お忍びデート!ですわ
「また会えて嬉しいよシフォンちゃん」
「うふふ・・・御冗談を」
美しい顔に刻まれるその笑顔は、何も知らない女性ならばときめいたり、恋に落ちてしまったりするほど綺麗な顔をしている。
けど、メフィストの裏の性根を知っている私としては、その笑顔は何処か胡散臭い物に見えてしまい素直に乙女のような反応が出来ない。
これで性格も良かったら良いのだけれど。
個人的に皆と仲良くして行きたいが、この男は仲良くなったりお気に入り枠に入ってしまえば『苦痛に歪んでる君は最高に可愛いんだ』って言って恍惚な表情を浮かべ殴ってくる。
前世の小説では人気だったようだが、どうにも私はいけ好かない。
取り敢えず、このブラックローズ帝国はメフィストの手の平。下手に動けば、面倒臭い事になりそうだ。
この国にいる間は、愛想笑いでやり過ぎよう。
ニコリと分かり易い愛想笑い浮かべると、何故か知らないがメフィストは軽く笑うとすぐさま父様とロジャードの方に向き直り何時も通りの胡散臭い笑みを浮かべた。
「ようこそ、ブラックローズ帝国へ。アーサー・リュカ・ラピスラズリ公爵、ロジャード・アリス・ラピスラズリ公爵子息。そして、シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ公爵令嬢」
「これはこれは、王子が自らお出迎えしてくださるとは光栄です。メフィスト・ゲーテ・オブシディアン王子」
「父上に命令されちゃいましたから。まぁ僕が任されたのは出迎えだけですから、あとは彼女達が案内致します」
メフィストは肩を窄めて笑うと、私達の後ろを見つめていた。
ロジャードと共に振り返ると三人の同じ顔をした女性が足音を立てず礼儀正しく私達の後ろに控えていた。
クラシカルのメイド服がよく映える白い肌に、真っ黒な髪の毛を持つ綺麗な人たちだ。
目の中に闇を埋め込んでいるのかな?と思うほど、彼女達の瞳は黒くハイライトが全くなくて身動き一つ取らない為、まるで等身大の蝋人形のようだ。
「何時の間に背後に・・・」
ロジャードが口元を引くつかせて驚いている様子を見て、私も此処が人前じゃなかったら腰を抜かして床に倒れ込んでいただろう。
あぁ、ビックリした。
しかし彼女たちは真顔でこちらを見つめるばかりで、ロジャードの問いには答えなかった。
「彼女達は三つ子のメイドさん。ほんとに無口でコミュニケーションを取るのは難しいけど、仕事はちゃんと出来るから」
「はぁ・・・」
「紹介しますよ。彼女達を唯一見分ける方法は、髪型。ポニーテールしてる方が、三つ子の長女ヴェール。その隣で三つ編みをしてる方が、次女ルーチェ。そしてその隣でショートカットにしてる方が、三女シルヴィです」
紹介された三人の三つ子達は、深々と私達に向かって頭を下げた。
「「「では、ご案内させて頂きます」」」
三人のメイドたちは、息ピッタリそう言うとロジャードや父様の荷物を預かり、部屋まで案内してくれた。
真っ直ぐ続く廊下は、黒や紺など暗い色を使っている為昼間だというのに何処か薄暗い。
一定間隔で足元を照らしてくれる蝋燭があるからこそ、何も確認せず歩けてはいる。
ブラックローズ帝国の国家カラーは何といっても、光を全く通さない漆黒だ。
その為ブラックローズ帝国は暗いイメージがついており、そのせいか他国民が観光目的でブラックローズ帝国にやってくる事は少ない。
しばらく歩いていると、メイドたちは立ち止まり長女だと言っていヴェールがポケットから一つの銀色の鍵を取り出した。
その鍵で、扉を開けて中に入ると、豪華絢爛な装飾が施された、所謂応接室だという事が分かった。
「長旅でお疲れでしょう。国王陛下がいらっしゃるまで此方でお待ちください」
「紅茶と、ブラックローズ帝国名産のローズクッキーをお持ちいたしますので、どうぞご試食くださいませ」
「そして・・・シフォン様」
「は、はい!」
メイドの三つ子の三女、シルヴィが私の方を急に向き直って名前を呼んできた。
え、私何かしてしまったのだろうか。
今の所「うふふ、御冗談を」しか喋ってないんだけど。
「メフィスト王子より、仰せつかっている事がございます。どうぞ別室へ」
「別室・・・」
「大丈夫です。ただ少々お着替えをしてもらうだけですので」
着替え?!
え、まさか私の今着ている服が、この国にあっていなかった?!いや、そんなはずは・・・。
ランファが選んでくれた服だし、博識な父様も「素敵な服だ」と言って褒めてくださった物。
もし非常識なものだったのであれば、ランファやロジャードが止めていたはず・・・。
「御混乱なさるのも当たり前だと思いますが、どうぞご理解を。さぁこちらへ」
「え、えぇぇ!」
頭の中パニックになっていると、シルヴィは私の背中を押してさっさと応接間室から追い出されてしまった。
一体私が何をしたと言うのか・・・。
そう思いながらシルヴィの後ろを歩いていると、シルヴィはある扉の前で止まり、コンコンッとノックをした。
「シルヴィ・ゴールドステイン。御命令通り、お連れ致しました」
「うん、どうぞ」
中から聞こえてきたのは、あのメフィストの声で。
ご命令通り・・・つまり私をここへ呼んで連れて来いと言ったのはメフィストだったの?
シルヴィがドアを開けると、そこにはソファーに座って呑気に紅茶を飲んでいるメフィストの姿だった。
メフィストは私の姿を確認すると、ティーカップをソーサーに戻し此方へ近づいてきた。
「また会えた」
「あの、どうして私を・・・」
「そんなに怯えないでよ。取って食おうってわけじゃないんだからさ。ほら座って座って。シルヴィ、彼女に紅茶を」
「畏まりました」
メフィストに手を取られるまま、私はソファーに案内され座らされた。
シルヴィは私の分の紅茶を準備するのに忙しいようだ。
というか、怯えないでよと言われても意味も分からないまま、一国の王子と対面させられているのだから、怯えるだろう。
シルヴィに出された紅茶を軽く飲んでいると、メフィストは何故か此方を見てニコニコしている。
「シフォンちゃん、僕と一緒に街に行かない?」
「・・・・なぜです?」
「今日視察するのは、都市じゃなくて地方都市。今回シフォンちゃんは父上や兄上の連れ添いでしょう?視察の間、暇だと思って」
「それは・・・でも、メフィスト様もお忙しいでしょう。一国の王子として」
「大丈夫。今回の視察は父上である国王陛下と、その右腕の近臣だけ。僕は今回視察には加わらない」
「しかし、私は婚約者にいる身です。メフィスト様にそのような気がなくても、年頃の男女が二人で歩いていれば良からぬ噂がたちます」
「わぁ、シフォンちゃんも一応そういう事気にしてるんだね」
メフィストは、目を細めて可笑しそうに笑った。
いけ好かない男、胡散臭い男だと思っていても、このメフィストの目に突き刺すような美貌は何時だって心を騒がしくさせる。
それが例え、自分が理解していなくても無意識にときめかしてしまう。
落ち着きなさい。
この男は小説内でリリーの事を殴り飛ばして、その苦痛に浮かぶ顔を「可愛い」と評した男。
そう自分に言い聞かせて、自分の意思とは関係なくときめく心臓を冷静にさせた。
「その事についても心配ないよ。なんたって変装していくんだから」
「変装?」
「うん。だってさ、考えてもみなよ。自分の国の王子が『この国に何か不満ある?』なんて言われても、本当に思ってる事なんて返って来ないよ。下手な事を言ったら死刑になるって怯える・・・でも、旅人やちょっと金持ちの子供を装えば、話してくれるんだよ」
「・・・ちゃんと王子やってるんですね」
「わぁひどーい」
肩を窄めて、心外だと言う風に笑うメフィストは立ち上がり、私が座っていたソファーに腰を掛けた。
私の言う事全てに対して、まるで答えた用意されているように返してくるメフィスト。
きっと頭が良く回るのだろう。
「シフォンちゃんにとって良い暇つぶしになると思うよ?ブラックローズ帝国の名所も案内するしね。僕は王子としての仕事も果たせるし」
「・・・拒否権は」
「一国の王子に対して、公爵令嬢に拒否権?」
「ないですよね・・・分かりました。付き合います」
いくら次期リキュア国の王妃だとしても、私は今はただの公爵令嬢でしかない。
私の持っている権力は、所謂父様の物であり、父様の権力のお零れ程度。
身の丈に合わない権力を振りかざせば、何時の日か自分に代償として返ってくる。
前世の私は、それに気づかず権力を振りかざし、その権力の代償を身を持って体験した。
私の持ってる権力は、きっとメフィストの雀の涙程度なのだろう。
まぁ別に、悪い話でもない。ただのブラックローズ帝国の観光だと思えば気が楽だ。
私が了承したのを見届けると、メフィストはシルヴィに命じて私とシルヴィは別室へ移動した。
移動すると、シルヴィはクローゼットから一着の黒いクラシカルなワンピースを取り出した。
その間、最初に紹介された通り、シルヴィは必要以上の会話をしてこなかった。
「袖を通してください」や「後ろ、失礼いたします」や「サイズは如何でしょうか?苦しくありませんか」などという事務的な会話はしてきた。
逆に私は、その事務的なシルヴィの会話に対して、一々驚きながら返答をしていただけだった。
一通り服や靴などを着替え終わると、シルヴィによって金で装飾されたドレッサーの前に案内された。
「髪の毛もセットするの?」
「はい。シフォン様の髪色は、ブラックローズ帝国では目立ちますので、アップにしてベルジェールハットで隠せばいいと、メフィスト様からご提案されました」
「メフィスト様が・・・」
「はい・・・シフォン様。メフィスト様はあまり思っている事を正直におっしゃる方ではないので、誤解する事もあるやもしれませんが、メフィスト様は周りの事を良く見て考えていらっしゃる方です・・・ですから、その・・・あまり誤解なさらないでくださいませ」
「シルヴィ?」
シルヴィはそれだけ言うと、黙々と私の髪の毛を纏め上げると、上質なシルクで出来た白いベルジェールハットを被せ、顎の下に紫色のリボンを回して固定すると、右側に飾りとしてつけた紫色の赤色のアネモネが微かに揺れた。
そしてシルヴィは棚から、綺麗な刺繍が施された紫色のストールを取り出した。
「外は冷えますので、こちらのストールをお使いください」
「有難う」
シルヴィはそのストールを、私の肩に優しく掛けてくれた。
とても可愛らしいけど、何故か色合いに違和感がある気がする。
けどその違和感が一体何なのか分からなかった。
分からないまま、私はシルヴィに案内されメフィストの元へ向かった。
メフィストの服装も、さっきまでの王子の礼服ではなく、普段着用の服装に変わり黒いマントを身に纏っていた。
「わぁ~可愛い。僕の見立て通りだね」
「有難うございます・・・」
イケメンと言うのは、本当に得なものだと思った。
地味な格好をしていても、それなり・・・否、それ以上に見えて似合ってしまうのだから。
それよりも、私は気になる発言があった。
「今、僕の見立てとおっしゃいました?」
「そうだよ?今君が着ている服は、僕がデザインして、それを洋裁店に注文したものだからね。君が身に着けてる帽子から、靴までぜーんぶ僕がデザインした物なんだよ。うんうん、やっぱり僕のデザインって素晴らしいね」
「そんな才能が、おありだったんですね・・・」
まさか、頭の天辺から足の爪先まで全てメフィストのデザインだったなんて。
小説ではそんな設定なかったはずなのに・・・やっぱり小説内と現実では多少の誤差があるのだろうか。
私が心底驚いたような顔をしていたからか、メフィストはクスクスと小さく笑った。
「そんなに意外そうにされるとはねぇ・・・こう見えてもブラックローズ帝国の流行を作ってるの僕なんだよ?ほら、一年前に流行ったスカートに透け感のあるチュールを何枚も重ねたドレスが流行ったでしょ?あれデザインしたの僕なんだよ」
「まさか!大陸中の令嬢達が挙って身に纏ったチュールドレスのデザインが・・・?」
一年前、ブラックローズ帝国のリーゼロッテ王妃が夜会で身に纏ったチュールを何枚も重ねた漆黒のドレス。
リーゼロッテ王妃の白い肌を引き立たせたそのドレスは、チュールドレスと呼ばれ挙って多くの令嬢達はチュールドレスを身に纏ったのは記憶に新しい。
かという私も、流行という言葉には令嬢の性というもので逆らえずチュールドレスを3着ほど作らせた。
そのチュールドレスをデザインしたのが、この目の前にいる男メフィスト?
けど、このチュールドレスを最初に身に纏ったのは、このブラックローズ帝国のリーゼロッテ王妃。
つまりメフィストの母親だ。
令嬢達は「流石はブラックローズ帝国のリーゼロッテ王妃。雇っているデザイナーが違うのね」とお茶会の度に話していたが、まさかそれがデザイナーではなくリーゼロッテ王妃の実の息子であるメフィストだったなんて、誰も思わないだろう。
「そうだ、君の結婚式のドレス。僕にデザインさせてよ」
「ウエディングドレスをですか?」
「うん。綺麗なドレスをデザインするよ?」
ウエディングドレスをこの男に・・・?まぁでも別に服を作らせるわけではないし、デザインぐらいなら別にいいのかな。
この世界の常識は、男性の服は男性が、女性の服は女性が作るのが当たり前。
まぁ内職程度で妻が旦那の服を、妹が兄の服と見繕う事があるけど。
「・・・・・まぁその隣に立つ男が、アクアとは限らないけど」
「何かおっしゃいました?」
「ううん?なぁんでもないよ。さっ行こうか」
メフィストは腕を差し出した。
やはり一国の王子、レディファーストというものが分かっているようだ。
こんな顔の良い人の腕なんて正直言えば掴みたくないし、歩きたくもないけど。
控えめにメフィストの腕を取ると、少しだけメフィストは笑った。
「まっ、今はこれで良いかな」
「何がです?」
「なぁんでもないよ~」
「さっきからそればっかり言ってますね。なにか怪しいですよ」
「気のせい気のせい」
メフィストは面白そうな笑顔を浮かべると、私とメフィストは城の裏口からコッソリ抜け出した。
一体、どうなる事やら。




