初めまして!ですわ
またしばらく馬車に揺られながら、アクアのいる城へ向かった。
窓を覗くと、どうやら城内には入ったらしく、噴水や芝生などが見えていた。
「き、緊張しますわ・・・」
「大丈夫ですよ。逆に、僕の方が怖いです」
確かに、令嬢である私は例え失敗などしても即死刑!みたいな事にはならないと思うけど、ラムはある商家の三男。
下手したら不敬罪だとか言われる可能性もあるのだ。
そんなラムを守れるのは、私だけよ!なんか、まるで私がラムの騎士になってるみたいね。
「大丈夫よ、私が守るから」
「・・・えぇ有難うございますお嬢様」
「あー!信じてないわね?」
「そんな事ありませんよ。お嬢様、ついたみたいですよ」
馬車がとまり、ドアが開いた。
ラムの続いて降り、目の前を見ると白銀色の髪の毛を持った美少年と、同じく白銀色の髪の毛をツインテールにした少年より少し年上の美少女が出迎えてくれた。
こ、これが可愛いの暴力というのね?!恐らく目の前にいる少年は・・・。
「リキュア国へようこそいらっしゃいました。シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ様。私、アクアの姉であるルージュ・サリア・マリンですわ」
「お初にお目にかかりますルージュ様。この度の急な訪問を受け入れてくださり、誠に有難うございます」
最初に挨拶してきたこの美少女・・まさかアクアのお姉様!どうりで顔立ちや髪色がそっくりだと思ったわ。
でも、小説にこの人は出て来ただろうか。ルージュ・サリア・マリンなんて小説内では一度たりとも出てくる事はなかったはず・・・。
淑女の礼を取りながら、ルージュ様の顔を伺ったが顔はピクリとも動いていない。逆に嫌悪すらも向けられているような気がする。
何故か敵対心を持たれているのだろうか。
「さぁお母様が王の間でお待ちですわ」
「はい。女王陛下にお目に掛かれるなんて、光栄の極みですわ」
「・・御口がお上手なのね」
「そ、そうでしょうか・・・?」
そういうとルージュ様はキッと目を吊り上げながら、私を見てきた。
私何か気に入らない事したの?!なんで来て早々アクア様のお姉様から、こうも睨まれないといけないの?!アクアは他人事だと思って、知らんぷりをしているし・・・。
頭に疑問しか浮かばないが、何時までも玄関前で立ち止まっているわけにも行かず、ましてやラムに助けを求めるわけにもいかなかった私は、気まずい無言の廊下を進んだ。
しばらく歩いていると、大きなステンドガラスで出来たドアが目の前に広がった。
前世では婚約者のお母様とは一度しかあった事が無い。今思えば、嫌われていたのかもしれない。
若しかすれば、再び嫌われてしまうかもしれない。
いや既に私はアクアのお姉様であるルージュ様に嫌われてしまっている身。
なんで初対面で嫌われるのかしら・・・あとでラムに聞いてみるか。
ルージュ様の手によって、扉は開けられ私は息を吸い込んだ。ラムはこの場には入れない。
ラムの方を見れば、『大丈夫』と言いたげな表情で頷いてくれた。
私も小さく頷き、ルージュ様とアクアの後に続いて王の間に入った。奥を見れば玉座に座った妖美で綺麗な女性が座っていた。
「お母様、ラピスラズリ家のご令嬢シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ様をご案内しました」
「長旅ご苦労様でしたラピスラズリ嬢。私が、この国の女王マレ。ルージュとアクアの母です」
マレと名乗った女性は、ルージュ様やアクアとよく似た髪色をしており、人魚のようなドレスがよく似合っていた。
「お目に掛かれて光栄です女王陛下。ご活躍は我が国にまで届いております」
「ふふっ・・・さすがラピスラズリ家のご令嬢。褒めても何も出ませんよ?」
「いえ、褒めて等おりません。私は真実を申しているまでです」
「あらあら随分としっかりとした御嬢さんね。アクアの妻に相応しいわ」
どんな気の強い方だと気を張っていたが、初対面で人を嫌うような人ではないようだ。
女王陛下に相応しいと褒められ少しホッとした。
そしてチラリとアクアの方を盗み見るとアクアの目線は、女王陛下でも私でも、ルージュ様でもない方向へ向いていた。
足元をジッと見て、何も悟られまいと何かを隠しているようで表情は此方からでは見えなかった。
「ルージュ、貴方は下がりなさい」
「?!何故です・・・」
「アクアとラピスラズリ嬢とお話ししたい事があるのよ。貴方は関係ないわ」
「では、居ても宜しいのでは?それとも、私がいると何か不味い事でも・・・?」
アクアの方を盗み見ていれば、ルージュ様と女王陛下で何処かピリピリとした雰囲気が漂っていた。
思わずルージュ様の顔を見れば、ルージュ様の顔は何処か焦りと苛立ちが籠った表情をしていた。
如何してそこまでして此処に居たがるのか、私にはさっぱりと分からなかった。
はぁ・・ルージュ様が小説に登場していれば多少はルージュ様の事は分かっただろうが、残念ながらあの小説にルージュという人物は出ずに完結してしまった。
つまり、私が知っている『リリーと魔法の王子様』の中では完全なら異質なのだ。
考えている事も、設定すらも分からない登場人物。
もしかしたら少しだけでもルージュのいう人物は出てきたのだろうか
前世では、2年近く地下で幽閉されていたから、記憶が薄れている部分もあるのだろうか。
「・・・ルージュ、貴方はこれから家庭教師と勉学でしょう?さぁお行きなさい」
「ッ・・・分かりました・・失礼します」
ルージュ様はチラリとも此方を見ずにドレスの裾を持ち上げながら一礼すると、王の間から出て行ってしまった。その表情は悔しさに歪んでいた。
女王陛下は重い溜息を付きながら、玉座の背凭れに少しだけ寄りかかってしまった。
「大丈夫ですか、女王陛下」
「平気です。御免なさいね、お恥ずかしい所もお見せしました」
「いえ!女王陛下が謝られる事など、何一つもございません!」
「・・・ちょっとルージュは警戒心が強い子なのです。嫌わないでいてくれますか?」
「勿論です!私は、ルージュ様とも仲良くします」
「そう言って貰えて嬉しいです・・・さぁ中庭へ参りましょう。アクア行きますよ」
「・・はい、母上」
アクアが喋った!
今まで一言とも喋らなかったアクアが・・アクアが喋った!!
しかしそんな事を言えば、失礼にあたる。
アクアが喋った事に歓喜しながらも、私は女王陛下に連れられ中庭へ目指した。
女王陛下に連れられてきたのは、ピンクや白、黄色などの花が咲き乱れる花園だった。
私の住んでいる屋敷にはない品種で、思わず目を奪われてしまいながら、席へ案内された。その間アクアはまったく持って目も合わせてもくれず、只々黙って私の横を付いて来た。
「うん、良い天気ねぇ・・・」
「はい。とても綺麗な花ですね」
「あれはハイビスカスというのよ。初めて見る?」
「はい、私の屋敷では見ない品種です」
椅子に座った女王陛下に続くように、私は席に着いた。アクアは相変わらず黙ったまま下を向いていた。
女王陛下に言われたハイビスカスという花は、私の屋敷の花園にはない。
にこやかに微笑んだ女王陛下は、私の目を見ながら言葉を繋いだ。
「綺麗でしょう?赤のハイビスカスは『常に新しい美』白のハイビスカスは『艶美』という言葉を持つそうよ」
「覚えていらっしゃるんですか?女王陛下は博識でもあられるんですね」
「ふふっ夫の受け売りよ。もう死んでしまったけれど・・・」
「あ、すみません・・・失礼な事を」
「良いのよ気にしないで。夫は名誉ある死を告げた、立派な王だったの。死んだ事を悲しむより、生きていた事を誇りにする方があの人は喜ぶわ」
女王陛下はそれだけ言うと、メイドに淹れられた紅茶を一口飲んだ。
そうか、マレ様が女王になる前は確かマレ様の婿としてやってきた人が国王をしていたらしい。
しかし炎の王子アレクサンダーの住むフレアランス王国との争いで、戦死してしまったという。
国王がいなくなった国は、幼いアクアが王位を継ぐと思われたが、国王は遺書に自分の王位はマレ様に継承させる、そう残していたらしい。
マレ様はそれを受け、アクアが成長するまで王位を引き継ぐ事となった。
そしてこの大陸初の女王が誕生したと言う。
前世の世界では既に女王はいた。
確かに男性よりかは王位継承権はないに等しいが、男性が病弱だったとか恐ろしく政治に向かなかったりした場合は、聡明な女性が王位を継承する事は稀にあった。
なんて昔の事を思い出しながら私は、出された紅茶の味を味わっていた。
あ、美味しい。
「アクア。貴方何時まで黙っているつもりなの?」
紅茶を味を味わっている時、女王陛下の強い口調が私の耳にも届き自分の事ではないのに、背筋が伸びてしまった。
私でも伸びてしまったのだ、言われた張本人であるアクアは大きく肩を震わせた。
「・・・・」
「貴方が喋る事が苦手なのは分かってる。けど、相手は貴方の未来の婚約者よ?いくらラピスラズリ嬢がお優しくても何時までも黙っているのは失礼だとは思わないの?」
「じょ、女王陛下!私は平気です。初対面ですし、アクア様もきっと緊張なさって」
「ッッ」
「あっお待ちなさい!アクア!」
行き成り始まってしまった女王陛下の怒りを鎮める為、私は思わず声を出してしまった。
しかし、アクアは唇を噛み締めたまま弾かれるように立ち上がり花園を出ていってしまった。
女王陛下は声を上げ、思わず立ち上がりアクアの名を呼んだが、呆れたように肩を落とすと椅子に座り直した。
「ごめんなさいね。声を荒げて・・・こんなつもりではなかったのだけど」
「いえ・・しかしアクア様大丈夫でしょうか・・・」
「あの子いつもそうなのよ。自分の言いたいことを言わず、ただルージュの後ろをついて回るだけ。あの子を次期国王にするため心を鬼にして厳しくしてきたつもりなのに・・・」
「・・・私、アクア様の所へ行ってきます!」
「そんな事しなくても良いのよ?」
「いえ・・・すみません女王陛下!失礼します」
私は何故かいても経ってもいられず、失礼な事は分かっていた。
けど、今の彼を放っておくのは如何しての出来なかった。
お叱りを受けるだろう。
もしかしたら王の前で失礼な事をしたから、何かしらの罰があるかもしれない。
それでも、アクアと話してみたかった。
そんな思いを胸に抱き、私はアクアが走って行った方向へ足を進めた。