表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/43

お菓子と罠

ランジット領に来て数日。私は何度かスジェット伯父さんの家に足を運んだが、大きな成果が得られた日は無かった。それに、私が居ると領地の問題の議論がどうも進まないようなので、顔を出すのも段々と気が引けてくる。政略なんたらをするには、個人の熱い思いだけでは立ち行かないと身に染みて分かった。リュイには偉そうにもの申したが、実際自分で破棄しようとすると、その難しさは並々ではなかった。



私は窓から通りの雑踏を眺めながらウンウンと考えていた。アガトの用意してくれた冷たいフルーツティはすでに温くなっている。


父は以前、そもそもこの政略結婚は一応、念のためにという意向だったと言っていた。領地の後ろ盾を確かにすることと、血族から王妃が出るに越したことは無い。しかし、もはやランジットの家としても、私を差し出す程のメリットは無いという結論に至っている。リュイの行動も、分別ある行動としては当然認められていないため、そんな奴のところに嫁がせても、我が領のなんの名誉にもならないとのこと。


厄介なのは国の方からの望みだったということだ。次期王を差し出すくらいだから、相当この『契約』を重視していたはずだ。それに、ランジットの身内となれば領地内での自由も利くようになる。交易での利益も見越してのことだろう。


そして、現在。ヴァン君からの話だと、コールデン家はうちの『辞退待ち』。発起人の前王と比べると、今のコールデン家は甘く見ているという印象が拭えなかった。リュイのあの言動はもちろん、嫡子を差し出さなくてもランジットから辞退させた上で結婚と同等の利益を得ようというのはあまりに虫が良い。かといって、うちが「おたくの息子さんが無礼だったので」と一方的に辞退してもきっとあちらは頷かないだろう。ある程度、こちらがあちらの有利になる条件を飲むことでしか納得されないのは目に見えている。


こういう事情込々で、伯父さんたちは憤慨しているわけだ。


(何か、伯父さんたちの納得がいって、向こうも了承せざるを得ない条件はないかしら…)


もう何周したか分からない考えに頭が疲れてきた。気分転換に行こう。私はサッと支度を整え、出かける準備をした。アガトに出かけると言いに行こうと思ったけれど、さっき買い物に出てしまって屋敷にいないことに気が付いた。代わりにヴァン君に言いに行こうかと思ったが、一瞬躊躇いが生じた。


ヴァン君はここに来てから、私が一人で出かけることを良しとしない。治安が悪いと聞いたからかもしれないが、いささか過保護のような気もする。いつも行く大通りや、海辺、商店の並ぶ店はどこも賑わっているし、何か騒ぎが起こることも無い。


一方ヴァン君は私を屋敷に残し、一人でどこかに出かけてしまう。あの人のことだから、無駄な外出はしないだろうけれど…。何か調べているのだろうか。私はヴァン君からも、父、叔父からもイマイチ大事なことを教えてもらえない。こうして渦中に居ながら黙されるということは、私には中々堪えることだった。


(…いつものところ、歩くだけだし。危なそうだったら逃げてこよう)


私は結局そのまま家を出た。



相変わらず太陽はビシビシと照り付けている。私もちょっぴり日に焼けた。住民の方々とはまだ比べ物にならないけれど。私は街の繁華街へと足を向けた。様々な商店や路上販売を眺めるのはとても面白い。キラキラと、金で飾られた異国風のブローチやネックレスに心が引かれる。ここは何度来ても新鮮だ。いつ来ても違う商品がある。私は気の向くまま、店を眺めた。ぶらぶらしていると、地元の子だろうか、前から二人の女の子が楽しそうに駆けてくる。


「ねえ、はやくしないと売り切れちゃうわ!」

「待ってよう!大丈夫よ、違うお店もあるって言ってたじゃない!」

「あそこが一番おいしいの!」


彼女たちは何やら聞き捨てならないことを話しながら私の横を通り過ぎて行った。おいしいとは、何だろうか。売り切れるほど人気なのだろうか。私は彼女たちの後を追うように、小走りで着いて行った。


その店は大通りの端にあった。看板から察するに、異国のお菓子を売るお店のようだ。よほどの人気店らしく、すでに行列ができていた。甘い匂いがあたりに漂っている。私は迷わず列に並んだ。さっきの彼女たちとの間に10人はいる。そんなに遅れをとったつもりはなかったのだが。


15分ほど待つと、店の人が申し訳なさそうに出てきて「本日は売り切れ」と並ぶ客に告げた。ショック…暑い中汗を流しながら並んだのに…。それは周りも同じで、「あーあ」と残念がったり、ぶつぶつと文句を言ったりしながら、ひと時の同士は解散していった。私は人が散った後、お店をよく観察し、店の開店時間とメニューを頭に叩き込んだ。明日は頑張って早く来ようと決心し、店を離れようとしたとき、地元の人らしい男の人がこちらに歩いてきた。知らない人なので、私は危険信号を胸中で鳴らした。


「お嬢さん、旅行中の子?ここのお菓子買えなかった?」


お兄さんはニコニコと私に話しかけた。人の良さそうな雰囲気を醸している。私はこくりと頷いた。お兄さんは残念だったねと眉を下げる。


「僕もここがおいしいって聞くから並ぶのだけど、いつも買えなくて。違う店で買ってる。それしか知らないから、十分おいしいんだけどね」


といじらしいことを言った。そういえば、さっきの女の子たちも他のお店があると言っていたことを思い出す。段々、今日のところは違う店のを食べられればいいという気持ちになってきた。私はお兄さんにその店の場所を聞いた。お兄さんは快く行き方を説明しようとしてくれたが、この土地を知らない人にはどうも難しいらしく、結局連れて行ってくれることになった。私はお礼を言い、嬉しいやら申し訳ないやら複雑な気持ちでお兄さんに着いて歩いた。


雑談しながら路地を進む。途中、ここは街で一番古い時計屋だとか、靴屋だとか色々と話してくれた。成程、古い地域らしい。そりゃ不案内な私には分からないと、観光気分でキョロキョロと見回す。旧跡を歩いている、とワクワクした。しばらく歩き、お兄さんは狭い路地を指さしながら「ここを抜けるとすぐだよ」と教えてくれた。私はご機嫌で路地を覗きこんだが、そこは薄暗い壁が立ちはだかっていた。しまった、と悟った私は急いで振り返ろうとしたが、背後から抑え込まれ、顔に布が押し当てられた。


旧市街と言われながら進むにつれて、人気が無くなっていくことを不審に思わなかったことを悔いたが、もう遅かった。私は鼻にツンと来る何かを嗅いだのを皮切りに、段々と力が抜けて行った。完全に意識を手放す直前、お兄さんが苦しそうに「ごめんね…」と呟いた。







目が覚めると、椅子に座らされていた。ご丁寧に、口には猿ぐつわが噛まされている。人生でこんな経験をしようとは夢にも思わなかった。埃っぽい部屋には誰もおらず、あたりは静寂に包まれていた。一体どうなってしまったのだろう。恐怖と不安が押し寄せてきた。さっきのお兄さんの仕業なのは確実だが、彼もどこに行ってしまったのだろうか。単独犯なのか、それとも共犯がいるのか。とにかく、逃げようにも今自分の体は椅子に縛り付けられ、手足もキチンと縄で括られていて自由が利かない。それはもう、念には念をといったように、私はぐるぐる巻きにされていた。どんな力持ちでも逃げるのは不可能だろう。明らかにやりすぎで、私の胸やお腹はすごく苦しい。


頭だけ動かして部屋の様子を探るが、家具のようなものはほとんどなく、絨毯も敷かれていない。普段人が住んでいるような場所ではなさそうだった。部屋に唯一ある窓からは、海が見える。街の隅っこなのだろうか。混乱しながらも、とにかく状況を探ろうと必死に考えていると、部屋の外、ドアの向こうから男の人の声が聞こえてきた。どうやら一人ではなさそうだ。私は咄嗟の判断で、ぐたりと俯き、寝たフリをした。俯くとちょっと気持ちが悪くなったので後悔したがもう遅かった。


次の瞬間、部屋のドアが開き、男たちが入って来た。


「や、やってしまった…」

「お前、本当に…」

「だだだって、あんなに上手くできちゃうとは思わなくて!!」

「うるせえぞお前ら!!!そういう計画だっただろ!腹括れ。俺たちはもう戻れないんだ」

「お、親方…」



声から、一人はさっきのお兄さんだと分かった。他に二人いる。一人はお兄さんと同じく、不安そうに何かもぞもぞ言っている。親方と呼ばれたもう一人は、太くて力強い声をしていた。動揺している二人を叱りつけている。三人は話しながら私を囲んだ。


「確かに、ここいらでは見ねえ顔だ」

「旅行中って言ってました…」

「…なら足が着きにくいな」

「…若くてきれいなお嬢さんじゃねえか」

「た、高く売れるんですかね?」

「分からん。……俺らの初仕事だ。舐められねえようにするぞ」


三人はどうやらどこかに私を売るつもりらしい。私は不安と心細さで、泣きたい気持ちなったが、「初仕事」という言葉に引っかかった。成程、この厳重すぎる縄も慣れてないせいかと合点がいった。もちろんだからと言って何かが変わるわけではない。彼らは誰に、どうやって、いくらで売り払うかを話し合い始めたが、もうあんまり耳に入ってこなかった。物理的・精神的な圧迫から、吐き気がこみあげてきたのだ。


(~~~~~~~~~~無理…)


胃から上がってきたナニカに堪えようとしたが、叶わなかった。逆に、我慢したせいで余計に苦しく、猿ぐつわも相まって出したことのないヤバい声が出た。


「んんんヴヴkkkvvvvvv」


私はこのまま吐くのは嫌だ、とぎりぎりの理性で椅子ごと床に倒れこんだ。


お読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ