5年に一度の祭典!ですわ
私は帰りの馬車に揺られながら、昨晩見た光景を思い返していた。
昨晩の衝撃的な出来事を忘れられず、私は結局ロクに寝る事も出来ずに朝を迎えてしまった。
その為体のコンディションは最悪である。
ランファには心配され、何とか無理やり化粧で誤魔化した。
しかし昨日の今日で、ロジャードやリリーの顔を見るのがどうにも気まずい。
父様と母様の完全プライベートラブラブシーンを見た時と同じ気分である。
あの気まずさと見てしまった遣る瀬無さで私は心底悩んだ。
朝食も殆ど喉を通らず、流石のメフィストからも心配そうな顔をしていた。
父様も心配していたが、昨晩見たリリーとロジャードの事を言うわけにはいかず私は何でもないとだけ言って帰りの馬車に乗り込んだ。
メフィストは「またおいで」とは言っていたが、正直言えば出来る限り行きたくない。
ブラックローズ帝国が怖いとかそういうわけじゃなくて、ブラックローズ帝国に行く度にあの二人の光景を思い出してしまいそうだからだ。
私は行きと同じようと近衛騎士であるラムを同乗させて、馬車の中から窓の外を眺めていた。
ラムは私の方をチラチラと見ている。恐らく私の体調を気にしているのだろう。
私は「はぁ」と重い溜息を吐き出せば、ラムは大袈裟と思える程に肩を揺らした。
「如何しました?お嬢様」
「『如何しました?』じゃないわよ。さっきからチラチラ見てきて・・・何?私の肖像画でも欲しいのかしら?」
「い、いえ!そういうわけでは・・・お嬢様、顔色が悪いようですが・・・体調が優れない様であれば休まれますか?」
「別にそう言うわけじゃ・・・昨日少し眠れなかっただけ」
「しかし・・・御屋敷に戻られたらこれからもっとお忙しくなるんですよ」
「え?何かあったかしら?」
「やはりお忘れでしたか・・・5年に一度のメピュア国、リキュア国、フレアランス王国、グリス、ブラックローズ帝国の5か国で行われる祭典、ダイヤモンド・フェスタの準備に取り掛かる時期ですよ」
私はラムの説明を聞いて思い出した。
完全に忘れていた!
ラムの言うダイヤモンド・フェスタは、この大陸に国家を築いている5つの国が5年に一度集まって一つの国2週間、国中がお祭り騒ぎになるのだ。
例えばメピュア国では普段、宮殿の庭は一般公開されていないがその祭典の時期だけは一般市民にも公開されて、ご馳走や露店が開かれ2週間ずっと大騒ぎしている。
宮殿内では他国の貴族が訪れて夜会や、カードゲームなどが開催される。
ブラックローズ帝国では、シュメッターリング城が無料で城の中を散策する事が出来るらしく、普通の貴族すらも見る事の出来ない王の間は、貴族であれば立ち入る事が可能になる。
コロシアムでは腕っぷし自慢の人間が賞金や名誉求めて決闘を行う武道会まで開かれる。
あと噴水にはワインが溢れ、飲んだり食べたりと大騒ぎらしい。
フレアランス王国は、一番発展している国として有名だ。
産業革命が起こった国でもあるため、他の国では見られない路面電車という乗り物なども有名だ。
熱帯地域だからこその独特の歴史や食文化も人気らしい。
特に貴族に有名なのは、浮遊魔術を使った空飛ぶ絨毯によって夜の街を回る空中観光だという。
そして観光国家として人気のリキュア国では、一番総力をあげてこの祭典を盛り上げている。
無料で船に乗れたり、夜は豪華絢爛の船に貴族たちは乗り込んでダンスパーティーや夜会が行われる。
他には新鮮な海の幸の料理が低価格で売られたり眺めの良いホテルに泊まれたりするらしい。
そして世界各国の有名な歌手やダンサーなどが芸を披露するステージがある。
中立国家であるグリスでは、多くの場所で花見が行われお茶会が開かれる。
温暖な気候を生かした四季折々の花が楽しめたり、何より一番グリスで有名なのは温泉である。
大浴場や、自然溢れる秘湯にも浸かる事が出来る。
始まる順番は基本的にダイヤモンド・フェスタの開催を決めた観光国家のリキュア国がスタート地点となる。
そこからブラックローズ帝国、フレアランス王国、メピュア国、そして最後はグリスで終わる。
ちなみにグリスで終わるのは、グリスは温泉などが多くある事から祭りの疲れを癒すという意味や、中立国の為余計な争いなどが起こりにくいと言う理由で選ばれていると父様は言っていた気がする。
「あぁそうだったわね・・・」
「しかも今年メピュア国の目玉は、仮面舞踏会らしいですよ」
「仮面舞踏会・・・」
嫌な思い出、前世の記憶が蘇り思わず遠い目をしてしまった。
前世、私は仮面舞踏会に招待された事があった。
黒い仮面とコートを着る事によって、地位などを忘れる無礼講のパーティー。それが仮面舞踏会の醍醐味。
けど、前世の私は何を勘違いしたのか、明らかに前世の私だと分かるほどの派手派手ドレスと仮面を身に纏い、恐る恐る誘ってくる自身より低い地位の貴族を無礼者呼ばわりして、結局一人ぼっちの仮面舞踏会を過ごした。
あれから断罪されるまで、結局仮面舞踏会の誘いが来ることはなかった。
そんな苦い思い出というか、黒歴史が出来てしまっている私は正直、仮面舞踏会は行きたくない。
「もし私が参加したくないって言ったら・・・」
「ご主人様に言う分には宜しいとは思いますが、恐らく許可されないでしょうね」
「そうよねぇ・・・」
「お嬢様はメピュア国の貴族内で1番権力を持つラピスラズリ家の方ですからね。しかもリキュア国の王子アクア殿下とご婚約なさってる身ですから。注目の的の一つだと思いますよ」
そう、私はリキュア国の王子であるアクアと婚約している。
あれから何度か会ったり、今でも手紙のやりとりを続けている。
よく女の子の方が成長が早いというが、男の子の方が成長のスピードが急な気がする。
それを聞いて私は確かにと思った。
現に女の子顔負けの可愛さを誇っていたアクアは、今では美しい青年に姿を変えた。
最初会った時は私よりほんの少し身長が低かったのに、今では私の頭一個上だ。
それでもアクアは他のアレクサンダーや、ロジャードに比べたら小さい方だが。
アクアも一応それを気にしているようで、特に身長も体格も良いアレクサンダーをライバル視しているような節があるようだ。
女の私からしたら、そんな事に気にしてる方が余計に可愛く見える。
「仮面舞踏会・・・か」
「あまり気が進みませんか?」
「ラムは婚約者を見つける絶好の機会だから、楽しみでしょうけど」
「オジョウサマ?」
「じょ、冗談じゃない・・・そんな目で見ないで!」
ラムの地雷の態と踏んでみたが、あのいつも伏せがちの瞳を大きく開けて此方を見つめ続けている。
やっぱり近衛騎士長という立場になると仕事が忙しいし、恋人が出来ても、私が他国に行けばラムは強制的に行かなければならない。
だから恋人が愛想を尽かして、出て行ってしまうようだ。
この間近衛騎士長を引退した人も独身だった。
「まぁ私の事は置いておいて。お嬢様はリキュア国とメピュア国の少なくとも二つの国の祭典には参加して頂く必要がありますよ」
「そうよねー。まぁ祭典自体は凄く楽しいのだけど」
ダイヤモンド・フェスタは、小説の中でもあったイベントの一つ。
ブラックローズ帝国に訪れたリリーは、黒魔術によって誘拐され、メフィストとアンタークが助けに来ると言う話だったような気がする。
しかし、それはリリーがアンタークやメフィストたちと関わりがあったからであり、この世界のリリーは殆どラピスラズリ家の屋敷にいる為、関わる事はない。
今回ブラックローズ帝国であった黒魔術と、宗教団体。
そして今回行われるダイヤモンド・フェスタ。
何も起こらなければ良いけど。
そう思いながら私は、外を眺めていた。




