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上の判断

使いの人を食堂に通すわけにいかないので、私たちは執務室に移動した。来客もメイドに案内され、部屋に通される。やってきたのは私も何度も会って言葉を交わしたことのあるイレムさんとガニエさんだった。イレムさんは王様の側近の一人で恐らくランジット家との折衝を担当している。ガニエさんはリュイの近衛の長官だ。ちなみにさっきのパーティにガニエさんもいたはず。二人とも明らかに暗い顔をしていた。


「で、そちらはどういうお考えかな」


そちらは、と強調して父は二人に尋ねた。


「今日はさぞ驚かれたかと。王も突然のことでお心を痛めておられます」


「そうでしょうな」


「サレナ嬢がリュイ様のお戯れに対して、肯定も否定もなさらなかったことで、あの場は収まりました。ありがとうございました」


私は「おお」と思った。破棄に対して拒否すべきと思っていたけれど。あそこで結局私とリュイの意見がぶつかって喧嘩になっていたら一層ややこしいことになっていたんだ。さっきお父様に褒められたのも、そういうことだったのか。成程。


「それで、王子のご意向は公爵家のご意向ということかい」


「リュイ様のご意見は本日我々も初めて耳にしたものでして、今公爵家の方でも吟味されているところです」


その言葉が嘘であると、この場にいる誰もが分かった。父でさえ、バーニーのことが耳に入っていたのだ。近衛のガニエさんが知らないはずがないし、バーニーがあんなに明らかに仲の良さをアピールしていたのに、誰からも報告が無いなんて職務怠慢もいいところだ。


「そうか。では驚かれていらっしゃるところだろうね」


「はい…。ですので、コールデン家としましては現段階ではリュイ様とサレナ嬢のご婚約については依然変わりないお約束を、ということしか。驚かせてしまったことをお詫びいたします」


「…お言葉はそれだけかい?」


父がちらりと私に視線を向けた。イレムさんはグッと口を閉じた。


公爵家が問題にしているのは「結婚破棄を口にしたこと」であり、そこから派生した些末なことについては関与しないということか…。


奥歯を噛みしめて俯くと、それまで黙っていたガニエさんが一歩前に出た。イレムさんが咎めるように睨む。


「ガニエ…」


「分かっている。…サレナ嬢。本日は大変申し訳ありませんでした!!!」


ガニエさんは私に向かって勢いよく深々と頭を下げた。


「リュイ様がされたことを自分が代わって貴女に謝罪することはできませんが、リュイ様があのようなことをなさった責任は自分にもあります。貴女に恥をかかせたこと、心よりお詫び申し上げます」


「…個人的に、でしたら。私からも、お詫び申し上げます」


イレムさんも深く腰を折った。二人ができる最大限の謝罪だった。


「お二人からそのような…。私こそ何もできず」


「二人とも頭を上げて。あなた方のお気持ちは分かった。サレナも慰められただろう。今日は家の様子を探ってくるようにと命じられたのだろうが…。こちらも今までと同じく、意見は変わりないとお伝え願えるか」


二人は「「はい」」と固く返事をした。父は軽く頷くと、私に二人を見送るように指示した。屋敷のエントランスに着くと、二人は私に向き合った。


「今日は本当にごめんね。きっと、今後学園での生活も辛い思いをしてしまうかもしれない」


「イレムさん…ええ、私もそんな気がしています。でももうリュイと仲良くするのは難しいですから。あちらも近寄ってこないと思いますけど。できるだけ衝突しないように過ごしたいと思います」


「あ、サレナ嬢…リュイ様は…」


「?」


何か言いかけて、気になるところで言い詰まったガニエさんは、なぜか「しまった」と目を泳がせている。


「いや。申し訳ない。何でもありません。自分は平時学園の中までは出入りできないのが歯がゆいですが。どうかお気をつけて」


「ガニエさんはリュイの近衛ですから。私のことを気にしていただかなくても結構ですよ。お心づかいありがとうございます」


「それでも、貴女はご婚約者ですから…!」


何て真面目で実直な人だろう。私よりもいくつも年上なのにこんなに気を遣ってくれる。リュイに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


「では、サレナ嬢。我々はこれでお暇いたします。夜分にすみませんでした」


ちゅ、とイレムさんはスマートに私の手を取って口づけた。手の甲に唇をつけながら私を見る上目遣いはとても申し訳なさそうだった。ああ、心を痛めてくださっている…それがひしひしと伝わってきた。続けてガニエさんも私の手を取って口づけた。乾いた唇が一瞬触れ、すぐに離れた。彼は悲しそうに薄く笑い、「じゃあ」と言って背を向けた。イレムさんも続いて屋敷を出た。



二人を見送ると、私はやっと自分の部屋に戻れた。丸太が倒れるようにベッドにバタリと倒れる。疲れた…もう今日は何も考えられない。目を閉じると瞬時に睡魔に誘われ、抗うことも無く意識を手放した。




朝になり、小鳥のさえずりを聞きながら窓を見た。私のボサボサの頭が映った。「学校行かなくちゃ…」と考えたところでハッと気が付く。そうだ、学年末だった。学園はひと月休みに入る。つまり、誰とも顔を合わさなくていい!!唯一の救いだ!やったー!嬉しさで再び布団に倒れた。もうしばらく何もしないぞ!


私は基本的には根暗のタイプの人間で、あまり社交的ではない。凛として粛々と過ごすことが求められてきたから、『大人しい人』でいることは全く問題なかった。故にこんなトラブルに巻き込まれたのも初めてのこと。よく考えれば、私に突っかかってきたのもバーニーが初めてだ。


どこぞのご令嬢が私に「ご挨拶」にやってくることは無くはなかったが。


「リュイ様のご婚約者様でしょうか?」

「どうぞ仲良くしてくださいませね」


キラリと光る彼女たちの目は、明らかに私を値踏みしていた。どのくらいの知性なのか、器量か、性格は…等々。彼女たちは大体下手に出ながら私を監視しているので、本心は別としてよく褒めてくれる。中には次期王妃と仲良くなっておこうという人もいたが…。何にせよ皆、私が取り巻くような形は遠慮してもらいたいと申し出ると引き下がってくれていたのだ。今までが恵まれていたということだろう。


今後どう生きていこうか。事実上私を捨てたリュイと、余計なことをしてくれたバーニーは許せないが、二人に自ら突っかかっていっても何もいいことが無い。昨日までは「私がリュイの婚約者なのに」と意地になっていたところもあった。それは認める。あとバーニーに対して「この泥棒猫め!」的なことを思っていたのも認めよう。今思うと恥ずかしい。


「あーあ」


昨日の父とイレムさんたちの会話からも、事態は保留のままのようだし。結局私が水に流すしかないということだ。悔しいけれど。

願わくば、私が私の精神状態を保つために…もうあまり関わりたくない。



よく手入れされたフカフカの枕に頭を沈めていつの間にかうつらうつらしていると、大声でロゼが私を呼ぶ声がした。何事かと跳ね起き、着の身着のまま、ボサボサの頭で部屋から飛び出す。すると、父がトランクを用意してエントランスに立っていた。あれれ?どこか行くの?


「サレナ。突然で悪いがしばらく留守にする」


「え!どちらに!!?」


置いていかれる!と思い、思わず顔が強張った。父はそんな私を見て、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「領地だ」


「領地!?」


もう何年も帰っていなかったのに…。もしかしなくても今回の件が原因だろうか…。


「ちょっと一族と話し合ってくる。私は爵位と領地を継いではいるが…三男だし。兄弟たちの意見無しには少々難しくてね」


そういえば父は五人兄弟のうちの三番目だった。他の皆は自由過ぎて『当主』に縛られるのを敬遠した。兄弟の中では比較的穏やかで、ある程度諦めていた父が継承したとかなんとか。


「そ、そうですか…あの、できるだけ早く帰ってきてください。お気をつけて…」


この家に主がいなくなる不安が大きいが、仕方のないことと腹をくくった。これで婚約続行という事態が何とかなるなら私は大手を振って父を送り出す。


「お前も気を付けて。困ったら王都の親類を頼るように」


「あそこも大概留守じゃないですか!」と言いたかったが、グッと堪え、馬車に乗る父を見送った。


嵐が去った後のようだった。メイドたちも突然の決定でバタバタだったようだ。皆色々乱れている。互いに顔を見合わせて、「これからどうする??」と視線を交わす。



「さあさあ、ぼーっとしていないで、朝ご飯を食べますよ!!」とロゼの声が響いた。私たちは「「「はーーい」」」と何とも間延びした返事をして、エントランスの扉を閉めた。


お読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ? サレナは一緒に領地に連れて行かないんですね。 一方的に婚約破棄を宣言された娘を一人で王都に残すなんて酷いお父様ですね。 余計なトラブルに巻き込まれるのは火を見るより明らかでしょうに。…
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