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順位の価値

「おいサレナ。聞いているのか」


「…」


「おい」と耳の真横で低い声が響いた。「ぎゃ!!」とはしたない声を出してしまい、私は慌てて周りを見回した。幸い、誰も気が付いていないようだった。私はさっきからしつこく話しかけてくるヴァン君を睨み、小声で抗議した。


「ここは図書室なんだよ!私勉強してるんだけど!」


「そんなの見れば分かる。お前は勉強していれば人が話しかけているのを無視してもいいと思っているのか」


本当に俺様なんだから…。私はできればそうっとしておいてほしかったが、ペンを置いて渋々ヴァン君に向き合った。


「なんの用事なの?」


「奴らが20まで候補を絞ったらしいぞ」


「に、20…!?」


何を、とは言わずもがなだ。国とランジット家が契約を結ぶための、結婚とは別の条件のことだろう。お父様が領地に戻ってから三か月が経とうとしているというのに…。


「ま、まだ20を絞るんですよね…」


「だから紛糾していると言っただろう。皆好き勝手に案を出すから最初は100以上の候補があったらしい」


「ああもう!!!」


「比較的まともな20が残ったから、もうしばらく精査に時間がかかるという文が来た」


「ま、待って…そういう大事な話、どうして私に直接連絡が無いのでしょうか」


先日私もお父様から文をもらったけれど、『元気にしているか?父は元気だから心配は無用だ。ヴァリエールを寄越したから、何かあったら頼るように。お腹を出して寝ないこと』と書いてあっただけだ。ヴァン君はだるそうに首を傾げた。


「奴ら、お前のことを昔から猫かわいがりしているだろう。いつまで経ってもお前のことを子供だと思っている」


「何も教えてもらえない方が不安だよ!」


「そういうことが分からないんだ。商売のことは頭が回るくせに、自分の娘や姪のことになると途端に阿呆になる」


「もうちょっと歯に衣を着せてあげてください…」


どうして家の親戚は皆こうなんだろう。私は頭が痛くなった。


「あっちのことは俺が教えてやる」


「よろしくお願いします」


私はがっくりと頭を下げた。


「で、お前は何をそんなに机に噛り付いているんだ」


事も無げに尋ねてくるヴァン君に、私は眉を寄せた。


「来週定期試験だからだよ。私、一番取らないといけないから」


「ああ、あの胸糞の悪くなる貼り出しか…」


「ヴァン君…」口の悪いはとこを諫めるように睨んだ。この学園は定期試験の順位を掲示板に貼り出す。そのことを言っているのだろう。確かに私も自分の順位はこっそり個人的に教えてくれればいいのにと思っているけれど。私はため息をついて再びペンを手にした。ヴァン君は「満点を取れよ」と冗談ではないトーンで残し、図書室から出て行った。



それから私は必死に勉強した。普段からサボっているわけではないが、授業でやっていないことを出題してくる先生がいるため、気が抜けないのだ。それに『次期王妃』は一番を取らなくてはならない。これが中々のプレッシャーなのである。





全ての試験が終わり、手元に採点された答案が返された。私は結果を見て、とりあえず一息ついた。これなら、問題ないだろう。帰りにはきっと掲示板に順位も貼りだされているはずだ。私は答案をカバンの中にしまった。ヴァン君は大丈夫だっただろうか。隣を見遣ると、彼はつまらなさそうに適当に答案をカバンに突っ込んでいた。



教室を出ると、ヴァン君に「帰るぞ」と声をかけられた。いつも帰宅はそれぞれなのに珍しいなと思ったが、断る理由も無いので素直に了承する。


「あれ、ヴァン君?」


エントランスに直行かと思ったが、彼は足を別方向に進めた。そっちは彼が胸糞悪いと言った試験順位の貼り出しが行われている掲示板だ。仕方ないので彼の後に続く。


「…一番だな」


彼は私の名前を見つけて「ほうほう」と頷く。一方私はというと、私の下に書かれている名前を凝視していた。


「いや~、抜かれちゃいましたね。一位と二位をランジット家に持っていかれてしまいました」


ちょっぴり悔しそうに笑うのは、いつも二位をキープしているエーデル伯爵家の子息だった。


「ええ…ヴァン君が二位…」


「なんだその反応は」


まともに授業を聞いているようにはとても見えない彼が二位につけてくるとは夢にも思わなかった。三位の彼は「うーん、これは強敵ですね」と人のいいことを言っている。私たちが掲示板前でだべっていると、背後から甘ったるい声が聴こえてきた。瞬間、私の救急時センサーが反応して、鳥肌が立った。ヴァン君に「逃げよう!!」と言う前に、声の主は到着してしまった。


「うふふ、またリュイは一番ね」


「当然だ。俺は次期国王だからな」


アー!!来ちゃった!!いらぬ喧嘩を吹っ掛けられる予感がバンバンする。あと謎の自信満々発言が痛い!私は彼らの視界からこっそりフレームアウトすることを狙った。


「あら、あの赤毛…」


(め、目敏い!!)


長身かつ目立つ髪色のヴァン君が見つかった。二人が近づいてくるにつれて、私の胃が悲鳴を上げ始めた。絶対ろくなことにならない…。


二人は私たちの傍に来ると、見せつけるように腕を組んだ。バーニーの得意げな顔が何とも腹立たしい。バーニーは掲示板を見て、軽く笑った。


「『伯爵家』ではまたサレナ様が一番ですのね~」


余談だが、バーニーが『伯爵家』を強調したのは、この順位が学年全体の総合順位ではなく、身分それぞれの順位だからだ。総合で出してしまうと、順位と身分をめぐって余計ないざこざが生じてしまうから、と噂で聞いたことがある。


バーニーの発言に対して、「だから何だ」と私は思った。そっちはそっちで順位が出ているのだからこっちのことはいいだろう。大体、「大した事無い」みたいな言い方だったが、爵位が上がるにつれて在籍する人数は減っていくんだから、あなた達より激しい競争をしているのだということが分かっているのか!リュイなんて公爵家が何人いると思っているんだ。三人だぞ!!!たったの!三人!その中で一番というのがどれ程すごいのか、質問してみたいものだ。


心の中で罵っていると、何も言わない私にバーニーが追撃をかけた。


「もう頑張って一番をとる必要はないのではなくて?お肌が荒れるくらい勉強しなくてはならないのだから、大変でしょう?」


リュイが隣で「確かに」みたいな顔をして頷いている。こ、この野郎!言い返すよりも手を出したくなってくる。


「ふ、ふふ。ははは!」


堪えられない、といったように突然ヴァン君が笑い出した。私をはじめとして、リュイ達、居合わせてしまって戸惑っている不幸な三位の彼は、ギョッとしてヴァン君に注目した。


「何がおかしい。ヴァリエール」


リュイが不機嫌を露わにしてヴァン君に問いかけた。ヴァン君は薄笑いを浮かべながら二人を横目で見た。


「『まだ』婚約者だからな、こいつは。俺の方からもお願いしよう、バーニー嬢が侯爵家の中で早く一番をとってこいつを安心させてやってほしい」


バーニーはサッとリュイにしがみついた。リュイは彼女よりも一歩前に踏み出す。


「バーニーは残念ながら『まだ』正式な婚約者ではないのでな。必要のない責務を負わせることはできない」


(矛盾したことを恥ずかし気も無く…!!!)


私はどんどん自分の顔が歪んでいくのが分かったが、どうにもできなかった。


「成程な。一番をとるのは面倒だからなあ」


ヴァン君は貼り付けたような笑みのまま、私をちらりと見た。よく見ると、彼の目は笑っていなかった。


(こ、こわ…)


「…伯爵家で一番を取ったって、その上に侯爵、公爵がいるのですからね」


リュイの背中に隠れたバーニーが小さな声で零した。ヴァン君は大げさに驚いた。


「そうか、それは考えたことも無かった。俺たちの試験の内容は違うのか?それなら順位が爵位毎になっているのも納得がいく」


「あなた方にとっては試験なんて自己評価だけかもしれませんけど、私たちにとってはそれ以上に大事なものなのです。順位はすなわち、この中で誰が優れているのかが分かるのですから。上の家の者は己の名誉を示さなくてはなりませんのよ」


バーニーは自分の首を絞めていることに気が付かず、選民的な持論を展開した。


(それだと七番のあなたは大丈夫なの…?)


「俺には難しすぎて分からんな。それなら尚のこと、家の爵位関係なく順位を付けるべきと思うが」


リュイとバーニーは笑い出した。


「そ、そんなことしたら、範囲を区切っているから上位に付けている方が、困っておしまいになるわよ」


明らかに私に向けられた嘲笑う言葉。いい加減頭にきた私は、自分のカバンに手を突っ込んだ。


「恥をかくのは―」


私が最後まで言い切る前に、バラバラと目の前に白いものが舞った。何か書いてあり、朱で丸が付けられている。答案だ。今私が突き出そうとしたものと同じもの。


ヴァン君は顔の前に持ち上げた答案を、捨てるように落とした。


「やだ…なに…?」


「…」


「わ!すごい!ヴァリエール君一問外しただけなんだ!」


慌てて答案を拾った伯爵家三位の彼が驚きの声を上げた。私はカバンに手を突っ込んだまま固まってしまった。「満点を取れ」というヴァン君の言葉が脳内に蘇ってきた。



「ということは…サレナ嬢満点だったんだね!!」


キラキラした目で「すごいや!!」と賛辞を贈られ、私はぎこちなく笑った。反対に、リュイとバーニーは顔が強張っていた。察するに、リュイは今回満点ではなかったのだろう。


「俺とサレナは困らんが…そうだな、困る奴がいると大変だ。総合はやめておいた方がいいな」


二人の次の句も待たず、ヴァン君はもう用は無いという風に私に「帰るぞ」と声をかけ、さっさとエントランス口に歩いていく。私は慌てて後を追った。後ろから「おーい、ヴァリエール君の答案どうしたらいいの!!???」と困った声が聴こえてきたが、ヴァン君は一言「捨てておけ」と返しただけだった。


お読みいただきありがとうございます!

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