因果
夕暮れ、通学路。
いつものように、みんなと少し離れて歩くレン。後ろから足音が聞こえてくる。遅れてきた前方のグループの一部が、「待ってよー」と声を荒らげながら走ってきた。
レンの横を通り抜けていくと同時に、レンの肩を強く押した。
「あ、ごめんねえレンくん〜」
よろけるレンにクラスメイトはいつものようにギャハハと馬鹿にして笑った。
大丈夫、怖くない。
そう念じながらふーっと息を吐き出して、いわれた通りの言葉を吐き出す。
「あのさ。」
予想を遥かに超える声量で声をだす。
前方にいたグループも、肩を押したグループも、どちらも振り返る。
夕日に照らされて、レンは無表情をガラリと替えた。
「もうお前らの言いなりになんかならないから。」
声を荒らげた頃にはもう、主格の首根っこを掴んでいた。超能力を使った動かぬ馬鹿力に
思わず唾を飲み込むいじめの主格たち。そのまま腕を引いて手を離す。突き飛ばされた主格を周りが慌てて起こした。みていたユウリ、ワカナやほかのクラスメイトも、冷や汗をかきはじめる。
「オレにつけた傷跡全部治せよ……!」
恐ろしいほどの低いトーンで、叫んで、
それだけいってレンは唖然とするクラスメイトを放って、その場をあとにした。
「レンくん!」
大役を終えたレンを見つけたメグは、声をかけた。
「ああ……。」
レンはメグの声をきき、振り向く。
レンの顔を見て安堵する。
主格達も、レンの姿をみて呆気に取られていた、これなら、悪戯や理不尽を受ける回数も少なくなるだろう。
よかった、と一息つくと、次の"原稿"を渡す。
「……、はい。」
「…………え?」
渡された原稿を見るや否や、レンは首を振ってメグに返した。
「大丈夫。これは原稿みなくてもいける。自分で話せる。」
「ほんと……?」
「…まあ、シビアな話だけどさ、だからこそ、頼りたくないなって。オレの思いとか、赤裸々のほうがリアルみ増すでしょ、」
ふふと笑みを浮かべ、行ってくるよと手を振った。
「行ってらっしゃい…。」
その後ろ姿をメグは見守った。
本人が言うんだから、とレンに託して。
「レン……!」
そのあと、レンをつけてユウリが声をかけた。
「レン、その、悪かったよ、俺もそんなつもりなかったんだけどつい言いすぎた。」
ユウリの方をじっとみつめたまま、レンは黙りふける。すぐに言いたい気持ちも、でも言葉がでない矛盾も、全部胸の奥にしまって。
「きっと、すごい怒ってると思う。俺ら、友達だったのに、レンの気持ち、考えてあげられなくてごめんね、」
そっとレンの体に触れると、レンは触れられた衝撃で牙を向けた。腕で乱暴にユウリの手を解くとユウリは驚いた表情を見せる。
「汚ねえんじゃねえの。」
「ちが……ちがう、」
「呪いうつるんじゃねえのかよ。」
「そ、それは、勢いに任せていったんだ、ほら、あいつら怖いから、、その、俺ら昔仲良かったじゃん、レンなら、許してくれるかなってそれだけの」
「勝手なことほざいてんじゃねえぞ。どれだけやな思いしたかわかってんのかよ、仲良しだったことを口実にすんじゃねえ。」
言葉を遮ってレンが怒鳴った。
温厚で自分と喧嘩なんてしたこともなかったレンが大きな声をあげるたび、震えるユウリ。すっかり縮こまってしまったところにレンは近寄って目線を合わせる。
「あのさ、そういうのずるいっていうんだよ、結局ユウリは強いやつにしかついてかないじゃん、オレが声上げないから、乱暴しないの知ってて漬け込んでいじめて、で声あげたらこれ。怖いのはユウリ。」
「…ごめん、なさい。」
「そんな奴にだれもついていきたいって思わない、オレは元に戻りたいとも思わない。自業自得だろ、どんまい。」
「ま、まってレン、」
「やだ。いまさら和解する気微塵もないから。じゃあね。」
「……。」
期待をもって接したユウリを簡単に振り切るレンの顔に迷いのまの字もなかった。レンなら言ったらうなづいてくれる、レンなら大丈夫。そんな気の緩みが思わぬ事態を招く。
完結させることが、ハッピーエンドになることが幸せではない。全てではない。
仲良くなるのが最善だが、それを選べば自分はかわれない。言葉に押されて頷くのは優しさじゃない。
「あ、そうそう。」
言い残しを思い出しもう一度ユウリのことを振り返ったレン。
「変わらせてくれてありがとうね、犠牲はでかいけどお礼だけいっとく。」
昔の頃と同じレンの笑顔、ここ2年ほど見せなかっただけにひどく儚く、懐かしく、そして悔しい思い。取り戻せない時間と関係に絶望して、ユウリはやるせない思いでいっぱいだった。
「そっか、じゃあ、仲直りはしなかったんだね、」
「そう、以前のように絡まれてもこっちが困る。こっち側が相手に合わせなきゃいけないのはめんどい。」
「はは、、さっぱりしてるのレンくんらしいね。」
つられてメグが笑うとへへっとレンも笑った。
「ああ、そうだ、レンでいいよ、呼びにくいでしょ。」
「じゃあレンって呼ぶね、わたしのこともメグでいいよ。友達だもんね、」
ここまでいってふと思い出す。レンとは「手を組んだ」だけで「友達」にはなっていない。言ってしまった、そんな顔をしているとレンが引っかかった、と笑った。
「本当抜けてるよね、いいよ、友達って響き好きじゃないけど。助かったから、ありがと。」
「な、なに!わざとひっかけたの!?もーーレンったら〜〜!!」
軽くあしらって、いたずらっぽく笑うレンは、出会った当初の面影からはかけ離れていた。きっとこれが本性なのだろう。だしたくてもだせなかった彼自身だ。休みの日に遊ぶ約束をして、二人とも帰路についた。
メグの助けもあり、無事に一波超えたレンは
次の日、いつものように登校して、教室の扉をあけた。
ざわつきが一瞬静かになるが、レンは知らんぷりで一番後ろの席に座った。昨日の様子をみた主犯たちは、なにも言わず、目を逸らして話を続ける。なにもされなかった、と満足するレンに、声が掛かる。
「レンくん。」
酷く懐かしい声に、レンはふと後ろを振り返った。
だが、後ろには誰もおらずただ教室の見慣れた景色が広がるだけだ。
ああまたか、と前を向く。頭が痛い。ランドセルから真新しい教科書とノートを取り出して、授業の準備をした。チャイムが鳴って先生が入ってくる。空は青く晴れ渡り、雲はひとつもなかった。
be continued.