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強行軍

おかしいな、と思った。今日は鳥が鳴いてない。その代わりに、ざわざわと人の声がする。今日は誰か来る日だっけ…。お父様のお客様…?


(………)


私は寝ぼけながら目を薄く開けた。すると、いつもの柔らかい朝日とは違う、強烈な光が目に入った。あまりの眩しさに私はゴロゴロとのたうち回った。いつもの寝床の感覚で転がっていると、思ったよりも近くにベッドの終わりがあり、私はそのまま落っこちた。床におでこと肘を打った。肘がビーンと痺れて、打ちどころが悪かったと悶える。体を打った衝撃で私の頭はようやく働き出した。


暖かい空気を感じる。開いた窓からは海の匂いをまとった風が入ってくる。人の声と足音がよく聞こえてくる。色んなものが混ざったような匂い。木、香油、食べ物、皮…あまりに多彩で、あまりに新鮮な空気だった。


私は起き上がり、目をこすって部屋を見回した。木の床には大きなカーペットが敷かれている。濃い赤・オレンジ・青のカラフルな織物だ。壁は白く塗られていて、朝日をバンバンに反射している。何もかもが濃い。存在も、匂いも、色も。強烈だ。


(ここが…ランジット領)


私とヴァン君は昨日の夕方にこの町に着いた。私は幼いころにしか来たことが無いのに、何故だかヴァン君は迷うことなくランジットの家に馬車を誘導した。その辺の人に聞こうと思ったけれど、助かった。


私たちは手紙で来訪を先に知らせていたので、親族たちは今か今かと待ち構えていた。私たちが屋敷に着くと、彼らは慌ただしく私たちを迎え入れた。どことなく、皆日焼けしていて、屈強そうな体つきだった。ぐるりと私たちを囲むと、「大きくなった」と言っては頭をガシガシ撫でる。誰が私とどういう関係の親族なのか、私はさっぱり分からなかった。次々と目まぐるしくされる挨拶に目を白黒させた。


久しぶりに会う父も、何となく茶色くなっていて、一瞬別人のように見えた。父は私たちから群がる親戚を引きはがし、食事を摂るよう勧めてくれた。本当にありがたかった。私もヴァン君もジェフもお腹がペコペコだったのだ。そしてかつてないほど疲れていた。


魚介がたくさん入ったスープや、ピリリと香辛料が利いたソースのかかったお肉、大きな果実から直接注がれるジュースはどれも口にしたことのないもので、あまりのおいしさに私は一生懸命頬張った。ヴァン君はたくさん食べる私を見て「うんうん」と頷きながら、自分も大きな肉塊に齧り付いていた。


お腹がいっぱいになると、途端に睡魔に襲われた。父は私を気遣い、残る親戚への挨拶もそこそこに、メイドに私を部屋へと案内させた。私は背中を押されながら「ヴァン君は」と振り返ると、よく日に焼けた太い腕と首のおじさんたちに囲まれていた。逃げるのに苦労するだろう。


(ヴァン君ごめん…お先に…)


辛うじてベッドに辿り着いたところまでは記憶があるが、その後はベッドから落ちるまで泥のように眠っていた。




私は部屋に置いてあった湯あみセットで体をきれいにすると、家から持ってきた白いワンピースに適当に着替えた。頭のボサボサは直らなかったのであきらめて一つに括った。部屋を出るも、廊下にも隣や向かいの部屋にも人気は無かった。建物の構造を把握していないので、勘と夕べの記憶を頼りに階段を下った。



おずおずと階段を下りながら一階の様子を窺っていると、私を見つけて一人の女性が「おはようございます!」と元気に挨拶をしてくれた。彼女は昨日食事を用意し、私を部屋まで案内してくれたメイドだ。確か名前は…。


「おはよう、アガト」


アガトはにっこりと笑った。焼けた肌にそばかすの浮かぶ顔。とても愛嬌のある女性だ。歳は見た目からはよくわからないが、私よりははるかに上だ。元気なママという感じである。

彼女はせっせと私の朝食を用意してくれた。サラダとパンとスープというオーソドックスなメニューだが、中に入っている野菜や豆はもちろん、味付けは初めて食べるものだった。


「とってもおいしいわ!」


「ありがとうございます。昨日もたくさんそうおっしゃっていただけて嬉しかったです」


「他の皆さんはもう召し上がったの?」


「旦那様はもうお済みです。ヴァリエール様はまだお休みかと」


昨日は遅かったのだろうか。私はヴァン君が気の毒になった。アガトは父からの伝言を預かっていた。私とヴァン君の朝食が終わったら、スジェット伯父さんのところに来るように、ということだ。スジェット伯父さんとは、お父様の五人兄弟の家の一番上のお兄さんだ。どうやらそこで日夜会合を開いているらしい。私はお疲れのヴァン君を起こしに行くのも気が引けたので、アガトとお茶を飲みながら待つことにした。


「この家は普段はどうしているの?」


「お手入れはずっとしておりますよ。私、カリム様のところでいつもは働いているのですが。フォーヴ様、あ、旦那様がこちらにいらしてからはここに詰めさせていただいております」


カリム叔父さんは四番目。父とは仲の良い人だったはずだ。成程、綺麗なはずだ。主が留守にしていた家は、どこもホコリひとつ無く手入れが行き届いている。アガトは私に砂糖がたっぷりのドライフルーツを勧めながら尋ねた。


「それにしても、お早いお着きでございましたね。皆様驚かれていらっしゃいましたよ。王都からどのくらいでしたか?」


「…三日かな…」


三日という言葉に、アガトは仰天した。それもそうだろう、普通だったら一週間かかるのだ。私もそのつもりで王都を出た。私は壮絶な三日間を思い出し、今日朝日が拝めたことに感謝した。アガトはいったい道中どうしていたのかと不思議がっている。


私たちが王都を出てから―


「おい、この道は遠回りだ。あっちの崖を回れ」

「は?宿を取るために町に寄る?進めるだけ進んで後は野宿だ」

「食える草とキノコを見つけたから焼くぞ」

「ジェフ、手綱を替われ。もっと駆けられるはずだ」


それはもう散々だった。時間がかかってもいいから安全に着きたい私たちと、多少無茶でもいいから(本人は無茶と思っていない)早く着きたいヴァン君。二対一のはずなのに、私たちは負けた。完全にヴァン君の力技だった。そもそも、こっちが近いと初めにヴァン君が言った道が、ただの近道ではなく、馬車一台が通るのがやっとという崖だったのが悪夢の始まりだった。そのあとはずっと獣道。馬車と主導権を奪われ、私とジェフは共に車内で悲鳴を上げながら震えていた。夜が更けてそれ以上進めなくなると、そこがキャンプ地になった。よくわからない山菜や果物を素材の味そのままで食べさせられ、お風呂にも入れずに馬車で眠った。ヴァン君と憐れなジェフは外で星空を見ながら寝ていたようだ。ジェフには本当に悪いことをしたと思っている。馬もかわいそうだ。


「………………」


私の話を聞くと、アガトは絶句していた。そして「よくご無事で…」と労わるように私の背中を撫でてくれた。二人で泣いていると、ヴァン君が階段を下りてきた。広がった髪が何かの動物のようだった。まだ眠たいらしく、目をしぱしぱさせている。あくびをしながら部屋を見回すと、彼は私たちに気が付いた。アガトは私のさっきの話を聞いた直後なので、「この方がその無茶苦茶な方…」と慄いている。


何も知らないヴァン君は、頭を掻きながら「腹が減った」とぼそりと言った。



ヴァン君は夜ご飯くらいの量を食べた。昨日の夜はおじさんたちに絡まれて実はあまり食べられていなかったらしい。私は向かいに座ってジュースを飲んでいたが、見ているだけで胸やけがしそうだった。お腹いっぱいになったヴァン君はようやくシャッキリした。


「で、何だって?」


「だから、朝ご飯食べたら、スジェット伯父さん家においでねだって」


ヴァン君は「ふうん」と気のない返事をした。彼の気分はよく分からない。私は気にせず、どうやって行くかを考えた。馬車…とも思ったが、過酷な旅で心身共に疲れ果てているジェフを駆りだすのはとっても抵抗があった。それに、私はさっきから町の様子が気になって仕方がない。どんなお店があるのか。海は見えるのか。


「アガト、ここから遠いの?歩いていけるかしら?」


「はい。歩いて十分くらいです。地図を書きましょうね」


アガトは目印と行き方を書いた地図をくれた。私は胸が高鳴った。まだ椅子でだらりとしているヴァン君の腕を「行こう行こう」と引っぱった。ヴァン君はのそりと起き上がり、髪を緩く結んだ。どうやら行く気になったらしい。


私たちはアガトに見送られ、太陽でいっぱいの賑やかな町に出かけた。


「すごい…!何て賑やかなの!見たことのないものばっかり!海の匂いがするね!あ、あれ何かしら。こっちの道も気になるわ。ねえ見て、あの鳥きれいだね」


「…落ち着け」


大興奮な私をヴァン君が呆れたように制する。でもこれは落ち着いていられない!!ああでもまずは伯父さんの家に行かないと…あ、あのお菓子何だろう…いい匂いがする!


「はーーーー」と横から突然盛大なため息が聞こえたと思ったら、右手がぎゅっと握られた。


「え?」


私はドキリと胸が鳴った。ヴァン君の大きな手が私の手を引いている。いつか教室に私を引きずって行った時とは違って力任せではなく、私の歩幅に合わせて。あれ、何だか、顔が熱い。私の頭は一気に町のことよりも繋がれた右手に集中した。


(ど、どうしたんだろうヴァン君…)


「あ、あの…」


ヘンに脈打つ心臓を押さえながら、私はヴァン君を見た。すると彼は。


「連行する。いつまで経っても着かん」


至って真顔だった。私はスンッと自我を取り戻すと「ハイ」と良い返事をして、大人しく後に従った。


お読みいただきありがとうございます!

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