番外・元公爵令嬢の追憶8
エレナが学院に入ってから順調で気分が良かった。
エレナは王子だけでなく王子の学友――確か宰相の息子や騎士団長の息子とも懇意にしているようだ。
たまに廊下で会うと睨みつけてくる。騎士団長の息子に至っては「お前の思い通りにさせない」とか「今に見ていろ」だの言ってくる。
しかしそんな愉快な気分も続かなかった。
いっこうに婚約破棄がなされないのだ。
卒業も近づいてきている。あまり猶予はない。
これは一度エレナと話し合った方がいいかもしれない。
「お姉様」
「エレナ」
林で待ち合わせ本題に入る。
「いっこうに婚約破棄がなされないようだけど、王子の様子はどうなっているの?」
「それが…国王と王妃が渋っているようなのです。『姉妹喧嘩だから大したことはない』と…」
エレナが俯いて言う。予想外の事態で落ちこんでいるようだ。
「困ったわね…」
このまま卒業してしまうと私が婚約者のまま結婚する事になる。今更王子が私の言う事に耳を貸すとは思えない、かと言って今エレナが言っても動くのは王子個人だけで騎士団はまず動かない。いかにエレナが王子の想い人とはいえ何の権限も肩書きもないのだ。
「やり方を変えてみようかしら…」
ふと呟いてみた。エレナが顔を上げる
大した事が無いと思われているのなら、大した事をしてみればあるいは…
泥水や制服を破くだけじゃなく、人前でぶつとか足をかけて転ばせるとか…
そう考えてるとエレナがこちらをじっと見ていた。
王子を譲ってくれと言った時と同じ思い詰めた目だった。
嫌な予感がした。
「お姉様。私を階段から突き落として下さい」
やっぱり。
思わず額に手を当ててしばし上を見る。
上ばかり見ても何も解決しないので顔を戻す。
「落ち着きなさい。そんな事をして万が一死んだりしたらどうするの?」
「他に方法が無いし危険は覚悟の上です。そもそも死ぬとは限りません。頭とお腹を庇えばよほど運が悪くない限り大丈夫でしょう」
「それでも保証はないでしょう?仮に死ななかったとしても大怪我でもしたらどうするの?」
「それでもいいです。婚約者になれるなら―――あの男に復讐できるなら」
「……駄目よ。冷静になりなさい」
私は罪を暴きたいのであって犠牲を増やしたい訳じゃない。
「だったらいいです。自分でやります」
そう言って立ち去ろうとするのを慌てて止める。
「待ちなさい!何をする気!?」
「自分で飛び降ります。自作ではちょっと無理がありますが、悲鳴を上げれば何とか偽装できるでしょう」
そのまま立ち去ろうとする。
駄目だ。この異母妹はやるといったら本気でやる。それも階段の1番上とか2階の窓から飛び降りるとかやりかねない。まだ私がやったほうがマシだ。
「…分かったわ。私がやるわ。その代わり階段の真ん中辺りからよ」
「……分かりました」
そう言ってこちらを向くが不満そうな顔だ。やはり1番上から飛び降りる気だったのだろう
その後具体的な日時と場所を打ち合わせた。
決行の日が来た。
場所は人通りの多い廊下に面した階段だ。
念のため窓も開けておいた。万が一目撃されなくても声で証言されるように。
偶然だが人気はなかった。好都合だ。
私達2人の事は有名だから誰かいたら事を起こす前に邪魔をされるだろう。
「それじゃあ…行くわよ」
「はい」
「きゃああああああああ!お姉様何をするの!?」
「うるさい!薄汚い愛人の子なんて死んでしまえ!!」
そう言って突き飛ばす。
あの子が転がり落ちていった。
ようやく終わりが見えてきた…