四面楚歌
教室にて、私は必死に考えていた。
(困った…バーニーったら一体何件見積もりかけてるのよ…)
あれから私は知りうる限りの仕立て屋の戸を叩いた。上等なドレスを作れるところは限られている。その隅々を回ったのだが…。
「ああ…ランジット様…その…どうしようか…」
店主の困り顔を見れば、ここにもバーニーが来たのだということがすぐに分かった。回る店は全てバーニーが先に来ていた。そこでもれなく「ランジット家と同じ店で作りたくない」と言って行くものだから、私が訪れると皆「来てしまった…」と苦しそうにするのだ。
(料金の見積もりとデザインを比べて、最終的に買い上げる店を決めるのだから、「同じ店で作りたくない」なんて、この段階でそんなことを言われてもお店の人は困るのよ!!)
結局仕立てなくても、見積もり料・デザイン料としていくらかはかかる。コールデン家の負担だからと、店を回りまくっているのだろう。その内リュイが共に赴いたのはほんの数件らしい。リュイも知っているのだか知っていないのだか。こんなこと今回限りにしてもらいたい。どこにも頼めないというのは本当に困る。
縋る思いで、ボギーにドレスは縫えないかと訊いてみたが、「そんな大事なパーティに着て行かれるものなんてとても手が震えて作れませんわ!!」と固辞されてしまった。そりゃそうですよね…聞いた私が悪い。
私は「はああああああ」と無意識に深いため息をついた。
どうしてここまで新調に拘るのかと問われれば、答えは単純。『見栄』である。気軽なお茶会ならまだしも、正式なパーティで「あ、あのドレス前に見たことあるわ」と着まわしていることがバレる、それはこの世代が一番恐れる事態である。「まだあれお召しになっているのね」の言葉のうちに、「手抜き」「ケチ」「流行遅れ」という意味が集約されていると思ってもいい。
だから私たちは、正式な舞踏会や公の場に出るときは必ず新しいものを仕立てる。やりくり上手な乙女は、綺麗なうちにさっさと売ってしまい、次に備えるものだ。
唯一、複数回登場しても見咎められないのが『お婆様からいただいたヴィンテージのドレス』である。お金に換えられない価値があるからだ。私も持ってはいるが、家の大きな行事の時に着るものとされているので、今回は候補に入れていない。
「ごきげんようサレナ様」
さらり、と長い髪を肩から零してソフィア嬢が私を覗きこんだ。私は「ごきげんよう…」と返す。気の入っていない挨拶にソフィア嬢は「どうかなさったの」と、しゃがみ込んでちょこんと私の机に両手をかけた。机のへりから麗しい顔をのぞかせる。
「わーかわいい」と思っていると、隣の席にも人がやってきた。ヴァン君である。私たちは「おはよう(ございます)」と声をかけた。ヴァン君は席について気だるそうに私たちを眺めると「朝から元気だな」とテンション低めに言った。
「オジサンみたいだね」と口から出そうになったのを間一髪で留めると、ソフィア嬢は「そうでもありませんわ」とチラリと視線を私に移す。ヴァン君は「今度はなんだ」と若干面倒くさそうだった。
二人からジッと視線を受け、私は固まった。
(どうしよう。そのまま事情を話すと大事になりそう。ソフィア嬢は真っ向から成敗しに行きそうだし、ヴァン君は目の届かないところでとんでもないことをしそう)
今回のこともいつものバーニーの個人的なわがままだろう。これだからやりたい放題が許されてきたお嬢様は…!ただ、今度は色んな人を巻き込み過ぎた。それに仕立て屋たちの商いに多大なご迷惑をかけている。最悪な場合、王都の商工組合がもの申してくるかもしれない。そうなれば貴族の恥である。
バーニーに自分がしたことを分からせるためには大騒ぎした方がいいのかもしれないが、学園最後の催しまでも滅茶苦茶になりそうな予感がする。言うとしてもこのタイミングじゃない。私はソフィア嬢とヴァン君には情報を選定して話すことにした。
「その…そんなに大事ではありませんの。ドレスが中々決まらなくって…えへへ」
「まあ!もうお見積もりはした方がよろしくてよ!」
ソフィア嬢は「大変!」と口元を押さえた。彼女の行きつけの店を紹介してくれたが、そこはもう行った店だった。「それでは」とソフィア嬢は次々と店の名前を出す。彼女は店をたくさん知っていて、色々といいところを教えてくれた。まだ知らなかったところがあったので、私に希望の光が差した。
「ありがとうございます」と何度もお礼を言うと、ソフィア嬢は凛々しい笑顔を浮かべ、自分の教室に颯爽と戻って行った。
「あの…ヴァン君…?」
私は先ほどから一言も発しないヴァン君が気になっていた。喋らないが、興味がないわけでもなさそうだった。むしろ、真剣に何か考えている様子だ。
「私、さっき教えてもらったところに行ってみるね…?」
声をかけたが、ヴァン君は未だ考え中で応答はなかった。もう!!!
学校が終わるや否や、私はソフィア嬢の教えてくれた店に飛び込んだ。店の主人は優しそうなロマンスグレーの紳士だった。仕立て屋に駆け込んでくる輩などそうそうそういないのだろう、主は眼鏡の奥で目を丸くしていた。
必死さが伝わったのか、主は優しく微笑むと「どこに着ておいでの予定ですか」と尋ねた。
(ここはどうだろう…)
「あの、学園の卒業パーティに…」
「成程、もういくつかご注文を承っておりますよ」
そういえば、と「失礼いたしました。お名前をお伺いしても結構ですか」と事務的に訊かれ、私は祈りながら「サレナ・ド・ランジットと申します」と答える。
「ランジット様…」
主の声のトーンがわずかに下がった。この反応は何度も経験したもの。私はがっくりと肩を落とした。ここもだめなの…?バーニーったら本当に王都中を回ったのだろうか。徹底的に自分のドレスを厳選するつもりか、あるいは徹底的に私への嫌がらせをするつもりか。
私はがっくりと肩を落とし、次に来るお断りの言葉を予想した。諦めて席を立ち、ぺこりとお辞儀をして店を出ようとすると、主は厳しい顔をして「お待ちください」と私を引き留めた。
「な、なんでしょう」
「ご無礼を。……長くこの仕事をしてきましたら、今回のようなことをおっしゃる人もいらっしゃいました。大抵、お家の方へご相談いたしますと何とかなったものですが。商人の理屈がお聞き入れられなかったのは初めてのことでございます」
私は仰天した。店の主がセンシール家に通報したことはもちろんだが、家の方もバーニーの行動を容認しているという事実が信じられなかった。どうにもならないわけだ、とある意味納得する。本当にやりたい放題できることが羨ましくもあったが、厳しく育てられて良かったと思った。
慄いている私に向かって、主はキリっと何かを決意したかのような目を見せた。「まさか」と私は不安になった。
「不合理な要求を飲む道理はありません。当店はこれでも長くここで商売をしている誇りがあります。ランジット様」
「是非ここでドレスを」と言い終わる前に私は主の眼前に手を伸ばしてストップの意を伝えた。
「お待ちください!お気持ちは大変痛み入りますし、ご立腹も相当なことと存じます。ただその、私のドレスを作ることがセンシール家に知れてしまったら、大変なご迷惑をおかけすることになると思います」
「例え何か言われても、こちらに非は無いと世間の皆様には分かっていただけると思っておりますが」
そりゃそうなんだけど!良識というか常識があれば十割、事情を聞いて店を非難することは無いだろうけれど!センシール家は曲がりなりにも歴史のある侯爵家だ。そんなところから責められたとあっては、ただのご迷惑ではない。彼らの息のかかった人々もいれば、事情を知らない人々もいるのだ。それなりに店の評判に傷がつくのは避けられないだろう。
それに、私個人はこの店にそこまでリスクを犯してもらう義理はない。
(ああ、私が来店すればお店の人に『センシール様の要求を叶えなくてはならないのか…?』という苦悩を与えてしまうことになるのか…)
嫌なことに気が付いてしまったが、私も必死である。バーニーが来ていないことを祈りながら店の戸を叩くしかない。
私としても、一方的に突っかかられているだけなので本当にいい迷惑なのだが、第三者がこうもたくさん誘爆してしまうとは。心の底から申し訳なくなった。こんなこと、二度とやめさせなければ。
私は主に自分たちの醜い争いに巻きこんだことを深く謝罪した。そして今日ここを訪れたことをなかったことにしてくれるよう頼んだ。主は大層困っていたが、彼が承知するまで私が頭を上げないので、しぶしぶ首を縦に振った。
私はため息をついて、「どうか次の店にバーニーが来ていませんように」と強く願いながら王都の道に馬車を走らせた。
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