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解決と絶望

「バーニー様、お話がございます」


バーニーはそれはそれは悲しそうに、弱々しく身を捩らせた。まだそんな演技をしているのか、と私は内心呆れる。誰よりも図太い神経を持っているはずなのに。


おめでたいリュイは、そんなバーニーの様子を見て「彼女は今色々なレッスンや準備で疲れている。出直してくれ」と彼女を庇った。


こっちは時間が無いのだ。出直す何てとんでもない。それにせっかく勇気を出したのだ。こんなのリトライなんて絶対勘弁してほしい。私は「ならば」とリュイに向き合った。彼も関係者だということをよく知っておいた方がいい。


「申し訳ありませんが、時間がありません。バーニー様は耳を塞ぐか、席を外していただいても構いませんが、代わりにリュイ様に聞いていただきます」



『リュイ様』という呼び方に当人は若干眉を顰めた。少し考える素振りを見せると、彼は「分かった」と了承した。バーニーが「とんでもない」という顔をしたが、ソフィア嬢がひと睨みすると苦々しい表情を隠すように俯いた。どうやら自身は取り合わないが、話は耳に入れるという選択をしたらしい。


私はそれぞれの様子を確認すると、リュイに向かって話し始めた。


「卒業パーティのために女生徒がドレスの準備をしているのはご存じですね?そのために、仕立て屋で見積もりとデザインを依頼するものだということもよく知ってらっしゃると思います」


リュイは当然、というように軽く頷いた。


「私、先月の頭に何件か回って見積もりの依頼をしてきました。しかし、どうしたことか、その全てからいきなりキャンセルを申し出られたのです」


「その話をどうして私にする。何かあったのだろう。他に頼めばいい話だ」


「もちろん、他もあたりました。それも仕立て屋という仕立て屋を。自分の知りうるところはもちろん、人に教えていただいたところも行き尽くしました。多分ドレスを扱える王都の仕立て屋は全て回ったのではないかと」


リュイは私の言いたいことを予想したのか「まさか?」と怪訝な顔をした。


私はバーニーの顔色が段々と悪くなってきたのを見逃さなかった。リュイにばれるとまずいくらいのことは思っているようだ。


リュイの予想通り、全滅だったことを伝えるとリュイはいよいよ「分からない」という様子だった。



「尚更だ。どうして私にそれを?私の力でもって、仕立て屋たちをどうにかしろというのか?」


(もう!どうしてこんなに鈍いの!頭悪くないんだから、ピンと来てよ!初めに、バーニーに話があるって言ったじゃない!)


ソフィア嬢は思い切り眉間に皺を寄せて不機嫌を表現していた。お腹の中で散々ボロクソに言っているに違いない。私もヤキモキしながら「あのねえ!」と言葉を乱した。


「どの店とは明かしませんが、よくよく聞くとどうもそこのバーニー様が店主たちに、ランジットと同じ店で作りたくないと『お願い』していらしたとのことでした」


「酷い!言いがかりだわ!」


ガタっとバーニーは席を立った。彼女は蒼白になって、目に涙を浮かべていた。


リュイも厳しい顔で「彼女がそんなことするわけないだろう」と私たちを睨む。女も男も何て愚かなんだ。私はこれまでのやりとりで、もしかして…と思っていたことが『そうである』と確信した。バーニーは自分が爆弾を二つ抱えていることに気が付いていない。爆弾のひとつは店への『お願い』だ。そしてもうひとつが…。


「信じていただけないなら、リュイ様ご自身でご確認されるとよろしいわ。もちろんおひとりで。そうすれば、私の申し上げたことがご理解いただけるかと。まあ、それはそれとして……バーニー様が見積もりを依頼したお店がどれだけあるかのご確認も取れると思います。リュイ様にとってはそちらの方が大事かもしれませんわね」


「何だと…?」


リュイはバーニーを見た。先ほど私は『王都の仕立て屋全て』と言っている。リュイはバーニーと共に回った仕立て屋が、見積もりを依頼した店全てだと認識しているに違いない。


「王都全てと言ったか?」とリュイがまず私に聞き返し、私は深く頷いた。そして「本当か?」とバーニーに尋ねると、バーニーは本気で不思議そうに「それが何か?」と首を傾げた。


今度はリュイが立ち上がる番だった。あまりの勢いに、椅子が大きな音を立てて後ろに倒れた。


「ど、どうしたのよリュイ!だって、こないだ卒業パーティのドレスは贈ってくれるって言ったじゃない!」


「確かにそう言ったが、君のドレスは私が選ぶ!君一人で決めさせられるものではない!生地も形も私が拘りを持って、信頼できる店を厳選しているんだ」


バーニーは目を丸くして絶句した。


(ははは)


私は心の中で乾いた笑いを浮かべた。案の定バーニーは分かっておらず、しかも勝手に「自分の好きなものを買ってもらえる」と思い込んでいたようだ。残念だがそれは違う。リュイがドレスを贈るということは、すなわちリュイが選ぶということなのだ!!!リュイとの付き合いは私の方がはるかに長い。自分の好みのドレスがもらえると思うなよ!!!彼がドレスをくれると言ったら、大人しく届くのを待っているしかないのだ!


(喜んで待っていた分、私の方がおめでたかったのかもしれないわね…)


目の前で「嘘…」と震えるバーニーを見て、私は遠い日の自分を振り返った。



「サレナ様、どういたします?」


勃発してしまった痴話げんかを前に、ソフィア嬢はこそこそと囁いた。きっとリュイはこの件を譲らない。彼には亭主関白の気があるし、いくら相手が愛しいかわいいバーニーでも、そう簡単に折れることはプライドが許さない。このままいけば、バーニーが勝手に見積もりを依頼した店にはキャンセルがかけられるだろう。


『バーニーに撤回させる』という目的は果たせそうだと、私とソフィア嬢は互いに頷いた。


(キャンセル料、どっちが払うんだろうな…。そこはリュイが出すのかもしれないなー…)


悲しい金勘定をしながら、私たちは彼らの教室をそっと出たのだった。





「お立場としては、『商人に圧力をかけた』というのを掘り下げて欲しかったところだが…。もう家はこの件に触らない方がいいな。放っておいて商人たちの判断に任せるべきだ。彼らにも誇りと権利があるからな。あの二人も、立場を自覚していただかないといけないお年だし」


父はそう言いながらティーカップを手にした。今日の報告は何としても今日のうちにしたかった。執務で遅くなる父を待ち、私は紅茶を入れた。「相変らず上手だな」とお褒めの言葉を頂いた。私は父の言葉を聞き、ふむふむと頷く。やっぱり私はまだ甘いな、と思った。


「バーニーがそんなことをしたと知れたら、益々婚約者として認めてもらえなくなるのに」と、もにょもにょ呟くと、父は「そうだよなあ…」とバーニーが次期王妃になることを期待していないのか、全く気のない返事をした。


「それにしても」と父はカップを置きながら言った。


「よく自分で言いに行ったな。事なかれ主義のお前が」


「…お友達が、助けてくれたので」


おずおずとそう答えると、父はとても嬉しそうに「そうか」と笑った。


これでドレス問題は解決しそうだ、あとは早くヴァン君が帰ってきてくれれば何も憂いは無い。どこにいるのかも分からない彼を思いながら、久しぶりに軽くなった心で布団に潜った。






「あああああああああああ!!!」


私の絶叫が屋敷に響いたのはそれから一週間してのことである。


私が「バーニーたちにしてやったぜ」という達成感を味わったのは束の間、今度こそ私は膝を突いた。エントランスの柱に倒れ掛かる私とリン、ボギーを他のメイドたちが何事だと取り囲んだ。


「仕立て屋が…もう…どこも縫製期間に入ってしまったのよ…!今から見積もりなんて、とてもそんな余裕は無いって…。できたとしても、受注順だからパーティには間に合わないわ…」


「そんな!!回ったんですか!?全部?」


「回りましたよ…手分けして…」


「それでどこもダメなんですか!?」


ダメだったのだ。全然。私はランジットの情報網を使って、バーニーがキャンセルしたらしいという話が入れば直ぐ店に飛んで行った。しかし、どこに行っても本当に申し訳なさそうに頭を下げられてしまう。ソフィア嬢のご紹介の例の店も、あの後数件依頼が入ったらしい。それはもう悔しそうに、私に頭を垂れた。


「おかしいと思っていたのよね…キャンセルされましたよ!って店から連絡があってもいいのにって…」


遅すぎたのだ。私がうだうだ悩み、ギリギリまで踏ん張ってしまったから。もう誰にどう訴えても、王都ではドレスが作れない。王都以外に、パーティ用の上等なドレスを仕立てられるところがあるだろうか。探すのも一苦労だし、型取り、縫製、輸送…普通に考えて無茶だ。私はメイドたちと一緒に、あれやこれやと額を突き合わせて考えたが、いい案は出なかった。




帰宅後屋敷の陰鬱な空気に父は驚いた。事情を把握すると、「しまったな…」と難しい顔をする。父のせいではない。父は王都に戻ってから、元々の執務に加えてランジット領の賠償問題でずっと忙しい。


できるだけ父に面倒をかけたくないと思っての結果がこれだ。私は自己嫌悪に襲われ、不安で押しつぶされ、泣こうにも泣けず、ひたすら父に頭を下げるしかなかった。


「お前が悪いわけじゃないだろう」と父はポンポンと私の頭を軽く叩いた。


「さて…しかしな…良いのがあるか分からんが…兄弟たちに頼んでみるか…」


父は「王都の流行と合うか分からんが…もはや気にしないな?」と心配してくれたが、私にとってはもうその手しかない。私は何度も頷いて、父に感謝した。


次の日の朝一番で、私の身丈や行等ドレスに必要な情報を書いた依頼の手紙をランジットの業務用最速の馬に託した。


(お願いします!!!!!)


私は殆ど呪うように、駆けてゆく馬が王都を出るのを見届けた。


お読みいただきありがとうございます!

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