知らなきゃ良かったあんな事!ですわ
メフィストと共に裏口からこっそり抜け出して、まず向かったのは、この国の首都の中でも最も活気づいているとラムも言っていた場所、フンケルン市だった。
多くの人で賑わいを見せる市場が大通りの両端に並び立ち、装飾店や仕立て屋、髪結い処に・・・あれはスイーツ店?
「凄い・・・」
「ブラックローズ帝国の首都の中で、最も活気がある場所がフンケルン。その中でも、特に活気づいているのが此の大通り、レーベン大通りだよ」
「レーベン、通り・・・」
「奥の方に行けば、劇場やカフェもあるし、香水店や本屋もある」
メフィストは一つ一つ丁寧に説明をしてくれた。
でも、なんか慣れているような気がする。
メイド達も手慣れていた様に見えるし、恐らくこうやってお忍びで来る事も少なくないのだろう。
「人が多いからね、シフォンちゃん。僕から離れないようにね」
「では、貴方様もどうか私の事を離さないでくださいまし?」
「・・・もう、どこでそんな男心を擽るような言葉習ってきたの?」
メフィストは軽く笑うと、少し力強く自分の方に私を引き寄せた。
どうやら離さないようにしているらしい。
ちなみに私が言ったさっきの言葉は、この間エリザと見に行った劇場の中でヒロインが言っていたセリフを言っただけ。
ブラックローズ帝国に行くと言う事実に鬱になっていた私を、エリザは気分転換にという理由で誘ってくれたのだ。
確か脚本は、グリスの脚本家フリーダ女史だ。
この大陸には一つの国に一人の偉大な人物が生まれる事で有名だ。
我がメピュア国では、天才芸術家サフィラス・アーノルド。
一つの作品【アマデウス~神に愛された者~】で無名の芸術家から巨匠の名を手に入れた。
リキュア国では、音楽界の革命家ユーリ・フォン・ヒュードリー。
数多く作曲した作品の中で、有名と言え【愛娘のドレス】という音楽だ。
ずっと昔の作品だけど、老若男女に愛される名曲の一つだ。
グリスでは、先程紹介した脚本の魔術師フリーダ・ハサウェイ女史。
有名な脚本は私とエリザが見に行った劇場【ジェシカ伯爵の置手紙】だろう。
どういう内容だったかは後で話そう。中々面白かった。
そしてブラックローズ帝国では、奇想天外のデザイナーブラック夫人が有名だ。
ブラックローズ帝国のリーゼロッテ王妃の専属デザイナーだが、その素性は謎に包まれている。
うん?リーゼロッテ王妃の専属デザイナー?
素性が一切不明?
そういえば、この間フリーダ女史が脚本を務めた劇場【ジェシカ公爵の置手紙】をエリザと見に行った時、エリザが「今度の夜会では絶対羽のトレーンを挙って令嬢が身に着けるわよ!」と言っていた。
“羽のトレーン”それは、先月リーゼロッテ王妃の生誕祭にリーゼロッテ王妃が、夜会のイブニングドレスで身に着けていたものだ。
最初の腰辺りは普通の白い生地になっているが、脹脛辺りになると天使の羽のようなふわふわした羽毛へと変わる。
恐らくラメも散りばめられていたのだろう、シャンデリアに照らされるトレーンはまるで湖から羽ばたく白鳥のように美しかったらしい。
帰りの馬車でエリザから聞いた話によれば、あの羽のトレーン、そして一年前流行ったチュールドレスをデザイン・制作したのはリーゼロッテ王妃の専属デザイナー、ブラック夫人にらしい。
エリザは目をキラキラさせながら「ブラック夫人はどうやったらあんな素敵なデザインを思いつくのかしらね!きっと美女ね!」と言っていた。
チュールドレスは、ブラック夫人が作った。
チュールドレスは、メフィストが作った。
つまり、ブラック夫人は今私の隣を歩いているメフィスト?!
「あの、少しお聞きしたいことが・・・」
「ん?どうかした?」
「・・・令嬢達の間ではリーゼロッテ王妃にはブラック夫人というデザイナーがいると聞きます。しかし、その素性は一切謎に包まれている。友人から聞きました、チュールドレスをデザインしたのはブラック夫人だと。そして、先程城で聞いたあの話が本当だとすれば・・・ブラック夫人は、メフィスト様なのですか?」
「ふーん・・・ナイス推理だね。正解だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・正解したくなかった」
この大陸の全令嬢の憧れていたブラック夫人。
「次の新作はいつなのかしらね」と母様をうっとりとさせていたブラック夫人。
そのブラック夫人が、メフィストだったなんて!
原作じゃそんな話なかったのに!
「ええー?そんな残念そうな顔されたら、ショックだなぁ。あ、でもそれ内緒にしてね?」
「分かってますよ。男性が女性の服をデザインしたり制作するのはご法度ですから」
「そうそう。だからこうやって架空の女性、ブラック夫人を演じてるんだから。僕が国王になった暁には、そういう古臭い法律なくそうかなぁ。どう思う?」
「・・・まぁデザインぐらいなら宜しいのではないですか?男性からの路線として新しいかもしれません」
メフィストに新たな一面が明らかになって、なんか色々と気疲れしてしまった。
それを察してくれたのか、メフィストは良いカフェがあると言って私も案内してくれた。
そのカフェは外の様子が良く見える、オープンテラスとなっていた。
「私、カフェ初めてなのですが・・・」
「え?そうなの?一国の王子より世間知らずって面白いね」
「申し訳ないですね、世間知らずで」
「ごめんって、拗ねないでよ。寒かったし、疲れただろう?ここ、ホットレモネードが美味しいんだよ」
そう言うとメフィストは慣れた手つきで店員に、お勧めしてくれたホットレモネードを注文した。
珈琲やお茶を始めとする軽食や、カクテルなどの酒を提供する場所。
それがカフェなんだとロジャードは言っていた。
というか、なんでロジャードがカフェに行けて私はカフェに行けなかったのか!
今度お忍びで行ってやろうかしら。
そう言えば、メフィストは街の調査で行くって言ってたけど、私が見る限りそんな様子はない。
というか、見た感じただただ私を街観光にさせてる感じがしてならない。
「メフィスト様・・・あの、偵察は宜しいのですか?」
「え?あはは~大丈夫、ちゃんとやってるよ。一応色んな情報が入ったよ」
「情報?」
「うん。例えば、今この首都で流行してる黒魔術について、とか」
「黒魔術・・・やはり、本当なんですね」
「まぁね。でも多分黒魔術を流行らせてるのは、王族の血を引く貴族だろうね」
「魔力は王族にしか受け継がれないものですものね」
そう、この国では魔力を持つ者は限られている。
それは王族か、その王族に血を引く貴族たちだ。
しかし明確に魔力の血筋が現れるのは王族のみであり、血を引く貴族たちには不定期で魔力保持者が現れる。
魔力保持者は生まれながら魔力を開花させていたり、死の間際になって開花する者、そして死ぬまで自分の魔力の開花に気づかない者もいる。
ちなみに私達ラピスラズリ家も、一応王族の血を引いている公爵家。
つまりアンタークとはめちゃくちゃ遠い親戚なのだ。
しかし、ラピスラズリ家が公爵家となって数百年たったが魔力が開花したものはいないらしい。
「けど、本当に黒魔術なのかどうかも怪しいけどね」
「どういう事ですか?」
「黒魔術が、本当に魔術として成立しているのか。それとも所謂一種の願掛けみたいなもので、確実に成立していないものかもしれない」
「・・・つまり、貴族であるかどうかも分からない、という事ですか」
「そう言う事。でも上の人間たちは、魔力保持者の貴族の仕業と睨んでる。ブラックローズ帝国は数時間事に新しい黒い噂が出る。だから生半端な黒い噂だと、この国じゃ噂は噂として成り立ちもしないんだよ」
メフィストはそういうと店員が運んできたホットレモネードを口に含んだ。
私もさっき飲んだが、確かにここのお店のホットレモネードは凄く美味しい。
というか、自分の国には黒い噂が多いって事自覚していたのも驚きだ。
ちゃんと理解していたんだ。
「噂を確立させたいんなら、人々が噂したくなるような事実を見せつける必要がある。そして今回はどうやら、その噂が確立されたらしいね。国中だけじゃなくて、シフォンちゃんが知ってたって事は他国にまでその噂が回ってる。今回の噂が中々手強いね」
「・・・・・」
「怖い?」
「少しだけ・・・でもメフィスト様、どうかご無理だけはなさらないでください。勇気と無謀は違いますから」
「・・・あははっ驚いたな。まさかシフォンちゃんに心配されるなんて」
メフィストは少し豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていたが、子供みたいな笑みを浮かべた。
私が人を心配したらいけないのかしら!というか、私どれだけ非道な人間だと思われるの?!私だって人の心配ぐらいするわ!
まぁ、前世の私は人の心配より自分の心配をするばかりの令嬢でしたけどね。
そんな私を余所目に、メフィストは一通り笑い終わると席を立った。
「よし!じゃあ怖がらせちゃったお詫びに、最後に良い所に案内するよ」
「良い所?」
「うん。ブラックローズ帝国の遺産の一つ、シュメッターリング城に案内してあげるよ」
シュメッターリング城・・・つまり、ラムと一緒に見た蝶の城?!




