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胸の内を話してくれたソフィア嬢に対して、このまま他人事のように「そうなんですか」なんて言えようもなかった。突然手を握られたソフィア嬢は、下がり眉のまま不思議そうな表情をした。


「ソフィア様のことを勝手だと責めるつもりはございません。私こそ、志が高いわけではないのです。リュイから婚約破棄を宣言されてから、私は今極めて打算的に過ごしているだけなので、立派な王妃になろうとか、そういうつもりは全くないのです」


ソフィア嬢は「は?」という顔をしている。そんなこと言っていいのだろうか、と思っているに違いない。


「そりゃ以前は私、リュイのことが好きでしたし、『そういうもの』だと思い込んでいたものですから、必死で勉強したり、色んなレッスンを受けたり、仲良しも作らずにいたりと言われるがまま従ってきましたが」


「ちょ、ちょっとお待ちになって。今リュイ様のことを好きだったとおっしゃいました?」


「え、ええ。申しましたが」


ソフィア嬢は思い切り顔をしかめて「信じられない」と言った。私が苦笑いを浮かべると、慌てて首を振る。


「す、すみません。婚約者に対してそのようなことを思ったことがありませんので…。貴女も責任感と使命感で『婚約者』をしていらっしゃるのかと…」


「私が能天気だっただけです…あのでも、今はもうそんなこともないので…」


ソフィア嬢は珍しい生き物でも見るように、しげしげと私を観察する。


「…確かに、気負い過ぎては務まらなかったのかもしれませんわね」


「はは…」


私は乾いた笑いを浮かべ、遠い目をする。あの頃は本当に自分で何にも考えていなかったな…。


「でしたら尚のこと、リュイ様の裏切りはお怒りではありませんの?バーニーのこともさぞ目障りでは?」


「もちろん怒っていますとも!あんな仕打ち受ける覚えはありません!」


「当たり前です!あんなことで婚約が破棄できるなら、私だってとうの昔にやっています!」


ソフィア嬢は力強く頷いた。


「あまつさえあの野郎、あ、失礼…リュイの方では『婚約破棄』を恩に着せようとしているのです…私が責務から解放されるから…」


思わず口が滑ってしまったが、ソフィア嬢は気にしない様子で眉を吊り上げた。


「なんですって!?」


「もうほとほと愛想が尽きました。もともと『王妃』には執着はありませんし、リュイにも未練はありません。ただ、今は家の事情で都合がよいので、何もなかったかのように過ごしているのだけなのです…」


私はニヤリと顔に影を落とす。口にすると沸々と心の闇が表に出てくるのだ。ソフィア嬢は顔を赤くして、私の手を強く握り返した。私も手に力を込める。


「乙女の真心を無下にしたことは決して許されませんわ…。ご事情は分かりました。私応援させていただきます」


何て頼もしいんだ…うっかり私は「よろしくお願いします!」と頭を下げそうになったが、ほんの少しの良心がそれを制した。私は緩く頭を横に振る。


「ソフィア様…いいえ、私は貴女を巻き込むわけには参りません。もしも、私を擁護することで、貴女のお家が『私に近づいて利用しようとしている』などと咎められるようなことになれば…私にはどうすることもできないでしょう…否定すればするほど、より疑いは濃くなってしまいます…」


「サレナ様…そんな私は…」


「貴女はご立派な侯爵家のご息女。そんなことになれば私も父から何と言われるかわかりません」


ソフィア嬢はしばらく考えこむと、真剣な面持ちになった。


「…分かりました」


こんなにいい子を誤って私の犠牲にするわけにはいかない。私は彼女の返事に安堵した。


「…主張と名目がはっきりしていれば、良いということね…」


ソフィア嬢はぽつりと何か呟いた。


「ん、んん???」


私は目をぱちぱちさせた。ソフィア嬢の眉がキリリとする。


「私があくまで主張するのは、正しい『次期王』と『次期王妃』の在り方。ご心配いりませんわ。正論を述べるだけです。ですから、今日お話ししたことは何にも関係ありません。厳しくて融通の利かないソフィア・ド・ベルのままでございます」


「え?え?」


ソフィア嬢はどこか晴れ晴れとした表情で、はきはきと私に宣言する。


「貴女もそのままで結構ですわ。本当はいつもお傍にいて差し上げたいですが、あなたのご心配のとおり、親戚でもない私は遠慮した方がよさそうですわね」


まずい、付いていけない。彼女は『いつも通り』を装いながら、私の味方する、ということでいいのだろうか?


(あれ…それでいいのか…?)


私はそこはかとなく不安に駆られるが、ソフィア嬢はいつものゆるぎない瞳に戻っていた。いやいつも以上かもしれない。


(婚約が破棄になれば、心配する事態にもならないか…)


私は彼女の曇りなき眼に圧倒されながら、今日事情を話せただけでも良かったと思うことにした。ソフィア嬢は一通り話し終わると、「あ!」と目前に広がるお茶の用意に目を向けた。


「紅茶もお菓子もすっかり冷めてしまいましたわ。申し訳ありません。いただきます!」



「おいしい!」と言いながらモリモリとマフィンを食べる彼女を見ながら、「何てたくましいお嬢さんだ…」と感心する。これからは心の中で彼女のことを「ソルジャー」と呼ぼうと思った。とにもかくにも、まだ公にすることはできないが、「友達」、「仲間」…何と呼べばよいのかは分からないが、私にとって『特別』な子ができたことは、どこかむず痒く、しかしとても素晴らしいことのように感じた。



休みが明け、私はいつも通り定時に登校していた。体に染みついたレッスン通りの歩みで校舎に向かっていると、優雅に歩く乙女が私を追い越してゆく。


「おはようございます、サレナ様」


「ソフィア様、おはようございます」



あくまで淡々と。彼女はさらりと私に挨拶をした。黒い絹のような髪をたなびかせながら、颯爽と通り過ぎてゆく。私にだけ分かる、一瞬の目配せを投げて。


「か、かっこいい…」


彼女は自身で言った通り、いつも通り。徹底して完璧だった。打ち震える私に、隣に居たヴァン君は残念なものでも見るような様子で、「俺はお前の方がばらさないか心配だ」と呟いた。バッと彼の方を振り向くも、ヴァン君はスタスタと先を歩いて行ってしまった。


(そ、その通りよ…いくら彼女が頑張っても、当の私がソフィア嬢にデレデレしていては本末転倒…)


小さくなる二人の背中を眺めながら、私はぎゅっと気を引き締めた。





「何か御用かしら」


ソフィアは学園の階段の踊り場で、手すりにもたれかかるヴァリエールに問いかけた。自分を見下ろしている細められた灰色の瞳からは、何を考えているのか読み取ることはできない。ソフィアは「気味が悪い」と思った。


「サレナと話したそうだな。聡明なご息女で安心したと伝えに来ただけだ」


「ご息女」という言葉にソフィアの眉がピクリと動いた。ヴァリエールが相手をベル侯爵の娘として話していることが窺われる。すると、ヴァリエールはランジット家のものとして今対峙しているのだ。ヴァリエールはランジット家といっても本筋とは離れていると聞いた。この男がどういう立場で動いているのか、ソフィアは訝しんだ。


「左様ですか。光栄ですわ」


ソフィアも至って表面的に返す。ヴァリエールは猫のように目を細めた。この得体の知れない男が、本当にサレナを味方するのかどうか、ソフィアは不安に思った。


「ヴァリエール様、本当にサレナ様のために動いていらっしゃるのよね?」


ヴァリエールはとても面倒くさそうに顔をしかめた。


「貴様の言うサレナのためが俺と同じかどうかは分からんが、俺は俺が思うようにあいつのためと動いている」


「…本当?」


「面倒な嘘はつかない主義だ」


ヴァリエールは重たそうに上体を起こして、ふらりと上の階へ消えていった。残されたソフィアは、その背を見つめた。


お読みいただきありがとうございます!

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