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人間として生きよ!ですわ

あの後、ホテルに戻るまでランファに死ぬ程説教を受けた。

本来のシフォンであらば、そんな説教をしてくるランファに逆ギレして、馬車から追い出していた事だろう。

いやそもそも、原作通りの私であればリリーを助けたりなんて事、しなかったかもしれない。


ホテルの部屋に戻った後も、ランファはまだ納得していないようだったが、夜会での準備がある為不満気な顔をしながらクローゼットから群青色のイブニングドレスを取り出し、着付けを始めた。


「後でリリーにも説教しなければ」

「だから言ったでしょう?あの子に一人は危ないって」

「それはお嬢様もそうです!ロジャード様にも報告しましたからね!」

「えぇ?!兄さんに?!」


この数十年で私はしっかりと理解している。

ロジャードは私に対して過保護である。

絶対この事がロジャードに知られれば、今まで以上に面倒な事になるのは分かりきっている。

ただでさえ兄離れを上手く継続できていないのに。


「これに懲りたら、もう危険な真似はしないでください!旦那様や奥様に報告していないのが、せめてもの温情ですよ」


ランファはそんな厳しい事を言いながらも、本来ならこんな事件は父様や母様に伝えなければいけない。


もしランファやラムからではなく、ほかの第三者から父様達の耳に入れば、お叱りを受けるのは報告義務を怠ったランファやラムたちだ。

きっと二人はそれを承知の上で、黙っておくつもりなのだろう。


二人の優しさに胸を打たれながらも、私はロジャードからのお叱りを避ける方法を考えたが、どう考えても避けられないと悟ったので、覚悟を決める事にした。


ランファによって着付けられた群青色のイブニングドレス。

デコルテ部分に装飾された透明感溢れる宝石が、星のように煌めいていた。

そしてランファは箱から一つの靴を取り出した。


「綺麗な靴ね」

「有名な靴屋オルグランに旦那様がお嬢様のために特別発注したオリジナルデザインとなっているそうですよ」

「父様が?」

「ダイヤモンド・フェスタをお嬢様に楽しんで欲しいという、旦那様なりのプレゼントですね」


父様がプレゼントしてくれたという黒く光る靴を履き、その靴を見つめる。

そういえば、前世の私は両親に甘やかされて育ったから、流行りの物を誰よりも早く求めて、値段も考えずに父に強請っていた。

その散財っぷりも、前世の婚約者に嫌われる一端だったのだろう。


しかしこの世界にきて、悪役令嬢にならないように、死なないようにと生きてきたから、あまり物欲というものが湧かなくなってきたような気がする。

勿論公爵家の人間として、着飾るという事は自分の欲を満たすというだけではない。

その家の持つ権力や財力を示す、目に見えて分かりやすい方法なのだ。


「ではシフォンお嬢様。私はメイク師を呼んできますね」

「分かったわ」


ランファは一礼すると、部屋から出て行った。

恐らく別室にいるメイク師を呼びに行ったのだろう。

誰もいなくなった静かな時間は、だいぶ久しぶりなような気がした。


暫く静寂に身を任せていると、何処からか声が聞こえてきたような気がした。

廊下に誰かいるのかと思って最初は気にも溜めていなかったが、少し聞き覚えのある声に私は椅子から勢いよく立ち上がった。

その衝撃に椅子はひっくり返ってしまったが、その椅子を直すこともせず、ドレスの裾を持ち上げて小走りで部屋と廊下を隔てる扉に耳をくっつけた。

こんなはしたない姿を母に見られれば、あまりに品のない行動に立ち眩みを覚える事だろう。

しかし細々と聴こえる二人分の声に、私は自身の姿など誰も見ていない事をいい事に扉のシミのようにへばりつき、聴力に集中した。


「この声って・・・ロジャードとリリー?」


聞こえたのは私の兄であるロジャードと、ヒロインであるリリーの声だった。

はしたなく扉にへばりつき、耳を澄ます私の行動はさながら名探偵のような気分にさせてくれる。


遠くで話しているからか、会話の内容までは聞こえないが大分長々しく話しているような気がする。


正直リリーとロジャードが話すような仕事内容はないはずだ。

リリーは私専属メイド見習いで、ロジャードはラピスラズリ家の次期当主。

ブラックローズ帝国の夜のことと言い、いつロジャードとリリーが知り合ったのか謎すぎる。


けど、これは所謂リリーとロジャードのプライベートということになる。

変に踏み込めば、プライベートの侵害と訴えられるかもしれないし、私の良心がやめておけと警告を鳴らしている。


もしバレてしまった時言い逃れが出来ないし、そもそも何でリリーとロジャードの関係を探りたがっているのか、自分で自分を理解できない。


「別に私はリリーとロジャードがどんな関係であろうと、私には関係ないし。そもそも原作でもロジャードとリリーが話しているシーンだってあったし。何より!ロジャードとリリーがも、もも、もし?付き合ったりしたとしても?私はいずれアクアの元に嫁ぐんだし?!二人にとっての邪魔者にはならないはずだし!!」


何度もそう自分に言い聞かせるように、口に出して冷静さを取り戻そうとする。


理屈では分かっている。

原作では、アンタークがリリーに恋をしたから、婚約者であったシフォンはリリーを迫害したのだ。

そしてリリーを迫害するシフォンに愛想が尽きたアンタークによって、シフォンは断罪されて死ぬ。


それが嫌で、アンタークとの婚約を回避しようとした。

運良く私はアクアと婚約する事になったけど、アクアがリリーに恋をするという可能性を捨て切れなかった。


けど、心のどこかでリリーはアンタークを好きになると、確証もないのに信じてた。

原作通りに進む事を恐れながらも、自分に都合のいい事は原作通り進むと願ってた。


「ははっ、気持ち悪・・・」


そう小さく呟いて、縋るように扉は体を預け、乾いた笑みを溢す。

一筋の雫が頬を伝って、落ちていく。


とんだご都合主義者だ。

自分勝手過ぎて反吐が出る。自分が自分に嫌気が差して仕方がない。

彼らは生きている。

小説の中の、文章だけの存在ではない。

殴られれば痛いし、斬りつければ血が出る、肉体を持つ生きている存在なのだ。


「分かってた・・・分かってたはずだったんだけどな」


私が小説の世界だと思っている世界は、彼らにとって紛れもない現実の世界なのだ。

リリーから見れば異世界だが、リリーが生まれ育った世界だって、私から見れば小説の世界だ。

けれど、前世の私が生きてきた世界も、本当の世界とは言い切れない。

誰かにとっては本物で、けどまた誰かにとっては偽物なのだ。


心に靄がかかったように、気分が悪かった。

上手く思考が纏まらず、霧の中に一人残されたような感覚がした。


もし、ロジャードとリリーが恋人同士になった時、私は素直に喜べるだろうか。


私はまだ割り切れていないのだ。

いっその事、彼らは小説の中のキャラクターなのだと薄情になれれは良かった。

それか、彼らは生きている人間なのだと認識し、信じきれれば良かった。


私は頭の中で理解していながらも、まだ決めかねていた。

だからこそ、今の私は苦しんでいるのだ。

自分で自分の首を絞めている。


彼らを人間として認識するか、それとも小説の中の人物として認識するか。

きっと、心が楽になるのは小説の中の人物として認識する事だろう。


そうすれば彼らがどんな行動をしても、小説の中だから仕方がないと割り切れるだろう。

例え、どんなキャラクターと結婚しようと納得できる。

どんな事があっても、冷静に判断する事が出来るはずだ。


でもそれは、きっと彼らに失礼な行動だ。

彼らにとってこの世界が全てで、他の世界なんてない。

唯一他の世界を知っているのはリリーぐらいだ。


きっとリリーは私達を生きている人間だと割り切り、接してくれている。

だからこそリリーは誰にでも優しく、天真爛漫なのだ。

もしリリーが異世界の人間だと割り切っているのであれば、柄の悪い男に絡まれていた女の子を助けて、揉めるなんて事件を起こさなかっただろう。

私のように、素通りしていてもおかしくなかった。


そう考えると、私は無意識に彼らを小説の中のキャラクターとして認識しているのだろうか。


「そんなの・・・そんなの、原作のシフォンと変わらないじゃない」


呟いてから私は思い出した。

自分の第一目標。

それは、断罪される未来を回避して、死なない事。

その為にヒロインであるリリーを手本にしようと、今まで奮闘してきたのではないのか。


そうすれば、きっと、幸せな人生を歩めると思った。

前世のように、一人寂しく死んでいく事なんてないと思った。

大勢・・・とまでは言わなくて良い。

せめて誰か一人に看取って欲しかった。

一人で死ぬのは、酷く怖くて、寂しかった。


牢獄に軟禁されてから、私は自分の愚かさを死ぬほど後悔した。

そして、もし来世というものがあるなら真っ当に生きると誓ったはずだ。

今の今まで、どうしてその誓いを忘れていたのか。


「私はもう、一人で死にたくありませんわ」


良き人間になる為に、神様が与えてくださったチャンス。

彼らの魂を見て、彼らの心を聞いて、彼らと話す。


私は手で涙を拭うと、力の抜けていた己の足を引っ叩き、気合を入れて立ち上がる。

彼ら一人の人間として見て、己も一人の人間となる。


そうすればきっと、人間として正しく生きていける気がしたから。


「人間として生き、人間として死ね」


私は今日、ただのシフォンとして生まれ変わった。

人間として死ぬ為に。

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