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元カレの贈り物

新学期が始まり、婚約破棄があって…。バタバタしているうちに気が付けばもう空気はすっかり冷たくなっていて、後期の試験もアッという間に終わってしまった。もう首席である必要はないのだが、染みついた習慣で頑張ってしまい、結果今回も私は伯爵家で一番だった。ただし、今回はヴァン君も同率一位である。やっぱり前回は彼なりの目論見があって、狙って二番だったのだなと思った。結果を聞いたロゼが「あのヴァリエール様が!!」と泣き崩れたのは言うまでもない。


いつものお疲れ様会にはヴァン君とソフィア嬢を呼んだ。ヴァン君が唐突に「お前の作ったものはないのか」と訊いてきたが、残念ながら私は今回用意をしていなかった。「また作れ」と若干つまらなさそうに言うヴァン君に、不覚にもときめいてしまった。そのやりとりを聞いていたソフィア嬢が『こいつらもしや』という顔を浮かべたのは見なかったことにした。黙っているのも心苦しいが、私たちが恋人なのはまだ秘密なのである。



ヴァン君について、よくよく観察すると絶対に「いつも通り」を貫いているわけではないということに気が付いた。あれだ…ただ私が鈍かっただけだ。教室で誰かと話していると、決まってこっちをジッと見ているし、勇気ある誰かが一緒にランチをしようと誘っても必ずヴァン君は断り、私を引き連れて昼を過ごす。放課後も一緒になることが増え、よく帰り道に間食をする。幸せ太りする体質は私だけだということに気が付いたので今後の対策が必要になってきた。


休日にヴァン君がどこかに連れて行ってくれることもある。行き先が大自然の森や海ばかりであることが唯一の不満だが…。二人きりには間違いない。現地に人の手が入っていなさ過ぎてたまに恐ろしくなることはまだ胸の内に秘めている。


それでも「こうして色んなところを回りたい」とぽつりと聞こえた彼の願いに寄り添わない選択肢はなかった。そんな彼に「一緒に色んな国に行きたいね」と告げると、ヴァン君は卒業後共に遊学すればいいと言ってくれた。二人で何か決められることが嬉しかった。ランジット領へ行った時の強行軍でもいいと思ってしまうくらいに。



私が浮かれている一方、私を辱めた二人は深刻な面持ちで毎日を過ごしていた。すれ違う際には毎度胃がキリキリと痛むが、恨めしい目で見られる以外は何もない。あなた方の望むようになったでしょうと心の中で強く出れば、勝ったような気になった。


思うように事が進まないのか、リュイのご機嫌はいつも悪そうだし、バーニーは若干やつれているように見えた。試験で一番をとれなかったことで二人が揉めたらしいということをソフィア嬢経由で耳にしたときは何とも言えない気持ちになった。結果を愛情の尺度にして「君の私への想いはこんなものか」とリュイが責めたとのことだ。


ぞっとする話だ。それは流石にどうかと思うよリュイ…。今まで大きな口を自信満々に叩いていたバーニーにももちろん非はあるけれど…。私は首席を落としたことがなかったから、リュイには大変さが分からないのだろう。なにせ彼は明らかに競争意識の薄い、よく言えばのほほんとした2人と競っているだけなのだから。その点バーニーはその難しさが身に染みて分かったに違いない。


ソフィア嬢の話では、件の掲示板の前で派手に言い争ったということだったので、私は心底その場に居合わせなくてよかったと思った。どうやらリュイは私を引き合いに出すという全方面に配慮のない責め方をしたらしい。考えるだけで震える…。私でも分かる、それだけはだめだ。


自分の目が覚めたからか、リュイが変わってしまったからかは分からないが、近頃「どうしてリュイを好きだったのだろう」と思うことが増えて悲しくなる。バーニーに関しては申し訳ないが、自業自得だなという感想しか出てこない。



「もう試験はありませんし、結局バーニーがもっと頑張ると約束して、リュイ様が卒業パーティーのドレスを贈るということで、双方納得したそうですわ。これはリュイ様中々、経費が掛かるかもしれませんわね」


ソフィア嬢は苦笑いしていた。あまりの残念さに「それみたことか!」と揶揄することすら憚られるようだ。私も同感である。何も解決しなさそうな仲直りだと思った。国を背負って大丈夫なのかと思わずこっちが不安になる。


そんな複雑な心境の裏で、私は「リュイから贈られるドレス」のワードをきっかけに、我が家にもわんさかそれらがあることを思い出していた。




「なんだこれは」


「い、いやこれは…リュイがくれた…」


ドレスです、と言い終わる前にヴァン君の視線に耐えかねて私は口をつぐんだ。私は本日、休日を返上してリュイからもらったものを整理していた。近頃思い出しもしなくなっていたが、思い出の品々は我が家に依然として眠っていた。


改めて見ると、山のようなドレスだった。幼少期のころから、割と最近のものまで。全部大事に取っていた自分のいじらしさに感心した。贈られたのはドレスだけではない。靴やアクセサリー、鞄も相当な量だった。婚約者としての男気だろうか、それともご両親に指示されてのことだったのだろうか。今となっては分からないが、とにかく頻繁に何かを貰っていた。


全てどう見ても上等な品々で、捨てるのはもったいないと思ってしまうものばかりだ。もう手元に置いておくのも何なので売りに出すことにした。万が一コールデン家に知られたらバツが悪いので、王都以外に持ち出すつもりだ。そのために一度保管庫をひっくり返して整理を始めたのだが…。



ヴァン君に見つかったらひと悶着ありそうだと思ってこっそり作業していたのに、タイミング悪くも当人が来襲した。今日来るなんて聞いていない。私が忙しそうにしているからか、リュイに貰ったものの量を目の当たりにしたからか、案の定彼のご機嫌は急降下した。


ヴァン君は顔をしかめて部屋中に放り出されているドレスの山の隙間に座った。つまらなさそうに、山の一番上にあったドレスを広げている。それは確か、15歳の時のリュイの誕生日パーティに着ておいでと言われてもらったやつ…。どうして祝われる側の人間からプレゼントされるのかと思ったが、結局喜んで受け取った。あの頃はまだ順風満帆だったなあとしょっぱい気持ちになる。


「もっさりしてないか?」


「い、いやその…」


しげしげとドレスを見ながら、ヴァン君は鋭い質問を繰り出してきた。何てことだ。そんなに直球で指摘されてしまうとは。そう…リュイはイベント毎にドレスを贈ってくれたが、どうにも何故だかイマイチ野暮ったいデザインだった。私の目が盲目だったために何も思わず喜んで袖を通していたが、今こうして並べてみるとどれも「もっさり」している。流行遅れとかそういうことじゃないのが不思議でならない。とはいえそれらを着て色んなパーティに出ていたことを考えるといたたまれない気持ちになった。


「あいつの趣味か」とヴァン君は蔑むような目で見てきた。加えて「あいつ趣味悪いな」とか「こんなの着て喜んでたのか」と言いたげにしている。私はスッと彼から目を逸らしてギュっと目を瞑った。しょうがないじゃんしょうがないじゃん!だからこっそりやってたのに!突然あなた来るんですもの!!!


昔の話なのでリュイから色々もらっていたことは頼むから責めないで欲しいし、もらったら使うのは当たり前だったので、お願いだから許してほしい。まるで浮気を咎められているような気分だった。


(でも…)


私は薄眼でムスっとしているヴァン君を盗み見た。ヴァン君がヤキモチを焼いているのは明らかで、これはこれでまんざらでもない気がしてきた。


(ヴァン君ていつもは表に出さないけど、結構焼くよね…)


まんざらでもないついでに、「じゃあ今度の卒業パーティで着るドレスは選んでください」と言いたい。言いたいが…ちょっとそれは恥ずかしい気もした…。


「……こ、今度の卒業パーティは……」


私の中で苛烈な葛藤が生じた。


「……自分で選びます…」


「それがいい」


結局勇気が出なかった…。心の中で項垂れる。脳内で「いくじなし」という批判が聞こえてきた。ヴァン君は手にしたドレスをポイと離すと、よっこらせと立ち上がった。今日はもう帰るのだろうか。


「一応言っておくが。お前にはシュッとしているやつの方が似合う」


「!!」


ビシッとアドバイスめいたことを言うと、ヴァン君はさっさと私の部屋を後にした。私は目を白黒させて部屋に立ち尽くす。え、今のは何?シュッとしたのが何だって??好み?それがヴァン君の好みなの???


「そ…!それなら選んでって言えばよかった!!!」


激しく後悔したが、もう遅い。


(シュッとしたやつって何よ…)


ひとりになった部屋で私は悶々と彼の擬態語について考えた。結局ロゼに怒られるまでドレスは部屋に散らかったままだった。





「サレナ様…気合入ってますね」


街の人気の仕立て屋を数件巡ったところで、付き添いのリンが疲れた顔で言った。私はギクリと一瞬固まる。彼女が不思議に思うのも無理はない。何故なら今度の卒業パーティはリュイの隣に立つことはない。すなわち周りから値踏みされることもない。以前ならまだしも、どうしてここまで気合が入るのか。


(い、言えない…。ヴァン君の好みに合いそうなものを探そうとしているなんて!)


メイドの一人に知られたら全員並びに父へ遠回しに言うも同じだ。我が家の報告・連絡・相談体制は見事なものなのだ。


私は何とか取り繕って「…最後の学園舞踏会ですもの」と彼女ににっこりと笑った。リンは相変わらずのお人形さんのような目でじっと私を見つめると、「成程。そうですよね」と頷いた。それ以上突っ込まれなかったことに胸を撫で下ろす。


(…まあ、嘘でもないし)


卒業パーティは在校生の学年末パーティよりも二か月も前に執り行われる。春からの仕事や結婚のために支度がかかるから、という理由だ。長かったような、短かったような学園生活の終わりが見えてくるとそれなりに名残惜しい気持ちになる。最後だから、一番素敵な格好で出たい。そして願わくば去年の記憶を払拭したい。



「リン。次に行きましょう!」



私は気合を入れ直すと、引き続きリンを連れて次の仕立て屋のところへ向かった。



「シュッとしたのってどんなイメージなんですか」

「……」


ただし、未だ答えは見つかっていない。


お読みいただきありがとうございます!

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