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作戦案ABC

息を弾ませながらやってきた男は、親方に駆け寄った。そして私の方をちらりと見た。私はそれだけで答えを知る。


「あ、あいつら!!『他を当たれ』の一言でした!!!」


親方は報告を聞き、ぎり、と歯を食いしばった。私は窓の外の明るさを確認した。「おい、お嬢さん。だ、そうだが」と親方が私に声をかける。作戦案Bに移ることが確定した。私は至って冷静に「次を」と答える。親方はさっきとは違う手下に手紙を持たせ、全速力で次の宛先へ走らせた。


「…今度はどう思う」と親方が私に尋ねる。私は淡々と「…次は国の機関ですよ?私のことを知っているのであれば普通は応じるでしょう」と返した。作戦案Bでは、ランジット領に配置された国の駐屯所の高官宛てに手紙を書かせた。


私は苦しそうに息を整える手下に街の様子はどうだったかと確認した。すると、彼は首を横に振り、普段と変わりないと告げた。親方が心配そうに「誰にもつけられてないだろうな」と念を押したが、手下は「用心しました。誰もつけてきてないと思います。奴らは全く相手にしませんでしたし」と確信をもって答えた。


「あいつら…それでもお上を背負う商人か…誇りも責任も無いクズども…」

「親方…」


私は親方と手下たちが悔しそうに顔を歪めるのを見て、胸が苦しくなった。無意識に握りしめていたのか、ジルが私の拳を優しく解いた。ジルは何も言わずに窓の外を眺めた。夕陽は刻々と沈む。


「急いで…」


私は薄暗く、家の明りが目立ってきた街に向かってぽつりと呟いた。




半刻ほど経っただろうか。遣わした手下が息を乱して帰ってきた。部屋で待っていた親方達は彼に駆け寄った。私も行きたかったが、いかんせん足の拘束を解かれていないため叶わなかった。椅子をガタガタとさせ、せめて体の向きだけでもと奮闘する。


「あ、あいつら…信じられねえけど…ゴホ」

「落ち着け」


息が整わないまま話そうとする彼を親方が宥める。数度深呼吸を繰り返し、手下は「もう大丈夫」というように手で合図した。


「そっくりそのまま言いますぜ?『その話が本当で、犯人のおつむがわずかでも働く奴なら、まずランジットの領主たちに話を持っていくべきだと思うが』だそうです。滅茶苦茶偉そうな奴でした」


「……だ、そうだが、お嬢さん」


心なしか、親方が私を見る目に憐れみが窺える。手下たちの目からも「本当にランジットの姫さんなんだよな…」と声が聞こえてくるようだった。まずい、交渉に亀裂が入る。


(ゆ、許さない…!国の末端からもこの仕打ち…覚えていなさいよ…)


最終手段の作戦案Cを採用せざるを得なくなった。しかし、これにはちょっと懸念要素がある。私は親方たちに向かってピッと人差し指を立てた。


「…作戦Cに移りますが…ランジット家に強敵がいます。まず、その人を押さえないと」





屋敷を出てから、ヴァリエールは全速力でフォーヴの兄弟たちの家に向かっていた。


「…?」


ふと、薄闇の中違和感を察知した。曲がり角に潜む人の気配は、間違いなく一般人ではない。待ち伏せしているかのような、異様な空気を発していた。ヴァリエールは腰のナイフに手をかけ、真っ直ぐに角へと進む。そして、目にも止まらない速さで隠れている人間にナイフを突きつけた。


「ぎゃ!」

「ひえ!」

「痛い!」


潜んでいた人間はまぬけにも尻もちをついた。ヴァリエールは目深にフードを被った三人の人間を認めると、深く眉間に皺を寄せた。そして、怒気を含んだ低い声で、「何してる、サレナ」と、目下捜索中の張本人に問いかけた。




力づくで私を連れて帰ろうとするヴァン君にどうにか頼み込み、私たちは親方たちの待つアジトに一緒に戻った。「必ず戻る」と、出かける前に約束した通り、逃亡しなかった私に親方はホッとしたような、申し訳ないような顔をした。


現在部屋には親方と私とヴァン君しかいない。他の子分の顔が割れることを、親方は良しとしなかった。ヴァン君と親方は向かい合う形で腰を下ろした。私は彼らと三角形を作るように座っている。警戒心と嫌悪がMAXに振り切っているヴァン君に動じない親方は流石だと、心の隅で思った。


「どういうことか説明しろ」とヴァン君は私に向かって尋ねた。尋ねたとはかなりマイルドな言い方で、「返答次第によってはただじゃおかない」という空気が痛いほど伝わってくる。


とにかく、私は作戦Cに移るにはヴァン君を説得しなくてはならない。そうでなければきっと彼の手によって、親方達は一網打尽にされるだろう。そうなれば私と親方の交渉は破綻してしまう。私も必死だ。


「…お嬢さんは、俺が誘拐した」

「親方!」

「あんたに親方と呼ばれる筋はねえよ」


私が最初の一言を考えている間に、親方が口火を切った。私が心の中だけで呼んでいた呼称を口にすると、彼は苦笑いをした。親し気になってしまったやり取りに、ヴァン君の表情は一層訝し気になる。勘の良いヴァン君は「狂言誘拐じゃないだろうな」と睨みを利かせた。


私はすかさず「ちゃんと攫われてる!!」と答えた。親方が何とも言えないような顔をした。


「交渉したの。遠くの国に売られそうになったから。それだったら、関係者がこの土地にいるから、そこと取引をしてほしいって。その代わり、絶対に捕まらないように私が動くからって!この人たち、これが初めてなの。身代金を元手にして、まともな生業に戻ってもらう」


ヴァン君はジロリと親方を見た。幾分か呆れた声色で、「こんなのと本気で取り合ったのか」と彼に尋ねた。親方は「…半信半疑だな。どっちみち後がないんだ。信じたいものを信じることにした」と自嘲的に笑った。


「なら、俺がここでお前らを押さえても問題ないな」


ふいに立ち上がったヴァン君に、私は慌てて飛びついた。ヴァン君は苛立たし気に「放せ」と冷たく言い放った。親方は少しも動かず、私たちをジッと見つめている。


「お前を危険な目に遭わせたこいつらに、親切に金をくれてやり、逃がせとは頭のおかしい話だ」

「そうなんだけど!考えがあるの!」


必死に止める私をヴァン君が力づくで引きはがそうとした。彼も頭に血が上がっているようだった。私を心配してくれていることは重々承知している。それが分からない私ではない。でも、どうかここは…。縋る気持ちで見つめた私に対して、ヴァン君はいつになく無感情な目で「後で聞く」と私の手を捻り上げた。


「…!」


どうにか手を振り払おうとする私に、ヴァン君は私の手を掴む力を少しも緩ませることなく「やめろ。折れるぞ」と言った。


「折れるものなら、折ればいいじゃない…」

「何?」

「どうぞ。折ってください。この方たちのためなら惜しくはありません」


「いけねえお嬢さん」と親方が身を起こした。私は親方の方を一瞥した。ほら、こういう人なの。


「バルベルデス商会。聞き覚えがあるでしょう?」


ヴァン君と親方がピクリと反応した。初めに手紙を届けた商船の組織名だ。ヴァン君は「どうしてお前が知って…」と言葉を切り、親方に目を向けた。親方はその視線を受け、いくらか気まずそうに首をすくめた。


「初めはよそに売られたくなかっただけで持ち掛けた交渉だったけど…。何があったかお聞きしたの。…この方たちだけではないのでしょう?財産を失って、犯罪に手を染めなくてはならなくなったのは。もうどうにかしないと。私自身が被害に遭ったのはチャンスだわ」


ヴァン君はしばらく私と目を合わせると、私の手を離した。


「で、お前は何を考えた。俺を使って何をしようとしている?」


いつもの冷静なヴァン君だった。話を聞いてくれる気になったらしい。親方達のことはきっとまだ許してはいないけど。とりあえず、一番の難所を超えたと私は心の中で泣き崩れた。親方はまだ固い表情のままだった。


既に作戦は動き出していて、バルベルデス商会と国の駐屯所からは相手にもされなかったことを説明した。それを聞くとヴァン君は恐ろしいほどの美しい笑みを浮かべた。「よくやった」とヴァン君は私の頭を撫でた。


これから出すランジット宛の手紙には、先の二件の対応をしっかりと記載する。ヴァン君、もといランジット家は今回の事態についてそれぞれを糾弾する流れだ。領主の娘、次期王妃が誘拐される原因を作ったという確実な事実を突きつけて、バルベルデスの所業は咎められ、商会と取引をしていた国の駐屯所の高官は責任を追及されるだろう。財産を失った商人たちの経緯は調査が既に進んでいるから、今回との関係性を否定するのは難しいと思われる。


「手紙はアガトに渡せ」と指示し、ヴァン君は手ぶらで部屋を出て行く。私は彼に近寄って「ごめんね」と小さな声で謝った。ヴァン君は親方に向かって「こいつに何かがあればただではおかない」と告げた。親方は「分かっている」と頷いた。


「対応にはお前の父親とジェインのおっさんを連れて行く。キレたら一番ヤバいのはあいつらだから」


ヴァン君は音も無く暗闇の街に消えて行った。私たちは急いで手紙の用意に取りかかった。父とジェイン伯父さんとヴァン君にキレられながら糾弾される場を想像したら背筋が震えた。


(怖すぎる…)


別室で控えていた子分たちが親方の元に集まった。私は次の動きを皆に説明するために輪に加わった。その時、また「親方」と呼んでしまった。「あ」と口を押さえると、親方は優しく呆れたように笑って親方呼びを許してくれた。


お読みいただきありがとうございます!

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