海街デート!ですわ
「よくお似合いです、シフォン様」
「有難うマーヤ夫人。素敵なデザインですわね」
私はアクアに衣装部屋へ押し込まれ、マーヤ夫人に頭の天辺から足の爪先まで身支度を整えられてしまった。
淡い水色と白色の縞模様がリキュア国らしいし、丈に縫い合わされた白いレースはとても軽くて、涼しげだ。
「日差しがお強いので、麦わら帽子をどうぞ」
「お気遣い感謝致しますわ。本当に何から何まで」
「いえ、お気になさらず。アクア殿下のご命令ですし、何よりシフォン様は未来の王妃。妃殿下とお呼びしても過言ではございませんので」
そう言ってマーヤ夫人は部下に片付けるように指示を飛ばした。
私はマーヤ夫人の言葉に、ほんの少しだけ衝撃を受けながらも、改めて実感した。
私は将来この国に嫁ぎ、王妃となるのだ。
自分の事なのに、まるで何処か他人事のように考えていた。
このまま上手く進んでいけば、私は恐らくマーヤ夫人が言った通り、アクアと結婚して正真正銘王妃となる。
中々実感が湧かない。
それもそうだろう。
前世でも私は王子相手に婚約したこともないし、自業自得により断罪され病死した。
原作の方でも、シフォンはアンタークと婚約をしていたが結局断罪されて一人発狂しながら死んでいった。
誰かと結婚して幸せに生きている自分が、どうしても上手く想像出来なかった。
「まぁ元悪役令嬢ですものね。無理もないわ」
「うん?何かおっしゃいましたか、シフォン様」
「いえ、何でも・・・ただの独り言ですわ」
私はマーヤ夫人に不思議そうな顔をさせながら、麦わら帽子を頭にかぶり、衣装部屋を後にした。
衣装部屋を出ると、そこには廊下の壁に背中を預けて立っているアクアの姿があった。
アクアも式典服ではなく、お忍びというテーマの名に恥じないシンプルな格好をしていた。
「お待たせしましたか?」
私がそう声をかければ、アクアは私の方を向いた瞬間、まるで氷魔法にでも掛かったのかと疑ってしまうほど、見事に固まった。
「あれ?アクア様?」
恐る恐る声をかけても、アクアはうんともすんとも反応しない。
困り果てて後ろに控えているマーヤ夫人に助けを求めるように振り向けば、マーヤ夫人はアクアが固まってしまった原因が分かっているようで、微笑ましいものを見るような目線をマーヤ夫人は向けてきた。
どうしてそんな、生優しい視線を向けてくるのか分からないが、一先ず今この雰囲気を脱する鍵を握るのはマーヤ夫人なので、私も挫けずに視線でメッセージを送り続ける。
そしてやっとマーヤ夫人は満足したのか、子供の悪戯を嗜める母親のような表情をしながら、声をかけてきた。
「アクア殿下は、シフォン様のあまりの可愛さに言葉を失っておられるのですよ」
「え」
「マ、マーヤ?!」
「殿下はもう少し、自分の思った事を素直に伝える心構えを持った方が宜しいですね。では失礼します」
マーヤ夫人はそれだけ言うと、深々と頭を下げて衣装部屋へ戻っていった。
人気のない廊下に残されたのは、顔を赤くさせたアクアと私の二人だけだった。
機嫌を伺うようにアクアの方を見れば、私の視線に気づいたのか大袈裟に肩を震わせて、暫く視線を彷徨わせた後、意を決したように此方を見てきた。
「綺麗、だ・・・よ」
普段は雪のように白い肌を、夕焼けに染まった空のように真っ赤にさせながら、言葉を途切れ途切れに紡いだ。
まるで恋する乙女のようで可愛らしく、またアクアの顔の良さがそれを際立たせている。
「ふふっ」
「な、なんで笑うのさ!!そんなに可笑しいかい?!」
「い、いえ!そんなことは!」
そのあまりの初々しさに思わず笑ってしまうと、アクアは自分が馬鹿にされたと思ったのか、さらに顔を真っ赤にさせて声を荒げた。
思わず周りに誰もいないか確認してしまった。
一国の王子が声を荒げてしまう所なんて、見られてあまり良いものではないだろう。
「有難うございます、アクア様」
「・・・うん」
私が素直に謝罪をすれば、まだ少し不満なのか眉間に不機嫌そうな皺を寄せていた。
しかし、こうして話している時間も勿体ないと感じたのか、それ以上言わず「行こう」とだけ小さく言って、廊下を歩き出した。
私もそれに従うようにアクアの後ろをついていった。
暫く進んでいると裏口に到着したらしく、アクアは様子を疑うように外を見ると「大丈夫みたい」と言って外に出た。
外に出れば、辺り一面は畑だった。
土が持つ独特の香りに混ざる、海の香りを感じながら改めてここが海に近い場所だと言うことを思い知らされる。
私やロジャードが暮らしているメピュア国は内陸国だから、海なんて身近なものではない。
けど、このリキュア国は本当に海が生活の一部となっているのが分かる。
何故なら辺り一面に広がる畑で育てられている野菜は、全て潮風に強い物のようだったから。
「なにボサッとしてるの。置いてかれたいの?」
「あ、ごめんなさい!」
畑の方を凝視していると、先に進んでいたアクアに早く来るよう催促される。
私は慌てて足を動かし、アクアの後を追った。
暫く歩いていると、無事に城から出ることが出来た。
「兵士さんやメイドの方に見つかると思っていましたが、案外大丈夫でしたね」
「今回は少数精鋭で、城にいる兵士は少ないけど結構武術に長けてる奴が残ってる。一般兵士は街での警備や見回りが主だよ」
「あぁ、だから人が少なかったんですね」
そんな事を話していると、人通りの多い場所に出てきた。
お行儀よく隙間も一切なく敷き詰められた白い石畳が、照り輝く太陽に反射して、眩しかった。
しかしそれ以上に圧巻だったのは、肌も服装もバラバラな人たちだ。
まるでこの間見た絵画に描いてあった荒れ狂う海のようだ。
この人混みに巻き込まれたら、アクアと離れてしまっても見つけることは不可能に近いだろうな。
「凄い人・・・」
「・・・ほら」
あまりの人の多さに慄いていると、アクアがぶっきらぼうに手を差し出してきた。
思わず差し出された手とアクアを見比べていると、アクアは照れ臭さを滲み出た顔をしていた。
「か、勘違いしないでよ!!!迷子になられたら困るってだけだから!別に君と手を繋ぎたいとかじゃないから!」
「あ、はい!えぇ、もちろん!」
あまりの迫力に押し負けて、頷いてしまった・・・。
だって顔を真っ赤にした美形に迫り込まれたら、前世は殿方と真面なお付き合いをした事がない、今世でも話すのは兄のロジャードか父様ぐらいのご令嬢は、押し負けるしか道はない。
恐る恐る差し出された手に自身の手を乗せると、アクアも恐る恐るといった様子で私の手を掴んだ。
絵本に出てくる王子様のようにスマートではないけれど、この初々しさがアクアらしさを感じて、少しだけ胸が締め付けられる。
「えっと、ここの料理食べたかったんだよね。なら少し歩くから」
「ついでに色々見てまわりましょう」
その何処かで「ご立派になられましたね、殿下」という女官長の声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと思うことにした。
まだほんの少し熱い頬を、人の熱気と気温のせいだと思いながら街を歩く。
潮風にのって香る、美味しそうな匂いに胸を高鳴らせながらこの時の私は愚かにも気づいていなかったのです。
黒い影は、もう既に私のすぐ近くに伸びてきていた事を。




