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将来設計

クリームの山の一角をフォークで崩し、ヴァン君は自身の口に運んだ。気だるい動作の端々にはどこから湧き出すのか、大変な色気を纏っていて、私はどうしてかイケないものを見てしまったような気持ちになった。特に公序良俗に反するわけでもないのに、目のやり場に困る。


(パンケーキを食べているだけなのにどうして…!?)


「難しいことがあるか。お前のやりたいことをやればいい」


フォークを持ちながら頬杖をつくと、平坦な口調でヴァン君は言った。完全に違うことを考えていた私から「え」と間抜けな声が漏れる。私は慌てて居ずまいを正した。パクパクとクリームを口に運ぶヴァン君に向き合って真面目に考える。


やりたいこと。や、やりたいこと…?それはその、今日の晩御飯に何が食べたいとか、次の休みには一日寝ていたいとかそういうことじゃないよね?例えるなら、リュイが『バーニーと結婚したい』とか、ソフィア嬢が『自立して夫より稼いで離婚したい』とかそういうことですよね?


ちょっと待てよ。


「や、やりたいこと…」


引きつった顔で曖昧に笑うと、ヴァン君は「信じられない」という顔をした。う、嘘…!ヴァン君はもうやりたいことが決まっているの!?それは将来の展望が見えているということだろうか。どうしよう、17年間の殆どを「リュイと結婚する」ことに捧げてきたから、それ以外でどうしたいか、全然考えたことがない。だってポジティブに受け入れていたのだから仕方がないじゃない!やるべきこととやりたいことが一致していることがどんなに幸せなことか、私は改めて知ることになった。


自分で自分に驚愕していると、ヴァン君の「ありえない」という顔は次第に憐れむような顔に変わった。私はそれを見て惨めな気持ちになり、同時にとても置いてけぼりをくらっているのではないかという不安に駆られた。私は恐る恐る「ちなみにヴァン君のやりたいことって…」と訊いてみる。


するとヴァン君は、口に付けていたフォークを一端置いた。そして珍しく少し考え込む素振りを見せる。ヴァン君は何になるのかと、私は身構えてジッと目の前の彼を見つめた。何せ自由人代表のような人だ。どんな野望が飛び出すのかとドキドキする。しばらく無言で思案していたヴァン君だったが、考えがまとまったのか顔を上げた。


「いつ言っても同じだな」


「な、何が…!?」


何のことかと狼狽える私に、ヴァン君は至極当然のように「まずお前を貰うだろう」と言い切った。「それから周辺の国を…」とそのまま続けようとするヴァン君に慌ててストップを要請する。


「ちょ、ちょちょっとお待ちを!!」


「ああん?」とヴァン君は私を見た。話の途中で遮られ、彼の眼力はなかなかの迫力だったが、怯んでいる場合ではない。今ものすごくさらっと大事なことを言われたような気がする。決してスルー出来ないような。え?今何て?わ、私を…?聞き間違い?いやでも確かに…。聞き返そうにも動揺して言葉が出ない。私は海から揚げられたばかりの魚のように口がパクパクと動くだけだ。そうしていると、途端に顔にバッと熱が集まってきた。


「も、貰ってくれるんですか…」


やっとの思いで恐る恐る聞き返した。消え入りそうな声だった。


「当たり前だ」



疑問の余地も無いくらい、とてもあっさりとヴァン君は肯定した。どうしてそんなに普通なの。私は思わず仰け反った。しげしげと、仏頂面で座る彼を見つめる。


(ヴァン君にとっては、『決定事項』なんだ…)


せっかくのプロポーズはもうちょっとロマンチックな雰囲気がよかったとか、もっと他に言うことは無いのかとか、乙女的な意見はあるものの、ヴァン君が本当に私との関係をそこまで考えていてくれたということがひたすらに嬉しい。想いが通じ合って、自分との未来を見てくれて。


「―――――」


何か言いたかったが、びっくりし過ぎたのとあまりの嬉しさで今度こそ言葉が出なかった。


「笑っているのか泣いているのか、忙しい奴だな」


ヴァン君はそう言って揶揄したものの、超絶希少な照れ顔が隠し切れず、全然恰好が付いていなかった。





自分でもびっくりするくらい、私は復活した。ヴァン君と一緒になるというビジョンがあると、やりたいことをたくさん思い付いた。いずれ私は領地のために働くことになるだろう。その前に見聞を広めておきたい。きっとヴァン君も世界巡りなら乗り気だろう。ヴァン君と一緒ならどこにでも行ける気がする。それか二人で新しく何か始めるのもいいかもしれない。王都で何か事業を立ち上げてもいいし、領地の一角を開拓してもいい。二人でどう生きようか。考えるだけで楽しかった。


ただ、父にはまだ秘密である。リュイと婚約を解消してからすぐに次の結婚を、というのも少しばかり体裁が悪い気がした。あちらのことを考えると特別気にすることでもないのかもしれないが、長年彼と寄り添っていたのは周知の事実というのが引っかかるところだ。


それに、どうやって父に認めてもらうのかという問題が残っている。リュイとの結婚が無しになったのだから、恐らく父は次の結婚相手を探すだろう。その候補には誰が挙がるのか。丁寧に交友している父のことだ、懇意にしている人柄と家柄のよい貴族を見繕ってくる可能性が高い。私はヴァン君にどうしようかと尋ねたが、「考えはあるが、まだ待て」と言われたため、この件に関してはお任せしてしまおうと思っている。


どうするつもりなのか分からなくて多少不安だが、ヴァン君のことは信用しているし、私の想像をいつも軽々超える彼がどんな行動をとるのか、どちらかというと楽しみだったりする。




「近頃元気になられて私も嬉しいわ」


「ありがとうございます、ソフィア様」


終礼後のカフェテリアで私たちは語らっていた。今人気のスイーツやドレスについて盛り上がった。こんなに乙女らしい話題について誰かと話し合える日が来るとは…。私は喜びを噛みしめている。


「ヴァン君が、多少強引ではありましたが励ましてくれまして…」


「…ヴァリエール様が、そう」


ソフィア嬢はわずかに顔を曇らせた。「私よりもやはりあの方の方が効果がありますのね…」と悲しそうに言った。私は肝が冷えた。彼女にも相当元気をもらった。失言だった。私は冷や汗ダラダラで必死に彼女への感謝を弁明した。すると物憂げにしていた目の前の乙女は「ふっ」と上品に噴き出した。


「ふ、ふふふ、分かっていますわ。ちょっと言ってみたかっただけです」


ウフフと破顔した彼女は美しかった。「か、かわいい…」とうっかり煩悩を呟きそうになり、口を結ぶ。彼女がからかっただけと分かって心底ほっとした。まったく心臓に悪いと思った。


「それにしても、貴女はもうお元気になられましたけど、リュイ様とバーニーまであんなにどんよりなさっているとは意外でしたわね」


「ええ、バーニーには一度突っかかられましたが、その後はパッタリ…何かあったのでしょうか」


ソフィア嬢は内緒話をするように、身を私に寄せて声を低くした。


「…どうも、リュイ様が自分の婚約者としてこれから共に頑張ってくれと言ったそうなのです。当然の話ですわよね。そのつもりでの貴女への婚約破棄宣言だったのですもの。けれど、バーニーの方はその覚悟がまだできていなかったみたいで…」


今の心境を表すならば「やっぱりね」という一言に尽きる。バーニーはリュイと結婚する気も王妃になる気も満々だろうが、その過程を受け入れているとは思えなかった。覚悟しなくてはならないのは、まず現王・王妃を頷かせる努力だ。並のことではないのは明白だ。当然認められた関係ではないので、『正式に』王妃教育が課せられているわけではないが、心意気としてそれに準じた行動をとるのが当然だろう。しかも徹底的に。一分の隙も無く。


「リュイは早々にバーニーに言ったのですね。彼自身もきっとご両親に大目玉を頂いた、ということでしょう」


「今は彼女、婚約者でもありませんから。私が何か咎める必要もありませんの。一度お二人が寄り添っているところに遭遇しましたが、無関心を装って通り過ぎましたわ。バーニーが何か言われると思って臨戦態勢を取ったのが滑稽で滑稽で」


ソフィア嬢は目を細めてコロコロと笑いながら恐ろしいことを言った。本当に肝の据わった逞しいお嬢さんだ。少し逞しすぎる気もする。


「まあ、私は貴女がお元気になられたならそれで良いのですけれど」


毒を吐く彼女が同じ口で優しい言葉を紡ぐ。最近彼女の色んな面が見られる。これが友達か…。私は精一杯の親愛を込めて「ありがとうございます」と笑った。




帰宅後、私は自室でふと考えた。


(リュイとバーニー…これからどうするつもりなのかしら)


私を貶めた二人の今後に立ち込める暗雲を想像した。隣の空模様は彼らの望んだようには変わらなかったようだ。


お読みいただきありがとうございます!

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