゃぐしゃと小さい子にするように、ロゼは背の高いヴァン君の頭を力づくで撫で回している。私はその様子を「何事だ」と続いて部屋から出てきた父と共に笑って見ていた。


幸せとちょっぴりの切なさで胸がいっぱいになるような光景だった。





私の婚約の話は、いつの間にか王都中に広まった。リュイの元婚約者が結婚するそうだと、どこかに行くたびに耳にする。


私は震える手で一通の手紙を持っていた。言わずもがな、結婚式の招待状である。そしてそれを届けるためにやってきた王都で随一の由緒あるお屋敷の前で立ちすくんだ。我が家も中々立派な造りであると思うが、ここの家はまたすごい。家は多少郊外なので、敷地にある程度余裕があっても納得なのだが…。ここは王都の中心、にも関わらずこの広さ。門の大きさ。リュイのお屋敷と張れるのではないか…。


(ソフィア嬢…やっぱりすごいところの方だわ…)


門番の人に取次ぎを頼み、ぽかんとお屋敷を眺めていると屋敷の前庭を馬車が駆けてきた。


「サレナ様!お待ちしていましたわ!」





「さ。どうぞ。召し上がって」


眼前に広がるお茶とお菓子の歓待に、私はくらくらした。それはもう豪華でキラキラと食べるのももったいないお洒落なものがズラーっと並んでいた。「いただきます!」と言いそうになる気持ちをグッとこらえ、私は持参した手紙を差し出した。すると彼女はガタっと椅子から立ち上がった。キラキラした目で私の手紙を掲げて見つめている。



「はあ…!式にご招待していただけるなんて…!披露宴は是非お伺いしてお祝いしたいとここのところずっと思っていましたが…!まさか式に…!」



想像以上の喜びぶりに何だか照れ臭くなる。そしてやっぱりもう知っていたのねと思った。ソフィア嬢は招待状を抱きしめ、感嘆のため息をついている。


「い、一番のお友達ですから…!」


勇気を出して言った。何度も頷くソフィア嬢に、決して自惚れではないと確信した。これが友情かと思うと涙が出てきそうだった。



「で?準備はいかがですの?ドレスは?披露宴は?」


「決めることがたくさんあって結構大変なものですね…」


お菓子を摘まみ、お茶を飲みながらソフィア嬢は興味深々、というように色々と私に質問をした。私は恥ずかしながらもそれに答える。


「ヴァリエール様はどうぞ貴女のお好きにという感じですか?」


「いやそれが…意外にも中々口を出してきてですね…」


ソフィア嬢は「まあ!」と驚いた。私自身もびっくりしている。


「と言っても…大体は私のドレスのことですが…あれが似合うだのこれはダメだの…」


「あらあらまあまあまあ!」


にこにこと楽しそうにソフィア嬢は笑った。「微笑ましいわ」と思っているのがありありと分かっていたたまれなくなる。


「…待ち遠しいですわね」



もうすぐのような、まだまだ先のような。忙しない日々が愛おしい。私は返事の代わりに「えへへ」と笑った。


お読みいただきありがとうございます!

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