ブラックローズ帝国編スタート!ですわ
「憂鬱だわ」
「憂鬱そうにしてるお嬢様もお素敵ですよ」
「ラム、そういうの良いから」
「申し訳りません」
ブラックローズ帝国へ行く日程が決定した途端、私はほぼ魂のない人形のように日々を過ごした。
闇の王子メフィストは、個人的にあまり関わりたくない人物だ。
前世小説を読んでいても、あんな歪んだ人物は絶対に嫌だ。死んでも嫌だ。
ああいう人は、小説で読む分には良いのだろう。
百歩譲って。
けど、よく考えてほしい。
あんな暴力を常日頃から使いそうな男の恋人や婚約者になったら大変だ。
真面に人間と話せなくなる。
真面な思考が出来なくなる。
だって恋は盲目だから、自分が可笑しくなってる自覚なんて出来ない。
まぁ、実際私がそうだったから言える事でもある。
恋は人を変える、良い方にも悪い方にも。
ちなみに今回ブラックローズ帝国に向かう編成は、前の馬車に父様とロジャード。
真ん中の馬車に私とラム。
そして後ろの馬車にランファと、私の専属メイド見習いとなったリリー。
後はまぁ護衛とか、執事など。
「そういえば、ラムはいいの?」
「何がです?」
「ほら、あなた近衛騎士長に出世したじゃない。そんな重要な立場にいる人間が・・・別に他の騎士でも」
「お嬢様、確かに私は近衛騎士長に出世しました。しかし、私は近衛騎士長である前にシフォンお嬢様専属の騎士なのです。近衛騎士長の職務より、シフォンお嬢様を優先するのは当たり前です」
「ラム・・・・あんなに浮かれてたのに?」
「給料3倍ですから」
真顔で裏事情を暴露したラムに、思わず笑いが込み上げてきた。
本当にこの男は、何時まで経ってもこういう男だ。
まぁ給料3倍になって、顔立ちもそう悪くないのに奥さんどころか女っ気一つもないのはどうなのだろうか、そういうと何時もは糸目のラムの目が見開かれて、ジッと此方を睨みつけて来るのできっと彼も気にしているのだろう。
今度女性を紹介してあげましょうか?といってあげたいが、そう言えば私エリザ以外に女友達いないんだった。
そう、私はコミュニケーション能力皆無。
「おや、お嬢様。そろそろブラックローズ帝国領地に入りますよ」
「あーあー!お家帰りたい」
「そんな事おっしゃらないでくださいよ。よし、お嬢様。まだ少し早いですが、おやつにしましょう?」
ラムは宥めるようにいうと、籠からお菓子を取り出した。
まったく、私はお菓子で気分を直すと思っているのかしら?お菓子如きでは私の帰りたい欲求は収まらなくてよ?
「美味しい~~」
「まだまだ沢山ありますよ」
負けたよ、お菓子には勝てなかった。
さすが料理長が作ったクッキーだ、サクサクしてて口の中で広がるバターの風味が絶妙。
ラピスラズリ家専属のショコラティエが作るチョコレートも美味しいし、ランファが作ってくれたマドレーヌも絶品。
すると、私の頭にある予言のような物が過った。そう、それは紫色の豚のように太った私の姿だった。
「こんな美味しい物に囲まれて食べていたら、私は豚のように肥えてしまうわ!」
「多少肥えてもお嬢様は可愛らしいと思いますが」
「お世辞は結構」
まだ口をつけていない手に取っていたクッキーを、私は籠の中に戻した。
こ、こんな美味しい物を食べていたら、確実に私は豚のように肥えてしまう。
駄目よ、シフォン。
自分をちゃんと律するの。
太ったら確実に、メフィストに馬鹿にされる事が目に見えている。
「ラム、私は公爵家の令嬢なのよ?見目美しい令嬢は、取り引きの中で良い材料にもなる。何より美しい令嬢は、それだけ自分の美しさに掛けるお金があるという家の余裕を見せつける。令嬢の美しさと家の権力を比例すると言っても良いのよ」
「はぁ・・・そういうものですか。男の僕には分かりません」
「まぁ、女性の美貌は男が思っているより厳しいの。それだけ分かってなさい」
しばらくラムと他愛のない話を続けていると、だんだんブラックローズ帝国の首都に近づいてきたのか街並みが変わってきた。
窓から街並みを覗き込むと、お世辞にも活気が良いとは言えなかった。
「観光国家のリキュア国や、メピュア国とは違うわね。首都の街だというのに・・・」
街の人たちは暗い顔・・・というわけではないが、笑顔を浮かべている者は少ない。
女性も男性も、子供もどこか厳格な顔をしている。
その国民性が現れているのか、建物がリキュア国やメピュア国では見られない造りだった。
空高く伸びる一つの建物。教会かしら?
「あれは一体・・・」
「シフォンお嬢様。あれがブラックローズ帝国の遺産の一つ、シュメッターリング城ですよ」
「え?なんて言ったの?」
「シュメッターリング城。確かこの国の言葉で、蝶の城という意味だったかと」
蝶?!
蝶ってあの可憐の代表みたいな虫の事?
どこが一体蝶なのかしら。
それにしてもこの国の建物は、なんというか厳つい物が多いような気がする。
この国に来る前、父様が確かブラックローズ帝国について教えてくれた。
「確かああいう建物の事を、シュタイン建築というのかしら」
「さすがお嬢様。正解ですよ。ブラックローズ帝国はシュタイン建築の本場。建築だけではなく、彫刻や絵画を含めた様々な芸術で構成し、複雑さや多様性を示すことを特徴です。彫刻も彫が深く、重厚感があるんですよ」
「詳しいのね」
「調べて参りましたので」
自慢げにラムは微笑んでいたが、何故だろう。
ただの近衛騎士にしとくの勿体ないような気がしてならない。
近衛騎士というだけで、同じ場所に乗ると言うだけで。
わざわざ此処まで調べつくして教えてくれる騎士がいるだろうか。
いやいない。
「お嬢様は昔から色々と好奇心がおありでしたから。そう、色々と」
「その色々に沢山の意味が込められてそうね」
「気のせいですよ」
普通このような言い方、主人に対して何事だと怒鳴り散らす公爵令嬢も少なくはない。
小説に出てくるシフォンや、前世の私がそうだったように。
けど、なんというか幼少期から世話をしてもらってるラムや、何というか人生二回目で吹っ切れているからなのか、ラムの言動や多少の失礼な事を失礼で返す事が出来るようになった。
強かなのか無礼なのか。
というかメフィストも結構そんな感じだったような気がする。
「賑やかになってきたわね」
「どうやら、首都の中でも最も活気のある中心街フンケルン市のようですね。まぁでも活気があって治安も安定していますが、怪しい魔術なども横行しているそうですから」
「怪しい魔術・・・」
「何でも黒魔術の一種ではないか、という噂です」
黒魔術。他人に危害を与えたり、自分の欲求や欲望を満たす為悪魔と契約して自分の命や他人の命を引き換えにそれを遂行する術。
こんな活気のある街でも、そういう人間の闇が見え隠れする。
そういうのが普通に当たり前に行われていた国だと父様に聞いた。
なんでも一昔前では、魔女狩りの絶頂期を迎え村の三分の一の女性が魔女と言う汚名を着せられ、生き埋めにされたり、火炙りの刑になったという。
そう言えば、小説『リリーと魔法の王子様』でもリリーがブラックローズ帝国で黒魔術の事件に巻き込まれたような話があった気がするけど・・・なんだっけ?まぁいいか。
「良い国か悪い国か。それは私達が決める事じゃない。決めるのはこの国に住んでいる国民たち。分かって入るけど、客観的に見て、私はこの国で生きていける自信がないわ」
「え?普通に自給自足してそうなんですが」
「ラム、あなた一体私をなんだと思っているの?」
数分すると、馬車が止まった。
つまり、ブラックローズ帝国の城についたというわけだ。
大きく深呼吸をすると、重い音を立てながら馬車の扉が開かれた。
普通なら眩しい光が差し込むが、ブラックローズ帝国は曇っているみたいで影が弱い。
先にラムが降りると、私が降りやすくするため手を貸してくれた。
ラムの手を借りて降りると、目の前に奴がいる事が分かった。
「・・・お出迎え感謝いたしますわ。メフィスト様」
「いらっしゃいシフォンちゃん」
闇の王子、メフィスト・ゲーテ・オブシディアン登場。




