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認めたくない感情!ですわ

「・・・にいひゃん、はなひて」

「俺が怒ってる理由がわかるか?可愛いシフォン」

「ひゃい。わかってまひゅ」


あの後、化粧師にしっかりと化粧をして貰った私は、ロジャードと共に夜会に参加するため宮殿へ向かっていた。

ロジャードも夜会用の紺色の生地に、金糸で刺繍がされたコートを見に纏い、髪型も右側の髪の毛を掻き上げて、端正な顔立ちがいつもよりもしっかりと見えている。


未だ婚約者の影もなく、有力貴族であるラピスラズリ家の跡取り、そして何より一国の王子達に匹敵する美貌を持つロジャードには、多くの縁談話が舞い込んでくるがロジャードはその縁談話全てを跳ね除けているらしい。


しかし、そんな御令嬢から虎視眈々と狙われている美男子ロジャードは、その端正な顔立ちを沼になんの未練もなく捨てたかのように不機嫌さを隠す事なく露わにしていた。


「俺の可愛いシフォン。頼むから、無茶しないでくれ」


ロジャードは一言そういうと、私の頬を引っ張っていた手を下ろすと、膝の上に置いていた私の手を握りしめた。

その手はほんの少しだけ震えていた。


「兄さん・・・」

「ランファから話を聞いた時、肝が冷えた」

「でも、私は!」

「間違った事はしていないって言いたいのか?」

「うぅっ」


ジッとラピスラズリ家特有の深海の瞳で真っ直ぐ見つめられると、言い淀んでしまう。

思わず目線を逸らすと、ロジャードの目付きがますます鋭く冷たくなっていっている気がした。


「シフォン、こっち見ろ」

「・・・だって、怒ってるんだもん」

「怒るに決まってるだろ。今この場でのお前の保護者は誰だ?言ってみろ」

「兄さん、です」

「そうだな?ランファやラム達は今回の事は父上達には報告しないと言っている。シフォンがダイヤモンド・フェスタを楽しみにしていたのを俺も知っているから、俺もこの事は父上達には言わない。けど、もうこんな事が起きないように、シフォンが危険な事に巻き込まれないように、俺は保護者としての責務を果たさないといけない」


はっきりとした口調で告げるロジャードの手には、もう震えなどなかった。

そこにいるのは、私の保護者であるという責任を全うしようとするラピスラズリ家次期当主の姿だった。


「シフォン、俺と約束してくれ。もう二度と、一人で突っ走るような真似はしないと。俺を連れていけとは言わないし、お前の行動や考えを制限したりしない。だがせめて近衛騎士のラムを連れて行ったり、誰かに相談してくれ」

「はい・・・心配かけてごめんなさい」


私がそう真っ直ぐロジャードの目を見て謝罪を告げると、ロジャードはしっかりと反省したと理解してくれたのか、さっきまで馬車の中を支配していた空気は打ち消された。


「よし、良い子だ」


そうロジャードは言うと、私の額に小さくキスを落とした。

思わず目を丸くして額に手をやりながら、向かい側に座っているロジャードの方を見た。

私の目線に気づいたのか、ロジャードは頬を赤く染めて照れ臭さに苛まれ、開き直ったように声を荒げた。


「そんな顔で見るな!頭撫でたらせっかく綺麗に纏めた髪の毛がぐちゃぐちゃになるだろ?!」

「え?いや、まぁそうなんですけども・・・兄さん、そんな気遣いできたっけ?」

「・・・リリーが、軽々しく女の頭は撫でるなって」


そうさっきの威勢はどこに行ったのか、声を小さくして私から目線を逸らしながら答えた。

私には目線を逸らすなと啖呵っていた癖に、と思いながらも私の頭は殴られたような衝撃を受けていた。


今、ロジャードは何と言った?

リリーが?軽々しく女の頭は撫でるなと?言った?


いや、別にロジャードとリリーが話す事はまだ許す。

ついさっき私は決心したのだ。

彼らを一人の人間として見ると、人間として生きて人間として死ぬと。


しかし、何か胸がジリジリと痛む。

まるで蝋燭で心臓を炙られているような、不愉快な音を耳元で聞かされているような。

そんな気分に襲われ、背中がぞわぞわと泡立つ。


リリーが「軽々しく女の頭を撫でるな」と言ったと言うなら、きっとロジャードはリリーの頭を撫でたのだ。

その予測が頭の中を埋め尽くすと、頭の中はある血液が全て沸騰するような感覚に襲われた。


世界が歪んだような気持ち悪さに、思わず馬車の壁に寄りかかってしまった。

目眩から逃れようと目を閉じると、私の大荒れの頭の中に、あのブラックローズ帝国で見た一夜が鮮明に流れ込んできた。


ロジャードが、リリーの頭を撫でた。

その小さな予測に、私の心は大いに乱れた。


何なのだろうか、この感覚。

まるで元婚約者に久しぶりに会った時、新しい婚約者が既にいた時のような。

自分と婚約していた時よりも、新しい婚約者といる方が格好良くしているような。

散々やめてと言ったのに聞かなかった悪癖を、新しい婚約者が出来てからはスッパリやめていた時のような。


総じて、自分ではなし得なかった事を後から来た人間が何食わぬ顔で成し遂げてしまった時や、相手にとって自分は特別だと言う、一つのアイデンティティを奪われた感覚に近い。


思考が今までにないぐらい活発に活動している私の様子に、ロジャードは驚きながら、私の肩を慌てて掴み揺さぶった。

目眩がしている人間の肩を揺さぶるとは・・・そういう気遣いの無さに少し安堵してしまう。


認めたくないが、今私が襲われている感情はきっとリリーにロジャードを取られてしまうのではないかと言う不安感なのだろう。

私はそんなにブラザーコンプレックスを拗らせていただろうか。


そんな認めたくない感情を振り払うように首を横に振り、震える声でリリーについてロジャードに尋ねてみることにした。


「そ、そういえば兄さん。リリーと知り合いだったのね。あまり話している所を見た事なかったから・・・」

「え?あぁ、まぁそうだな。新人の使用人だし、何よりリリーは身寄りがない異世界の人間だ。それを知ってるのは俺達だけだ。リリーにとって頼れるのは俺たちぐらいだろう」


そう言うロジャードの目を見つめたが、それに嘘はないように思えた。

確かに、忘れがちだがリリーはこの世界とは違う異世界からやってきた存在だ。

さぞ心細く、不安で眠れない夜だった少なくなかったはずだ。

そんな中、事情を知って尚且つ身近な存在といえば私かロジャードだろう。


一応アンタークとアレクサンダーも事情を知ってはいるが、二人は一国の王子であるし、アレクサンダーに至っては国すら違う。

頼ろうと思っても、そう簡単に頼ることは出来ない。

公爵家の人間である私ですら、会うのが大変だというのに、一般市民であるリリーが、一国の王子に会うなんて無理だ。

そもそも城に入れてくれるかどうかさえも怪しい。


だから必然的に頼るのは私とロジャードになってしまう。

こればっかりは仕方がない。

もし私がリリーの立場でもそうする。


「お、そろそろパーティー会場に着くぞ」


黙り込んでしまった私に気を遣ったのか、ロジャードは慌てて会話を提供した。

きっと気まずかったのだろう。


「そうね。兄さん、エスコートお願いね」

「へいへい、任せてくれよ。俺の可愛いシフォン」

「その言い方やめない?恥ずかしい」


私がそう不貞腐れたように言っても、ロジャードはケラケラとそんな私の羞恥心など屁でもないように笑い飛ばした。


「パーティーで兄さんに馬車でキスされたって言いふらしてやる」


私がせめてもの仇返しとして、ポツリと呟けばロジャードは分かりやすく狼狽えて、顔を真っ青にした。


「あー!やめてくれ!!!俺が捕まる!お前の婚約者様に殺される!」

「なら可愛いシフォンっていうのやめて」

「・・・・・・・・」

「え?そんなに悩むの?」


どんだけその呼び方に魂を込めているのだろう。

私はロジャードの執念に肝を冷やしながら、馬車を降りロジャードにエスコートされる形でパーティー会場へ足を踏み入れた。


どこかで闇が動いた気がした。

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