おまんじゅう
「次長の……、ひっく、ハゲ頭がァァ!!」
深夜の街に響くのは酒におぼれた男の叫び。
彼の名前は田中 三郎。今年で34歳になる彼は、本日付けで会社をクビになっていた。
それなりの年月を同じ会社で過ごした彼だが、その仕事は雑の一言であった。それでいて、自分のミスを認めようともせず、何かあれば上司の指示が悪い、部下が言ったとおりに動かなかった、他人のせいにしてばかり。不景気な現在、そんな彼を雇い続けてあげるほどに会社に体力はなかったのだ。
だが、クビになったぐらいで彼の性格が変わるわけもなく、自分がクビになったのは会社に見る目がなかっただの、他の連中が自分に嫉妬して貶めようとしたのだだの、どこまでも自分勝手な男であった。
「後悔させてやる……、会社の連中も……、無能な上司も馬鹿な部下どもも……! 今まで誰のおかげで仕事が回ってたと思ってるんだ! 許さねえ、! ひっく、絶対、……後悔させてやる!」
人との付き合い方も仕事と同様な彼に、伴侶や親しい友人が居るわけもなく、結局彼に出来たのはクビになった恨みを肴に酒におぼれることだけだった。
「おまんじゅうは要りませんか」
「……あ?」
彼の耳に届いたのは、か細い年老いた女性の声。かなりの酒を飲んでいた彼には届くはずのないほど小さな声だったのだが、どうしてか頭の中にするりと入り込んだその声を無視することが出来なかった。
気付けば見知らぬ路地裏に入ってきてしまっていた彼が周囲を見渡せば、道の端に老婆が一人座っていた。あちこち継ぎ接ぎだらけのボロボロの布切れをローブのように被った老婆の前には小さな木の台があり、なるほど確かにそこには三つのおまんじゅうが乗せられていた。
「おまんじゅうは要りませんか」
「……はぁ? こんな、ひっく、怪しいもの要るわけねぇだろばぁか! 汚ねえババアだな」
「おまんじゅうは要りませんか」
「要らねえって言ってんだろ!」
「おまんじゅうは要りませんか」
「……てめぇ、馬鹿にして! ……待てよ」
同じセリフを言い続ける老婆に苛立ちを覚え、蹴り飛ばそうかと思ったその時に、二か月ほど前の元部下の言葉を思い出す。
『夜の街でおまんじゅうを配るお婆さんが居るらしいんすよ、いやいや、当然普通のおまんじゅうじゃないんですよ。なんでも、そのおまんじゅうには動物の身体の一部が書かれていてその動物が象徴する事を手に入れることが出来るらしいんですよ』
聞いた時は下らないと馬鹿にした彼の話であったが、話の内容と目の前の状況が似ていることに気が付いた。
相変わらず同じセリフを言い続けている老婆を無視して、台の上のおまんじゅうを確認してみれば確かに三つのおまんじゅうにはそれぞれ動物の文字が描かれていた。
『猫の手』
『兎の足』
『梟の首』
「おまんじゅうは要りませんか」
「……? なんだ……、あ、そうか」
おまんじゅうを見続けていた男がニヤリと笑う。
「分かったぞ! これは全部幸運を呼ぶ動物なんだ! 猫も、兎も、梟も全部幸運の象徴だからな! つまり、これを食えば運がよくなる、そうだろ!」
「おまんじゅうは要りませんか」
「ああ、もう、うっせえね! 分かったよ、もらうよ!」
彼から見て一番右側にあった『猫の手』と描かれたおまんじゅうを手に取り、口に放り込む。ひどい味がするのかと覚悟をしていたのだが、なんてことはない口の中に広がるのは何の変哲もないおまんじゅうの味。
「なんだ……、ただのまんじゅ、あれ? ババア、どこへ行った!?」
口の中のただのあんこの味に拍子抜けした彼であったが、今まで目の前に居た老婆が音もたてずに消えてしまっていることに気が付き狼狽する。
どれだけ周囲を見渡せど、老婆はどこにも居ない。それこそ手を伸ばせば届く距離に居たのだ、急いで居なくなったとして気付かないわけがない。
不気味さに酒の酔いが薄れ、今になって恐怖がこみあげてきた彼は、一目散に家へと逃げ帰り布団をかぶって寝てしまったのであった。
……。
…。
次の日、彼の人生は一変する。
なにをやっても幸運が続いたのだ。ぶらぶら散歩をした時に見つけた一発のパチンコ玉が大当たり、まとまった金を手に入れた彼は、趣味の競馬へと赴く。
そこでも勝ちに勝ちまくり、彼はあっという間に金持ちになってしまった。
「あっはっは! 最高だ! 最高だ、これが! これこそが俺の人生だ!」
戯れに買う株はどれもこれも株価が上昇する。宝くじを買えば高額賞金が必ず手に入る。働かずとも大金が転がってくる彼は当然、酒と女に溺れていくことになる。
おまんじゅうを食べて半年が経った頃には、彼は世界でも有数の金持ちへと変貌していた。当然、不審に思った幾人もの人間が彼を調査するのだが、どれだけ調べようとも彼が不正を行っているという証拠は見当たらず、あまつさえ、彼を調査する者の多くが不幸な死を遂げた。
毎日湯水の如く大金を使い、それ以上の金が幸運にも入り込む彼は幸せだったのだが、その幸せに二か月と経たずに飽きてしまっていた。
「くそ!!」
親の仇かと思えるほどに怒りで投げ捨てたのは一冊の本。そこには現代の資産家番付が記載されているのだが、それによると彼は世界で八番目の金持ちだった。
当然、仕事もせずに運だけでここまでの番付を手に入れていること自体が異常なのだが、そんなことは男にはどうでも良い。自分より上が七人も存在している。それが男を苛立たせていたのだ。
「どうしてだ! どうして俺の上に七人も居やがる! 俺より屑のくせに! 無能が俺よりも上に居るなんてありえない! くそっ! くそくそくそっ!!」
日に日に苛立ちが募る彼は、そのストレスを周囲への暴力で発散していく。被害者の中には警察に逃げ込む者も居るのだが、なぜか幸運にも証拠が見つからず彼は捕まることがない。
「……そうだ、あのまんじゅうだ! あのまんじゅうがあれば俺は幸運になれる! 屑共を引き下ろせる!!」
まだ二つおまんじゅうが残っていたことを思い出した彼は、その日から毎晩深夜の街を老婆を探して駆けずり回る。
だが、どれだけ探そうとも老婆は見つからず、ようやく彼が老婆を見つけたのは探し始めてから一か月後のことであった。
「見つけ、はァ! た! くそ! 今までどこに居やがったババア!!」
「おまんじゅうは要りませんか」
少しでも走れば汗だくになってしまうほどに醜く太った彼は、ようやく見つけた老婆に怒鳴りつけるのだが、そんなことは気にも留めずやはり老婆は同じ言葉を繰り返す。
「よこせ!」
真ん中のおまんじゅう。
『兎の足』と書かれたそれをむんずと掴んだ彼は、金歯だらけになった口内へ勢いよく放り込む。
「もう一つも、あれ!? どこだ! どこへ行った! 出てこいババア!!」
前回同様に、老婆の姿が見当たらない。
悔しさを紛らわすように壁に蹴りを入れては、太った身体ではバランスが取れずに転んでしまう。それもまた彼の苛立ちを増幅させていくのだが、とりあえず二つ目を食べたという事実でなんとか気を紛らわした彼は家へと帰っていった。
そして、次の日。再び彼の人生は一変する。
彼のもとには今まで以上の金が転がり込んできたのだ。たまたま買った土地から温泉や石油が湧き出るなんて日常茶飯事で、カジノへ行けば負けなしで歴史ある有名なカジノがいくつか彼のせいで破産へと追い込まれていく。
多くの人間の恨みを買うことになり、暗殺者も送り込まれるが幸運な彼は怪我一つ負うことはない。むしろ、暗殺を依頼した人間が次々と死んでいく。
裏の世界にも手を伸ばした彼は、表舞台では行うことが出来ないショーを楽しみ、その残虐性を楽しんだ。
彼は幸せだった。
だが。
「くそ!!」
彼が資産家番付で一位をになることはない。
入ってくる金が膨大なれど、使う金も膨大なのだ。少しでも節制を覚えれば良いだけの話なのだが、醜い豚となった彼の頭にそんな言葉は存在しない。
「まんじゅうだ……! 最後のまんじゅうが必要だ……!!」
そして、彼は再びおまんじゅうを求めて夜を徘徊することになる。
もはや走ることもままならない彼の身体で探すことは困難で、ようやく老婆を見つけたのは半年の時が経ったあとであった。
「おまんじゅうは要りませんか」
「よこせェ!!」
怒りのままに老婆をタイヤのような醜い足で蹴り飛ばした彼は、『梟の首』と書かれた最後のおまんじゅうへと手を伸ばす。
もはやどこまでが指でどこからが手のひらかも分からないほどに肉のついた手でおまんじゅうを掴み、手ごと食べるのではないかと思うほどの勢いで口へと放り込む。
「やった……! やった、やったぞ! これで俺は一位だ! これでもう俺を馬鹿にする奴はどこにも居ない! ざまあみろぉぉお!!」
次の日。
小さな公園で一人の男の首が発見された。
警察は威信をかけて調査にあたるも、犯人は見つからず事件は迷宮入りとなる。
公園で発見された首は、木の台の上に乗せられており、過去実際に日本で行われていた刑罰であるさらし首のようであったという。
「おまんじゅうは要りませんか」




