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英雄は花と散る  作者: ゆり
第一章
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三話 正体

 陽の光で目が覚める。

寒いので暖かい布団から出たくない。

「んん……寒い」

が、気合を入れてがばっと布団をめくった。

 着替えて鏡の前に座り、いつものように髪を()う。高くひとつに結んだ後、髪紐(かみひも)で団子にまとめる。この()い方は、母が教えてくれたものだった。そしてこの髪紐も、母がくれた。

 髪を結って、私は机の上に置かれた(かんざし)に目を向けた。手に取ってその装飾を陽の光にかざしてみる。昨日の夜のように、美しく優しく(きら)めいている。

私は慣れない手つきでそれを髪に()した。

「──よし」

そして家を出た。


 吐く息の白い朝、(きし)む木の階段を降りて店の扉を開く。

今日も先に千夜香さんが来ていた。

「おはようございます」

「おはよー」

「今日も寒いですねー」

「雪降りそうだね」

「ですね」


──と、店の扉が開いた。

そこに居たのは輝夜だった。

「ああ寒っ」

「あれ?今日早いね」

まだ店の準備も終わっていない。

「うんまあ」

あ、と輝夜は付け加える。

「今日酒はいいわ」

その言葉に少しばかり驚く。

「なんかあんの?」

尋ねると輝夜は曖昧(あいまい)に答えた。

「まあ、いろいろ」

不思議に思っていると、お、と輝夜が声を上げた。

(かんざし)つけてくれてんだ」

私は少し頬を染めて(うつむ)いた。

「あ、うん、まあ」

そんな私に千夜香さんは言った。

「本当だ!可愛い」

そして意味ありげに私を小突いた。

「ちょ、なんですか」

「別にぃ?」

楽しそうに彼女はにやりと笑った。

「あ、すまねー俺もう行くわ」

「え、随分早いね」

千夜香さんは彼に言う。

「ああ、忙しいからな」

冗談めかして彼は答える。

「ふふ」

そんな彼に千夜香さんは笑った。

「じゃあな」

軽く手を挙げて彼は店を出た。

 先程まで賑やかだった店内は静かになった。

そんな静寂を破るように千夜香さんが口を開いた。

「よし、店の準備しよっか」

「はい」


 そうして店の準備をしていた時、再び店の扉が開いた。

「すみません、店はまだ───」

言いかけて、私は目を見開いた。

 暖簾(のれん)をくぐったのは、兄の凛久都(りくと)だった。

「凛月ちゃーん!」

大きく手を広げて凛久都は私に向かって来た。少し身構えると、彼は私をきつく抱きしめた。

「うわっ」

「会いたかったよー凛月」

相変わらずの兄は私に抱きつくなり頬をすり寄せてくる。

「苦しい」

「あ、ごめんごめん」

そう言うと彼は私を離した。

「おっ、凛久都くん久しぶり!」

と、奥から千夜香さんが出てきた。

「あ!千夜香さん久しぶり、また綺麗になったね」

「ふふ、凛久都くんはかっこよくなったね。相変わらず凛月ちゃんのこと大好きね」

「もちろん!」

そう言ってまた抱きつこうとしてくる兄を私は突き返した。

「うるさい兄ちゃん」

「もう冷たいなあ」

ふてくされたように彼は口をとがらせた。

「そういや、急にどうしたの?」

そんな彼に千夜香さんが尋ねる。

「戦で遠くまで行ってたんだけど、次の戦場がこの近くだったから寄ったんだよ」

 兄は、リベルタの幹部だ。王政軍と戦ばかりして、いつ死ぬか分からない。だからこうして会えるだけで本当は嬉しいのに、元気すぎる兄に押されて素直に喜べもしない。この人はそう簡単には死なないだろうという確信さえある。

「また戦あるんだ」

私が聞くと、彼は笑顔で答えた。

「おう。まあ俺らはまた負けねーだろうけど」

「勝ってもないけどな」

私はすかさず言う。彼らリベルタは、その大きな戦力差をものともせず王政と互角に戦っている。

「まあな」

何故かドヤ顔で兄は言った。

「なんか食べてく?」

そんな彼に千夜香さんが言う。

「あー、いやいいわ。軍議あるし」

「そっか。気をつけてね」

千夜香さんは優しく微笑んだ。

「おう」

そして兄はこちらに向き直った。

「凛月、またな」

にっ、と彼は笑った。

「うん、また」

「千夜香さんもまたね」

そう言うと手を振って凛久都は店を出た。

「今日は朝からのお客さんが多いね」

「そうですね」

そう言って今日も慌ただしい1日が始まり、瞬く間に過ぎ去った。


 翌日。

店に、輝夜は来なかった。

毎日来ていたので少し気になったが、来ない日くらいあるよな、と思った。


 しかし、次の日も来なかった。

さすがに風邪でも引いたか、と思ったが私は彼のことを何も知らない。心配する仲でもない。そう思っていた。まあ、そのうち来るだろう、と。


 そんな私の考えは裏切られ、とうとう彼はそれから1ヶ月来なかった。

「来ないね、彼」

千夜香さんがぽつりと呟いた。

「ですね」

店内はどこか寂しげだった。

もうどこか遠くへ行ったんだろうか。

病気にでもなったのか。

そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け回る。


 今日も来ねえのかな、と思っていたその時。

店の扉が開いた。

───!

 黒い髪、透き通る瞳、高い背丈。その姿に、大きく胸が高鳴るのを感じた。

暖簾(のれん)をくぐったのは、(まぎ)れもなく彼だった。

私は目を見開いた。目の前に彼がいる。

「──輝夜(かぐや)

口から彼の名前が(こぼ)れた。

「よ、久しぶり」

「──久しぶりじゃねえ、心配かけてんじゃねーよ」

私は気づけばそんなことを言っていた。

「あっ」

慌てて口を押さえる。

「え?俺の事心配してくれてたんだな、さすが凛月。てかさっき、俺の名前呼んだよな?初めて呼んだよな?」

そんな私を茶化すように彼が言ってくる。

「心配してないし、呼んでねーし」

私はムキになってそっぽを向いた。内心恥ずかしかった。


「──すまねえな、心配かけて」

と、彼は突然私の頭を撫でた。

温かい大きな手で、酷く穏やかな声で。

私はその瞬間、頬が熱くなるのを感じた。

「──っ」

照れ隠しで、私は俯いた。


 彼は座り、酒を出すように言った。言われた通り酒を出す。と、私は彼の異変に気づいた。

 腕にかすり傷がたくさんついている。そして先程から、お腹を(かば)っているように見えた。

 彼が立ち上がった瞬間、疑いが確信へと変わった。

「うっ」

彼は立ち上がるなり、小さく声を上げた。

「──怪我、してるだろ」

私は彼の核心をついた。

「え?なんで」

「隠してもバレバレ」

私が言うと、彼は自嘲(じちょう)気味に笑った。

「バレてたか」

 私は傷の程度も分からない。だが(かば)うほどの怪我なら、軽い傷ではないだろう。そんな傷で帰らせる訳にも行かない。どうしようかと考えた末、一つの考えが思い浮かんだ。

「とりあえず(うち)()な、ここの二階だから」

──仕方ない。

「え、いいのか?」

嬉しそうに言ったあと、また声を上げた。

「あっ痛っ」

馬鹿だろ、と思いながら千夜香さんに声をかける。

「すみません、すぐ戻りますんで」

「いいよーまだ誰もいないし」

どうも、と言ってから店を出た。


(のぼ)れねえ」

階段の前で、輝夜は立ち止まった。

「頑張れ」

その横を通り過ぎて私は(のぼ)る。

「お願い凛月、肩貸して」

振り向くと彼が手を合わせてお願いしてきた。

「──仕方ねーな」

そう言って渋々彼に肩を貸してやった。

隣で息を荒くしている彼。

「ううっ」

一段(のぼ)(たび)に彼が横で声を上げる。

顔が近いのが気恥ずかしくて、頬が熱くなるのを悟られないように私は彼に言う。

「わざとだろ」

「違ぇよ、本当に痛てーんだもん」

うるさいな、と思いつつ家の前に着いた。

がらっと扉を開けると、隣で彼が言う。

「おお、普通」

黙れや。

「悪いな、普通で」

彼を招き入れ(正確に言うと部屋にずかずか入り込まれ)畳の上に座らせた。

「見してみ」

輝夜は長着(ながぎ)をめくり、私に見せた。

 さらけ出した筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)のたくましい体に、血の(にじ)んだ包帯が巻かれている。

「うわ、なんでこんなことになった?」

尋ねると輝夜は曖昧に答える。

「まあ、いろいろあった」

私は手当をしながら考えた。

いろいろ?この傷なら誰かに()られたとしか思えない。


───「戦」。その一文字が私の頭に浮かぶのと、1か月前の記憶が重なるのは同時だった。確か、輝夜が来なくなる前の日、兄が戦があると言って会いに来た。そして輝夜は帰って来たらこの傷だ。あの戦に出ていたと考えてほぼ間違いない。では輝夜は、リベルタか王政の兵士?でも王政の兵士なら軍服を着ているだろうし、あんなに毎日酒を飲むことはできない。それならリベルタにいると考えた方が自然だ。もし彼が王政の人間なら、兄のことは隠さなければならない。でも聞かずにはいられなかった。私は思い切って尋ねた。

「──輝夜はリベルタで戦ってんの?」

私の問いに帰ってきたのは、意外な言葉だった。

「──お前は(かん)がいいんだな」

「え?」

「そうだよ」

そんなにあっさり認めていいのかと、少し驚く。

「認めるんだ?」

「別にお前は俺らの敵でも味方でもねーだろ、それでも一応正体は明かさなかったけど」

「まあ、たしかに」

──いや、と私は付け加えた。

「味方かな」

「え?」

「──私の兄ちゃんは、リベルタで戦ってるから」

「もしかして──凛久都?」

そう言って輝夜は私の顔を見た。

「え、知ってんの?」

「もちろん、あいつ幹部だし」

それを聞いて一つの疑問が浮かぶ。

「じゃあ、アンタは?」

「──ツクヨミって言えば分かるか?」

ん?

「───え?」

あの、ツクヨミ?

「リベルタ、の?」

「そう」

彼は私の反応を楽しんでいるようだった。

「本当に?」

「ああ、本当に」

私は少しの間黙り込んだ。

まさか目の前にいる輝夜が、あのツクヨミだったとは。

そして口を開いた。

「そうだったんだ」

輝夜は唖然(あぜん)としている私の言葉を聞いて、楽しそうに笑った。

「まさか凛月と凛久都が兄妹だったなんてなあ。苗字(みょうじ)聞いた時あれ、って思ったんだけどなー。たしかに顔似てるな。───勘が良いところも」

1人で楽しそうに笑う輝夜を横目に見て、私は言った。

「傷開くよ。手当してやったんだし、今日は帰りな」

私の言葉に彼は少し黙った。

どうしたのかと思い彼の方を見た時、彼が口を開いた。

「帰れねえ」

「帰れ」

即答した。

「俺が死んでもいいのか?」

その言葉に私はため息をついて、答えた。

「──分かったよ店閉じるまでな」

あーめんどくさい、と言いながら私は立ち上がった。

そして布団を敷いて、そこに寝るよう促す。

「起きるなよ」

「わかってるよ」

そして嬉しそうに布団に入り、欠伸(あくび)をした。

「行ってらっしゃい」

彼は布団の中から私にひらひら手を振った。

なんか腹立つ、と思いながら、私は店に戻った。


 「すいません、千夜香さん」

店に戻ると、客が数人いた。

「いいよー。彼、大丈夫?」

「はい、とりあえず手当して今は(うち)で寝かせてます」

「そっか、なら良かった」

千夜香さんは安堵(あんど)の笑みを(こぼ)した。

そして思いついたようににやりと笑う。

「──今日は泊めてあげたら?」

その言葉に私は吹き出した。

「と、泊めるとか──絶対しないですよ!」

動揺する私を見て彼女は面白そうに笑った。




長着(ながぎ)⋯⋯着物のこと。

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