初めての海!ですわ
その後正式にロジャード・・・いえ、兄さんはラピスラズリ家の息子となった。
寂しくないのかと聞けば、兄さんはただ笑って離れていても、父さんや兄さんは家族だと笑って言った。
何より、私達の事も大切な家族だと思ってくれたらしく、私の頭を乱暴に撫でた。
こんな風に頭を撫でられたら、髪型がめちゃくちゃになってしまう・・・けど、不思議と嫌な気分じゃなかった。
そして今日。私は馬車に揺られながら、ある国を目指していた。
「はぁぁぁ・・・」
「如何しました?シフォン様。もしかしてお体の調子が」
「いえ、大丈夫よラム。心配しないで・・・ただ、ちょっと今から行く所が不安で」
「確かに。今日は、婚約者であるアクア・ガブリエル・マリン様のいる国へ参りますものね。緊張は分かります」
ラムは、何時もの笑みは苦笑に変えると私の言葉に肯定してくれた。
そう今回は、婚約者である水の王子、アクア様の元へ初めて顔合わせなのだ。ラムは、今回護衛としてついて来てくれている。
兄さんは勉強、ランファは掃除などがある為に今日は来ていない。その為近衛騎士であるラムが護衛としてやってきてくれた。
ラムの存在は心強いが、胃はキリキリと痛むばかりだ。
つい昨晩、兄さんの歓迎会を開いていた時、父様から『明日婚約者の、アクア王子の所へ挨拶に行ってきなさい。賢いお前の事だから大丈夫だと思うけど、失礼のないようにね』とウインク付きで言われたのだ。
あまりの急な事に私は、静かにパニックを起こすと一睡も出来ないまま朝を迎えてしまったのだ。
ランファが用意してくれた洋服に身を包みながら、屋敷を出て馬車で揺られる事早1時間を過ぎようとしているが、まだまだアクア王子のいる国には程遠いかった。
度々休憩を挟んでくれていた為、まだ疲れてはいないが、此処まで遠いとは思っても見なかった。
寝不足・緊張・長時間同じ態勢。
これだけ揃えば精神年齢は20歳の私でも、肉体は8歳のままである私には難題すぎるのだ。
きっとアクア王子のいる国へ到着した時には私はもう、ヘトヘトになっている事だろう。
「シフォン様、少し横になられますか?お顔が少々お疲れの様ですし、まだまだ時間はありますので」
「けど・・・」
「大丈夫ですよシフォン様。シフォン様の事は、必ずお守りしますので」
糸目の瞳を綻ばせながら微笑むラムを見ていると、急に疲れがやってきた。
だんだん瞼が重くなっていくのを感じながら、私は一つ小さく欠伸を漏らしてしまった。
「そうね・・・少し休むわ」
「そうしてください。シフォン様はお体が小さいので、座席がベッドのようですね」
「本当ね。ラムでもスペースが余るんだもの。体を折り曲げれば、余裕ね」
ラムとそんなくだらない事を言い合いながら、ラムは用意周到に、枕と小さなブランケットを取り出した。
一体何処に仕舞っていたと言うのだろうか。
手際よく準備してくれたラムに、一言お礼を言って私は横になる事にした。
馬の走る音を聞きながらガタガタと、小さく揺れる振動も私にとって一つ一つが子守歌のようだった。
ウトウトとしばらくしていると、ラムはニコッと微笑んでくれた。
ラムの笑顔はまるでセラピーのようで、何処か落ち着いてよく眠れそうな気がした。
「お休みなさいませ。シフォン様」
「おやすみ・・・ラム」
眠気で上手く回らない舌を必死に動かして、眠りの挨拶をすると私は瞼を閉じた。
閉じた後も、私にはしばらく意識があったが何時の間にか深い深い眠りに入ってしまっていた。
「シフォン様、御目覚め下さい。リキュア国に入りましたよ」
「うぅ・・ん・・・」
「顔色が大分よくなられましたね。今は休憩ですので、外に出て見ますか?」
「えぇ・・そうするわ」
ラムに起こされ、私は目を覚ました。余程深く眠っていたのか、私は夢も見なかった。
ブランケットを畳み、寝やすくするために解いていた髪の毛を再び纏める為、私はポケットにしまっていた黒いリボンを取り出し、一つに纏めた。
脱いでいたブーツも履き、ラムがまず外に出て私を支えるようにしながら馬車から降ろしてくれた。
眩しい太陽の光に、少し目が眩みながらも目元を擦り目を慣らしてみた。
何度が瞬きをして外を見れば、広がるのは日の光りを浴びキラキラと反射する青く澄んだ美しい海!
「きれい・・・!すごいわラム!これが、海なのね!」
「シフォンお嬢様は、海が初めてで?」
「えぇ!私は、外に出るより家で本を読んでる方が好きだったから、小説の中でしか海はしらないの。こんなにもきれいだったなんて・・・私は今まで勿体ない事をしてきたわ!」
「お嬢様はまだ8歳なのですから、これからどんどん珍しい発見をしていきますよ」
ラムはニコニコと笑いながら、伝えてきた。
私は海を見るのが初めてだった。
前世は、内陸の土地に生まれた為、海を見る為には馬車を1日程馬車に揺られなければならなかった。
私は前世、一度も海を見る事なく病死してしまった。
そして生まれ変わったシフォンも、海を見たことなかった。まぁ元々海という物に興味もなかった。
だから見たいとも思わなかったけど、海という物がここまで素晴らしい物だったとは!
私は今までどれだけ勿体ない事をしてきてしまったのだろう。
キラキラと日の光りを浴びて輝く、見渡す限り一面の青!
鼻を擽る潮風。そして一定のテンポで聞こえる波の音・・・。
リキュア国の人々は何時もこのような音を聞いて過ごしているなんて!
アクア王子との婚約・・・もしかしてそんなにも悪くないような気がした。
けど、ほんの数時間で海が見れるなんて・・・前世じゃ絶対考えつかなかった事だ。
それに、アクア王子と婚約したとしても若しかしたら、アクア王子はリリーの事を好きになるかもしれない。
本当に好きな人が出来れば、アクア王子はきっと私の事を邪魔に思うだろう。
だから、本当に好きにならない様にしなければ。
邪魔になった時、すぐ『はい、分かりました』といい引き下がれる強い女にならなければ。
「・・・本当に、いいところね」
「そうですね。ランファさんの故郷は、この海を越えた先だそうです。3日ほど船にずっと揺られるらしいですよ」
「ふね・・・?」
「お嬢様は、船を見たことないのですか?」
「え、えぇ・・何しろ海も初めてだから・・けど聞いた事はあるわ。海を渡るための乗り物でしょう?挿絵で見たことあるけれど、実物は見たことないわ」
「でしたら、きっと大きな船を見れる事でしょう。此処は大陸1の観光国家。多くの大陸から旅行にいらっしゃる方もいます。港に行けば、大岩のような船が見れるでしょうね」
「大岩?!そんな大きな船があるの?」
「はい。昼食を取ったら、港に寄ってくれるよう頼んでみますね」
「楽しみだわ!」
その後ランファが持たせてくれたサンドイッチを、昼食として食べていると、その間にラムは馬使いの方に頼みに行ってくれたらしく、快く受け入れてくれたらしい。
何でも今日は、お祭りがあるらしく『りょこうせん』?という物が港に留まるらしい。
それもリキュア国の名物らしく、ぜひ見て行って欲しいとの事だった。
大岩のような大きな船を見る為に、私達の馬車は再び動き出した。
すっかり目が冴えた私は、窓のカーテンを開けて、エメラルドブルーの海を興味深く観察していた。
しばらく進んでいると、森に入り森を抜けると白い壁が目立つ街へ出た。
白と青を使った清潔に溢れる街並みも、活気の溢れる市場。
その一つ一つが新鮮で、まるで御伽話の中に迷い込んだような気分になった。
いや、この『リリーと魔法の王子様』という世界に迷い込んだ時点で、この世界は私から見れば十分御伽話の世界だ。
トクンットクンッと私の小さな心臓は、さっきの海の様に期待に波打っていた。
そしてしばらくすると、馬車は止まった。
「どうやら、到着したようですね」
「あぁ待ち遠しいわ!早く行きましょうラム!」
「お待ちくださいお嬢様。日差しが強いので、帽子を」
ラムは再び何処から出したの?と聞きたい場所から白い帽子を取り出してくれた。
馬車の扉を開け、先に降りたラムの手を借りて私は帽子の鍔を押さえながら、外へ出た。
すると私は船を見る前に、一つ気になった物が目に入り、私は地面を見つめた。
「ラム見て。地面が白いわ」
「これは、リキュア国で取れる珊瑚で作ったアスファルトでしょう。リキュア国で取れる珊瑚は、名産品で装飾品にも使われているそうですよ」
「へぇ・・あぁそうだ!船は?船はどこ?!」
「ふふっそれはもうお嬢様の、真上にありますよ」
「真上?」
ラムにそう言われ、私は恐る恐る首を上にあげ真上を見つめた。
するとそこには、太陽を遮り影を作った原因の大岩・・いやそれ以上の大きさのある船が私を見下ろしていた・・・。
「なんて大きいの・・・ラピスラズリ家の屋敷より大きいわ!」
「この一隻だけで約200人の人を運ぶことが出来るそうですよ」
「200人!!凄い、凄いわ!ラム、もっと近くで見たいわ!行きましょう!」
「お嬢様!そんなに急がれなくても、船は逃げませんよー!」
ラムの手をグイグイと引っ張り、私は船の全体が見たくて横へ走った。
広々とした広間に出ると、再び振り返った。其処には大きく、そして横長の船が留まっていた!
潮風で帽子が飛んでしまわない様に、鍔をしっかりと掴みながら圧巻という一言に尽きる船を私は見上げた。この世の中に、こんな大きな物があるなんて!
私が着ていた青と白のワンピースは、潮風に煽られるように揺れる。
あまりの大きさに私は、声も出なかった。
「すごい、すごいわ・・・これを作った人は、本当に偉大ね!」
「実際にこの巨大船を造り上げた、チャールズ・ドライ・フォースは最も偉大な国民としてこれ以上ない名誉を受け取ったそうですよ」
「それはそうよね!なんたって、こんなにも大きな船を作ろうと考え、そして実際に作って見せたんだもの!」
「本当に・・・お嬢様、申し訳ないのですがそろそろお時間です」
「え?!もう?まだ来たばかりじゃない」
「実は、結構ギリギリでして・・王子をお待たせするわけにも・・・」
「そ、それもそうね・・・あーもっとしっかりと見たいわ」
名残惜しかったけど、私はラムに手を引かれながら巨大船の元を離れた。




