5人の王子様!ですわ
主要人物であるリリーとアンタークについて纏め終った私は、ペンを置いて一息つくことにした。
白紙だった紙には、私が殴り書きした『リリーと魔法の王子様』についてで埋まっていた。
知らない人が此れを見れば、可笑しなお嬢様だと思うでしょうね。
そして、私は再び紙に目を落とすと『光の王子』という言葉が目に入った。
そういえば、この小説の中ではアンターク以外にも『○○の王子』と言われる王子が登場していた。
彼らについて纏めておくのも良いだろう。
私はそう思い、再びペンを握りリリーとアンタークの事で埋まってしまった紙を、端に避けると引き出しから新しい紙を取り出し、再びペンを走らせた
まず一人目は、『光の王子』アンターク・ミュゼット・シュタイン。
光の魔力を持ち、その魔力は国に一人いれば良いと言われる程希少な存在。治癒を行ったり、鋭い閃光を放つなど応用力にも長けていた。
次は二人目、『炎の王子』と言われるアレクサンダー・レッド・ルビー。
炎を操り、威力だけ見ればアンタークをも上回ると噂される魔力。面倒見も良く兄貴肌だが、少々煩い人らしい。
確か情熱の国と言われる暑い国の王子だった気がする
三人目は、『水の王子』と言われるアクア・ガブリエル・マリン。
水を操り、アレクサンダーの国とアクアの国は昔争い合っていた仲だったらしい。しかし小説内ではあまりギスギスした様子ではなかった。
四人目は、『守護の王子』と言われるウィル・アゲート・ガーディアン。
守りのエキスパートであり、その盾は万物を貫くと言われる光の魔力の閃光を跳ね返す。5つの国の中立国でもある。
最後の5人目は、『闇の王子』と言われるメフィスト・ゲーテ・オブシディアン。
アンタークの住む国では戦争とまでは行かないが、国単位で仲が悪い事で有名。
結構人気があったキャラだけど、私は病んでると思う。
品行方正の『光の王子アンターク』
面倒見の良く明るい『炎の王子アレクサンダー』
基本無口でミステリアスな『水の王子アクア』
穏やかな平和主義者『守護の王子ウィル』
そして、誰にも心を許さず何時も口元に笑みを浮かべ嘲笑っている『闇の王子メフィスト』
「っとこのぐらいかしらね。それにしても『闇の王子メフィスト』なんであんなに人気があったのかしら。結構怖い人だと思うのだけど」
再びペンを置くと、まだ乾ききっていない黒いインクで走り書きされた【メフィスト】という文字を見つめた。
彼の愛情は、猛烈に歪んでいたと記憶している。
彼のモチーフは、歪んだ愛情。
確か読んでいたシーンで、凄く衝撃的な場面があった。
あの場面じゃ読者は引いていくと思っていたが、どうやら前世のお嬢様達は、キャーキャーと言っていた。『ゾクゾクする!』とまで言っていた子もいた
けど、よくよく考えて欲しいのは、あんな男が現実にいたら逃げたくなるに決まっている。
確かあのシーンは、中々心を開かないメフィストにリリーがはっきりとした口調で『私の事が嫌いですか?』とメフィストに質問したのだ。
メフィストはリリーを壁に押さえつけると『一個人的にリリーちゃんは好きだよ。けど、俺のだーい嫌いなアンタークと友好的なリリーちゃんは大っ嫌い』と告げるのだ。
何時ものような軽い笑みは浮かべず、冷たい目でリリーを見下ろすメフィストは、一瞬笑みを浮かべると怯えているリリーの事を殴り飛ばすのだ。
そして痛みと恐怖に歪むリリーの顔を見て放った一言。
『やっぱり、リリーちゃんは怯えてる方が可愛いね。殺したくなる』と発言するのだ。
なんなんだ此の男は!ただの暴力男じゃないか!なんでリリーは態々こんな性格問題アリの男に、自分から近づこうなんて思うのか。
私なら絶対にお断りだ。
でも確か、シフォンとメフィストはそれなりに仲が悪くなかったような気がする。
勿論友好的だとは言えないが、あまりギスギスした言い合いにはなっていなかった。
「まぁシフォンも性格に難があったし、ある者同士なんか通じる物があったのかしらね」
溜息をつきながら再びペンを持った。
リリーと5人の魔法の王子様に書いた私は、もう書くことはないと思ったが、大事な事を書き忘れていた。
それはつまり、私だ。
私、シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ公爵令嬢について私はまったく書いていなかった。
シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ
『光の王子アンターク』の父親が納める王国に住む、広大な土地と権力を持つラピスラズリ公爵の一人娘。
母親譲りに紫色の髪に、父親譲りの青い瞳を持つ8歳の少女だ。
趣味は読書・・・というか前世も私は読書が好きだった。
好きじゃなかったら、『リリーと魔法の王子様』なんて読んでいなかったかもしれない。
一人娘故に甘やかされて過ごし、我儘放題の目立ちたがりな娘に育つ。
8歳の時に両親が決めた婚約者アンタークと出会い、容姿端麗な王子アンタークに一目惚れ・・・うん、8歳の時に出会う?
「・・・今年じゃない!」
ガタッと音を立て椅子から立ち上がると、私は誰もいない部屋をウロウロしながら、必死に冷静になろうと思っていたが、中々冷静にはなれなかった。
「今年?今年、私はアンタークと出会うの?まだ会ったという記憶はないから、きっとこれから会うんだわ。如何しましょう。まだ全然対策とか練っていないのに・・・それに、アンタークとは親同士が決めた婚約者だから、簡単には破棄できない!あぁ如何しましょう!」
「シフォンお嬢様?大丈夫ですか?!」
私の大きな立ち上がった音に心配したのか、廊下で待機していた近衛騎士。
つまり私の側近がノックして私の部屋に入ってこようとしていた。
拙い。
こんな状態を見られれば私は、完全に可笑しなお嬢様という不名誉極まりない異名がついてしまう。
それだけは避けなければならない。
アワアワしていても、一応私にもプライドというものがある。
咄嗟にソファーに座り、近衛騎士を迎えた。
「如何なさいました、シフォンお嬢様」
「ラム。大丈夫よ、ちょっと鳥が大きな音を立てて飛んで行ったから驚いただけ」
紺色の長髪を一つに纏めた糸目の青年。
彼は私が幼少期の頃から仕えてくれている、ラム・ロックという名前の青年だ。
まだ若いのに護衛を任される程、優秀な人材だ。
そして、シフォンはラムの事をそれなりに気に入っていた様子だった。
見た目も悪くないし性格も大人しい彼はシフォンにとって、嫌う要素が一切なかった。
そして自分も嫌われない様に、ラムの前では猫を被っていた。
ラムには最後の最後までばれなかった様だが・・・良いのか近衛騎士。
側近なのに、シフォンの表の顔だけに騙されて・・・。
「そうでしたか。失礼いたしました」
「良いのよ。有難う、ラム。下がって良いわ」
「はい、失礼します」
ラムは綺麗に一礼すると、にこやかな笑みを浮かべ部屋を後にした。
緊張をほぐしながら大きく深呼吸をすると、ソファーに深く腰を掛けた。用紙は見られていないだろうし、可笑しなお嬢様と思われる心配は今の所なさそうね・・・。
ラム・ロック。
確か現在の年齢は20歳だったはず。
出会いは私が5歳、ラムが17歳の頃だったとシフォンは記憶している。
親切で控えめな彼を、幼いシフォンは実の兄の様に信頼し、甘えていた。
無意識に嫌われたくないという感覚もあったのだろうか。
ラムの前でシフォンは一度も、リリーを苛めた事がなかったと思う。
だからこそ、ラムは最後の最後までシフォンがリリーに対して暴力を振るっていたとは思わなかったんだろう。
「そもそも、小説の中ではチラッとでてきた脇役のはずだったわ。それより問題はアンタークとの出会いよね」
顎に手をやり考えるが、私のちっぽけな頭じゃどうやっても上手く回避出来そうにない。
何よりアンタークとは両親が決めた婚約者同士。
拒否する事は難しいだろう。
もし嫌だと言っても、子供だからというだけで終わってしまう可能性がある。
もしも、アンタークと仲良く出来てもメフィストに出会った時どうするの?
メフィストは、光の王子であるアンタークをそれはそれは嫌っている。
と、なればリリーと同じく嫌われるのが関の山。
下手をしたら殴られるかも!
顔に痣なんか出来たら、お嫁にいけなくなる!
まだ痣が原因で婚約が解除されるのは不幸中の幸いだ。
けど、殴ったメフィストが責任取るって事になって婚約者がメフィストになりでもしたら、本当の不幸だわ!
「・・・私に、好きな人がいれば、母様たちは諦めてくれるかしら?」
そんな冷静を失った私がパッと思い付いた妙案とは言えない考え。
けど、今の私にはそれしかない!でも、好きな人って?
一体私は誰を好きになれば良いの?ラム?ラムは駄目だわ、年齢が離れすぎているし、何よりラムとは立場も違う。
言ったとしても駄目とか、寝ぼけていると言われるに違いないわ!
そうなると、立場的に私と同等それかそれ以上の立場の人間だ。
取り敢えずメフィストとアンタークは論外すぎる。
彼らはお互い嫌い合っているし、片方の婚約者になれば面倒な事になる。
それにメフィストは個人的に苦手だ。
だって、女の子を殴り、それを見て笑っているような奴なのだから。
と、なれば後残ったのは、『炎の王子アレクサンダー』『水の王子アクア』『守護の王子ウィル』の三人となる。
王子ばっかりなんて言わないで、知り合いがそのぐらいしかいないのよ。
炎の王子アレクサンダーも悪くない。
燃えるような赤髪に金色の瞳、グリフィンを思わせる意志の強い瞳は前世でも、多くの令嬢を虜にしていた。
水の王子アクアは、個人的に一番いいと思う。
透き通る様に白い肌、白銀色の髪の毛。
水色の瞳に甘い顔付きは年上のお姉様方にとても人気があった。
そして最後は、守護の王子ウィル。
ミントグリーンの髪の毛に、雪の様に白くきめ細かい肌。
淡い紅色の瞳を持つ、触れれば散ってしまいそうな程の儚げな美少年らしい。
そう言えばウィルの住んでいる国は永久の中立国だったわよね。
アレクサンダーとアクアも昔は戦争をしていた仲。
もし何かあった時不味いかもしれない。
でも、中立国であるウィルであれば争いが起こっても大丈夫なはず・・よね。
勿論完全に安全と言うわけではないだろうけど、ウィルの『守護の王子』シールドの操る魔力を持つ。
守りとしては他にない理想的な人物だ。
「決めましたわ・・必ずアンタークとの婚約を破棄し、ウィルと婚約してみせますわ!」
あ、でもウィルって凄い儚げな美少年なのよね・・・隣に立っても恥ずかしくない様にしなくっちゃ
これが、私の短期目標が決まった瞬間だった。