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英雄は花と散る  作者: ゆり
第一章
2/4

一話 出逢い

 午前中、まだ人の少ない店内に一人の客が現れた。

「いらっしゃい」

 暖簾(のれん)をくぐったのは、私と同じくらいか少し歳上の背の高い男だった。黒髪から覗く美しい瞳に、透き通るような白肌。世に言う「男前」というやつだ。

 彼は奥の席に座った。

私は注文を取りにその客の元へ向かう。

「ご注文は?」

私が尋ねると、彼はにこやかに言った。

「酒が飲みたい」

朝から飲むのか、とそんなことを思いながら言われた通り酒を持ってきた。

「どうぞ」

酒を机に置くと、彼は微笑んで礼を言った。

厨房に戻ろうと踵を返した時、背中に声が掛かった。

「お前、名前は?」

突然のことに少々驚きながら、私は答える。

「神代です」

「下の名前は」

「──凛月です」

「そうか」

それだけ聞くと彼は酒を飲み始めた。

──なんだったんだ?

と、そんなことを心の中で呟きながら私は厨房へ戻った。

 厨房に戻ると、千夜香さんが声をかけてきた。

「彼、男前だね」

私は皿を洗いながら答える。

「ですね」

彼を見ながら、千夜香さんは言う。

「彼女とかいるのかなあ」

「さぁ。千夜香さんならいけると思いますよ、可愛いし」

 そう言って私は隣の千夜香さんを見た。彼女は町でも評判の美人で、彼女目当てで店に来る客も少なくない。

「そう?ありがとう。でも、私は恋人は作らないから」

そう言って彼女ははにかんだ。

「へえ、どうしてですか?」

「今はいいのよ、そーゆーのは」

彼女は穏やかに言った。

「へえ、そうなんですか」

モテる人もいろいろあるんだな、と思った。


 奥の席では彼が、どこか遠くを見ながら1人酒を飲んでいた。


 今日も慌ただしく1日は終わり、私は店の2階にある自分の部屋へと向かった。

布団に入り目を瞑った時、頭に浮かぶのは今日店にやってきた彼だった。


 翌朝、店の扉が開く。

「あ…昨日の」

思わず私は声をかけた。

「そ、昨日の。」

そう言って彼は微笑んだ。

それから昨日と同じように奥の席に座り、酒を頼んだ。

「また来たんだね」

厨房では千夜香さんが彼を見ていた。

「そうみたいですね」

私は酒をお盆に置きながら答えた。

 彼女を背に、私は厨房をあとにした。

奥の席へ足を運び、その机にコト、と酒を置いた。

「どうも」

そう言って(さかずき)を片手に座った彼は私を見上げた。

「よく冷えるな」

「ですね」

私はそう言うと(きびす)を返そうとした。

「凛月」

と、後ろから声が掛かる。

彼は私の名前を呼ぶと、手招きした。

「そこ、座って」

そう言って彼の前の席を指さした。

突然のことに少し驚いたが、店に彼以外客はいなかったし、店の準備も終わっていたので私は彼に付き合うことにした。

「あ、はい」

そして私は彼の前の椅子に腰掛けた。

「凛月ってー」

「はい?」

「恋人とかいんのか?」

「ここどっか違う場所と勘違いしてません?」

私はすかさず言った。

「いやぁ別に、勘違いとかしてねーよ」

彼はゆっくりとした口調で言った。

「酔ってますね」

「え、バレた?」

私が言うと彼は楽しそうに笑った。

「名前、なんて言うんですか」

私は華麗にスルーして話題を変える。

「あ、俺?かぐや」

「──かぐや?」

家具屋、神弥、かぐや…?

珍しい名前だ。

「輝く夜、で輝夜(かぐや)

──『輝く夜』。

綺麗だと、思った。

「綺麗ですね」

「え?」

気づけば口に出していた。

「名前」

「ああ、ありがとう」

彼はそう言って微笑んだ。

「あの奥にいる美人なお姉さんはなんて名前?」

 彼が指さしたのは厨房にいた千夜香さん。

少し間を開けて、それに気づいた彼女は顔を上げた。

「──私?」

「そ」

「私は、一ノ瀬(いちのせ) 千夜香」

「へえ、千夜香さん」

彼はまたもや満足そうに笑顔を浮かべた。

「美人だな」

「ふふ、褒め上手ね」

千夜香さんは顔色ひとつ変えず笑顔で言った。きっと、私よりもずっと男の人に慣れているんだろう。

「本当のことを言ったまでだよ」

 わたしは二人のやり取りを眺めていた。

二人とも大人で、生まれてから一度も恋愛に縁がなかった私とは程遠い。

 美人な千夜香さんと、容姿端麗な彼。お似合いだなぁ、とつくづく思う。

「あ、凛月」

と、そんなことを考えていると彼が私を呼んだ。

「はい?」

「俺の事、輝夜でいーから。あと敬語もいらねえ」

突然そう言われても、と思うが私は頷いた。

「あ、うん分かった」

「それじゃ俺忙しいから行くわ」

忙しそうには見えねーよ、と心の中で呟く。

彼が店の扉を開けると、店の中に外の冷気が流れ込んだ。

「ううっ、寒っ」

私は思わず声を上げる。

「寒いな」

輝夜も呟いた。

「じゃ、また来るわ」

そう言うと彼はひらひらと手を振り、店をあとにした。

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