日の光を浴びる愛!ですわ
王城に来る前に馬車で通ったブラックローズ帝国の遺産の一つ、蝶の城と呼ばれるシュメッターリング城へ向かう最中、メフィストは立ち止まり街の事を教えてくれた。
暫く歩いていると、目の前を大きな河が現れ、石畳みで出来た橋を渡ろうとすると、メフィストが立ち止った。
「この河がケントニス運河。この運河をずーっと東に行くと海に出る。そしてあれが船着き場で他国との貿易が盛んに行われてるんだよ」
「船による他国との貿易・・・内陸国のメピュア国ではありえないので何だが新鮮です」
「そうだよねぇ」
メフィストは私の顔を見て笑うと、反対側を向き指を差した。
指を差した方向には、一つの立派な建物があった。
「あれが、シックザール浄水場。シュメッターリング城を建設した、125年前にシュヴァルツ・アルバン・オブシディアンが建てて、今も市内だけじゃなく街郊外の給水場で重宝されてる」
「そうなんですね・・・あの、シュメッターリング城ってどうして蝶の城なんて言われているのですか?」
私がラムから説明された時から疑問に思っていた事を、メフィストに聞いてみる事にした。
メフィストは私からにニッコリと笑った。
「それは見てからのお楽しみだよ。ネタバレしたら面白くないでしょう?」
それだけ言うと、メフィストはシュメッターリング城に向かうまでこの国について一つ一つ簡単に教えてくれた。
ただ歩いているだけでは退屈な道のりだったのかもしれない。
けど、メフィストとの会話は何処か心地よく楽しかった為、何時の間にかシュメッターリング城までついていた。
「ついたよ、シュメッターリング城だ」
黒塗りで造られた巨大な門に、色鮮やかな庭園、そして圧巻の一言に尽きる城が威風堂々としたオーラを纏いながら私達を見下ろしていた。
まるで私を試すように北風が私を強く打ち付けた。思わず目を瞑り、シルヴィが貸してくれた綺麗な刺繍が施された紫色のストールを飛ばされないように、力強く握り込んだ。
そして城の向かい側にある教会の鐘が、重く響き得体の知らない恐怖が私の体はゾクリと震え、地面に足を縛り付けた。
「なんだか・・・凄い威圧感がありますね・・・」
「それがシュテル建築の魅力だからね」
メフィストは、私の手を取ると歩き出した。
少し足が縺れそうになりがらも、ブーツにヒールで石畳みで出来た地面を鳴らしながら歩いた。
「人が沢山・・・」
「125年前の国王、シュヴァルツ王が建築した王宮なんだよ。遺産の一つだから城内にはお金を払わないと入れないけど、庭は一般公開されているから誰でも入れるんだよ。画家が絵を描いたり、たまに演奏会も開催されてる」
私は周りを見渡しながら、椅子に座って情報屋の最新のニュースや貴族同士のスキャンダルなどを聞いている人もいれば、煙管を拭かせながら怪しげなアクセサリーを売っている老人までいた。
私が感じていた恐怖に反して、庭園には多くの市民や低級貴族が思い思いに寛いでいたり、本を読んだり絵を描く画家の人もいた。
やはり、良い国か悪い国かは他国の人間が決める事ではないのかもしれない。
国の良し悪しを決めるのは、この国に住んで税金を納めているブラックローズ帝国に住む人だ。
私がどれだけ恐ろしいと感じていても、所詮は余所者。
けど、この国の人はシュメッターリング城の威圧も、鐘の音もきっと心安らぐ場所なのだろう。
「よし、シフォンちゃん。城の中に入るよ。入れば、ここが如何して蝶の城なんて言われるのか分かるはずだよ」
そうメフィストは言うと、懐から王家の家紋が刻まれた代々王家の者しか譲渡されない時計を取り出し、出入りを監視している兵士に見せた。
すると兵士は一瞬唖然とした顔をしたが、さすが軍国家と称されるブラックローズ帝国の兵士。
すぐさまお忍びである事を理解し、深々と頭を下げ何も言わずランタンを一つメフィストに渡して、私達を通してくれた。
この頭の回転の速さは、ブラックローズ帝国の遺産となっているシュメッターリング城の出入りを監視している兵士となれば、相当の手練れなのだろうと分かった。
「さぁシフォンちゃん、ちょっと暗いから足元気を付けてね」
「御親切にどうも有り難うございます」
愛想笑い浮かべると、メフィストはそれを咎める事なくランタンの明かりを頼りにシュメッターリング城の中に進んだ。
太陽の光が十分に届いていないのか、ぼんやりとした橙色の炎の明かりを頼りにしなければならない程薄暗く、確かに足元には気を付けなければならなかった。
「・・・庭園とは打って変わって、人が殆ど・・・というか全然いない」
「さっきも言ったけど此処は遺産で、尚且つ入場料が高額だから入る人は少ないんだよ。来るのは、他国からの貴族の旅行者や、お金があって暇な隠居をしている公爵家の人間とかかなぁ。これならマントとってもバレないね」
ヘラヘラとメフィストは笑うと、被っていたフードを外した。
薄暗い中でランタンの明かりでメフィストの、白魚のように白い肌と美しい顔が照らされて不覚にもときめいてしまった。
薄暗くて助かった。
熱を集めてしまった頬を、メフィストに見つかればからかわれる事は目に見えているのだから。
暫く進んでいると、一枚の重々しい扉が私達の行く先を閉ざしていた。
そしてその扉は、3メートルほどありそうな程の扉で一つの美しい絵画が描かれていた。
「シフォンちゃん、ちょっとこの扉開けるからさランタン持って、この鍵穴を照らしてくれる?」
「あ、はい。分かりました」
メフィストから慌ててランタンを受け取ると、メフィストが指さした鍵穴辺りをランタンで照らした。
すると、メフィストはポケットから金色の小さな鍵を取り出し徐に鍵穴に鍵を差し込み、ガチャンッという音を立てた。
「ここは、王の間でね。一般公開されていないんだよ」
「そんな場所に、私を連れてきて良いんですか?」
「特別だよ。それにシフォンちゃん言ってたじゃない。どうしてここがシュメッターリング城、蝶の城って言われているのか知りたいって。一般公開されてる所でもいいけど、どうせなら王の間を見て欲しい」
メフィストは微笑むと、扉に向きあい両手を置くとグッと力を込めた。
相当な重さがあると思われる扉を、メフィストは簡単そうに開けて見せた。非力だと思っていたけど、案外力が強いようね。
そんな呑気な事を思っていると、私の目に強烈な色彩と光が私の目を貫き思わず私を目を細めた。
光と色彩に目が慣れてくるのを感じると、恐る恐る目を開けた。
「ようこそ、シフォンちゃん。蝶の城へ」
メフィストが唖然としている私を、優しくエスコートしてくれた。
そこには窓一面、巨大なステンドグラスが天井を覆い尽くし、日の光により白い大理石の床が鏡の様にステンドグラスを写していた。
幻想的で美しくて、どこか儚く見える。
まさしくこれが、蝶の城。
「綺麗・・・」
「この美しいステンドグラスが、日の光に照らされて蝶の羽のように見えるから蝶の城、シュメッターリング城と言われる・・・この城ね、125年前の国王シュヴァルツ王が、妻のクラウディア王妃の為に作ったとされているんだよ」
「王妃?」
「そう・・・歴史書にはシュヴァルツ王は、正妻であるクラウディア王妃を心底愛していた。勿論クラウディア王妃も国王を愛し、二人の愛し合う姿は国民の憧れだった。けど・・・」
「けど・・・?」
メフィストは、言葉を詰まらせた。
そして少し悲しそうな顔をしながら、キラキラと輝くステンドグラスを見上げると、再びポツリポツリと喋り出した。
「けど、クラウディア王妃とシュヴァルツ王との間に生まれた三人の兄妹のうち、長男のエーリヒ王子は14歳の頃流行の病で帰らぬ人に。長女のヨーゼファ王女は、嫁いだ先でクーデターに巻き込まれ19歳で命を落とした」
「ッ・・・そんな」
「クラウディア王妃とシュヴァルツ王の間に残ったのは、次男のヘルムート王子だけになった。ヘルムート王子は、何事もなく王となり寿命を全うして今僕がここにいるんだけどね」
メフィストは苦笑して笑った。
その白い肌は、天井から降り注ぐステンドグラスの光に照らされ、彼自身が一つのステンドグラスで出来た美しい像のようだった。
「二人の子供を失ったクラウディア王妃は嘆き悲しみ、ヨーゼファ王女のドレスとエーリヒ王子のマントを決して離さなかったそうだよ。シュヴァルツ王は、そんなクラウディア王妃を案じてステンドグラスおを作った」
「ステンドグラス・・・?」
「そう、ほらあの玉座のすぐ真上にあるステンドグラス、人が描かれているでしょう?歴史書によると、王冠を被っているのがシュヴァルツ王、その隣にいるのが王妃クラウディア、王妃クラウディアの腕に抱かれているのが次男ヘルムート王子。国王の右横にいるのが長男で流行の病でなくなったエーリヒ王子。王妃の左横にいるのがクーデターに巻き込まれ、命を落としたヨーゼファ王女だとされてる」
メフィストが指を差した方向には、二つの玉座を照らすように真上に作られ、王冠を被ったシュヴァルツ王とその王妃クラウディア様。
クラウディア様の腕に抱かれた赤子のヘルムート王子。
シュヴァルツ王の右横にいる、青いマントを纏った青年が恐らくエーリヒ王子だろう。
そしてクラウディア様の左横にいらっしゃるのが、赤いドレスに身を包んだヨーゼファ王女なのだろう。
「このシュメッターリング城に掘られた彫刻は、全てシュヴァルツ王の家族だとされているんだよ。まぁでも実際確かめようと思ったら、相当骨が折れるから憶測でしかないし。家族五人で過ごせた時期なんて無いに等しいだろうから、半分以上はクラウディア王妃とシュヴァルツ王の幻想だろうね」
「家族と、こんな事がしたかった・・・家族とこんな風に過ごしたかった・・・もっともっと抱きしめていたかった・・・そんな想いが伝わってきます」
そう呟くと、メフィストは小さく笑い「そうだね・・・」と言い、そこから何も言わなかった。
私も何も言わなかった。何も言えなかった。
この王の間にいるだけで、王と王妃、そして王子や王女の楽しげな笑い声が聞こえてくるようだった。
シュヴァルツ王の妻を想う愛と、クラウディア王妃の家族を想う愛によって作られた美しい蝶の羽のように儚い、願いと夢と思い出。
家族として過ごせたのはほんの僅か。
そのほんの僅かな幸せが、今もこうして日の光を浴びて輝き続けている。




