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サフィラスの作品!ですわ

「兄さん、兄さん。展示会の会場に到着したよ」

「んぁ?あぁ、もうか・・ふぁぁ」


兄さんは大きな欠伸をしながら、目を覚まし手の甲で猫の様に目元を擦っていた。


私の面倒か長距離移動、恐らくは前者だとは思うがそれに疲れて兄さんは眠ってしまった。


その間私は詩集を読んだり、母様から提示された乗馬許可への条件である数学の問題の復習をしたりしていた。


「おはよう兄さん」

「おはよう・・・悪かったなシフォン。退屈だったろ?」

「平気。本読んでてたから。それに、兄さんの寝顔可愛かったし」

「あーもう・・・お前はほんと人の斜め上の発言をするな」

「兄さんもよくしてるよ」

「俺は男だから良いんだよ。ほら降りるぞ」


兄さんは私をエスコートしながら、馬車から降りた。


太陽の日差しに少し目をくらましながら、兄さんに手を引かれ私は展示会の支配人の元へ向かった。


白い石で作られ、とても細かな彫刻が施されている、この大きな美術館。

その一角を貸し切って今回サフィラスの作品を展示するらしい。


中に入り、辺りをキョロキョロと見渡す私に対して兄さんは慣れた手つきで私を引っ張り一人の男性の元へ向かった。


そこには白いちょび髭に、翡翠色の瞳、執事服に身を包んだ恐らく60歳ぐらいの初老の男性が立っていた。


その男性は我々を見ると否や、にこやかに微笑んで私達に目線を合わせるように膝を付いた。


「ようこそいらっしゃいました。ロジャード様。おや、そちらの方は・・」

「初めまして。私シフォン・ルルーレ・ラピスラズリと申します。ロジャードの義理の妹です。この度は兄と共に、サフィラスの作品を閲覧させて頂こうと思いまして」

「それはそれは、シフォン様。よくぞいらっしゃりました」

「俺が分家で、シフォンの家が本家でな。シフォンの家には跡取りがいないから、俺が養子として入ったんだ」

「そうでしたか・・・この度は見つかったサフィラスの作品だけではなく、リキュア国の美術館からお借りしたサフィラスの作品なども展示しております。どうぞご存分にお楽しみください」

「有難う。シフォン、この人はカーティス。サフィラスの作品の全ての管理を国王から任されている人だ。俺もサフィラスの作品は良く見に行くから顔馴染みなんだ」

「国王から・・・」

「いやはや、このような老いぼれに国の宝ともいえるサフィラスの作品の管理を任せて頂けるとは、幸せに御座います」


カーティスは本当に幸せなのか、心からの笑みを浮かべていた。


きっとこの人は、兄さんと一緒でサフィラスの作品が好きで、誇りでもあるんだろう。


大人は何時も貴族同士のドロドロとした微笑み合いしかしない物だと思っていたが、それなりの高い立場にいるこの人は、そんな野心を一切感じさせない。


そこにあるのはサフィラスの作品を愛すという心だけ。


「兄さん、いつまで私の手を握っているの?」

「シフォンはこの美術館初めてだろう?ここめちゃくちゃ広いからな、迷子になると簡単には探せない。だから手を繋いどかないと」

「むぅ・・・」

「あっはっは、仲の良い御兄妹ですな。私の孫にも見習ってほしいです」

「お孫さんがいらっしゃるんですか?」

「はいシフォン様。一応私カーティス・インカローズは、伯爵の地位にいるのですが、孫娘のエリザベータは婚約者と会えば喧嘩の毎日でして・・・仲良くしろと言っても、遺伝子レベルで争うように出来ているレベルでして・・・」


カーティスさんはお恥ずかしいと言いたげに、微笑んだ。


つまり、カーティスさんは私達のように異性同士が仲良くしているのが珍しいのだろう。


逆に私達は、そこまで喧嘩出来る方が凄いと思うけど・・・


同性同士でも異性同士の喧嘩はする時はするだろう。

逆に同性同士のほうが喧嘩は多いような気がする。


異性同士は、力の差や喧嘩の仕方がバラバラだ。

女は言葉を使い、男は力を使う。

しかし同じ性別の人なら喧嘩の仕方は同じだ。


姉妹は相手の駄目な所にここぞとばかり付け込み嫌味を言い、兄弟同士なら殴り合いの喧嘩だろう。


「喧嘩するほど仲が良いとも言うし、大丈夫だろうよ」

「そうだと良いんですがねぇ・・・有難うございますロジャード様。さぁさぁサフィラスの作品はあちらに」


カーティスさんは話をうまく区切ると、私達をサフィラスの絵が展示されている一角へ案内してくれた。


そこにはサフィラスの作品を見に来た偉い人達が、真剣に美術作品を見ていた。


カーティスさんの案内で、私達はサフィラスの作品を見て回った。


どっかで見た事あるような作品に、初めて見る作品。


本当にこれ芸術なのか?と疑うほどの作品などが溢れており、所々心無い発言をしそうになったが空気を読んで黙っておいた。


この作品なんか、私でも描けそうね・・・正直。


私が今見ている作品は【アウローラ~夜明け~】という名の作品だ。


サフィラスは風景画も好んでいたらしく、幻想的な浮世離れした作品から現実味溢れる実際にある場所を描いている作品もある。


私はどちらかと言えば天使とか女神とかそんなのじゃなくて、風景画とか何気ない日常の一コマの作品の方が好きなのだが、一般的に見れば幻想的な絵の方が価値は高いそうだ。


芸術家の人の感性って、一般の人より斜め上を行っているからよく分からないのよね。


兄さんの方とチラッと見れば、目をキラキラさせて絵を鑑賞している。


よく分からないけど、こういうのが好きな人にとって堪らないんだろうなぁと他人事のように思っていると、兄さんが何かを発見した。


「シフォン、シフォン、あれ見てみろ!」


美術館であることを考慮しているのか、いつもより小さな声で私の耳元で囁いた。


何事だと思い振り向き兄さんが指差している方向へ目をやると、私でも知っている作品が威風堂々と飾られていた。


「アマデウス・・・神に愛された者」

「ほらもっと近くで見よう。シフォンは初めて見るだろ?」

「う、うん・・兄さんは見たことあるの?」

「サフィラスの作品を見に行けば、必ず飾られている名作中の名作だぞ?もう5回以上は見た」


兄さんは本当に楽しそうで無邪気な笑みを浮かべながら、私をアマデウスの前へ引っ張って行った。


私の倍はありそうな程の大きな額縁に収められた作品。

本で見た通り、数人の天使が一人の少女を抱き上げ天へ昇って行く。

女性は名残惜しそうに地上へ手を伸ばし涙を零している。


「どうでしょうか。シフォン様」

「カーティスさん・・・本で見た通り悲しそうな絵ですね」

「悲しそう?何故そう思われるので?」


カーティスさんは優しく微笑みながら私を見てきた。

何故って・・・そりゃあ。


「泣いているから。神様に愛されるのって多分、幸せじゃないと思う」

「シフォン様も、ロジャード様と同じことを申されるのですねー。まぁ私もこの作品は決して幸せな感情ではないと思っておりますが・・・」

「でも、これが綺麗なんでしょう?」

「人は綺麗な物に惹かれます。これを綺麗と思うという事は、人は絶望や失望した時が一番美しいという事でしょうな」


カーティスさんは人の良い笑みを浮かべながら、そんな事を告げた。


人は絶望や失望した時が一番美しいのか。

なんか分かる気がする・・・どんな時代でも悲劇の作品は多くある。

それはつまり、人が悲しみや苦しみに魅入られているからだろう。


というか今私が精神年齢20歳だから良いとして、普通8歳の子供にこんな話をするだろうか。


「なぁカーティス。見つかったサフィラスの絵画、見せてくれよ!」

「かしこまりました。こちらですよ」


カーティスさんが案内してくれたのは、作品の中でも特に奥の方だった。


兄さんに手を引かれ私は、兄さんと共にカーティスさんの後ろをついていった。


すると盗難防止の柵があり、その奥にその絵はあるらしい。

しかし、私の身長では背伸びしないと見えず、柵に手を掛けグイッと踵を浮かせ爪先に体重を掛ける。


何とか見ようとするが、あまりしっかりとは見えず何処かむず痒い。


「兄さん、抱っこ」

「ん”ん”ん”!!可愛い・・・!」


腕を上げて抱っこを兄さんに催促する。


こういう時は、兄さんの妹甘さは本当に役に立つと思う。

利用している?使える物は使わない方が残酷じゃない。


兄さんは私を抱っこして、私に作品を見せてくれた。

私の身長は125㎝でこの柵は約130㎝程。兄さんの身長は150㎝ぐらいと少し高めだ。


兄さんと私は約25㎝の身長差があるのだ。


そして私は、兄さんが見ていた作品の方に目をやった。


「パトリア・ジェミニ、という題名の作品です」

「・・・祖国の双子っていう意味だな」

「その通りですロジャード様。これはサフィラスが祖国であるメピュア国で描いた作品だと思われます」

「この双子は実在した子たちなの?」

「それは分かりませんシフォン様。彼の中の幻想なのかもしれないし、実在した子なのかもしれませんね」


双子たちの背景。

恐らく此処は何処かの広場なのだろうか、噴水が描かれている。


我が国メピュア国で噴水のある広場は幾つかあるだろうから、何処で描かれたかは分からない。


双子たちは鏡合せの様にそっくりで、サフィラスが描いた作品であるソル・ソロル、太陽の姉妹のように対にはなっていなかった。


そして何より、パトリア・ジェミニに描かれた双子はとてもいい笑顔だった。

ソル・ソロルの姉妹は片方は微笑み、片方は真顔で踊っていたと言うのに・・・。


「ソル・ソロルとは真逆ね」

「シフォン、ソル・ソロルを見たことがあるのか?」

「ないよ。ただ、本で一度見たことがあって」

「今回、ソル・ソロルの絵も展示されていますよ。あとで見に行きましょうか」


カーティスはニコッと笑い、再びパトリア・ジェミニに向き直った。


ふわふわとした癖のある金髪に、片方の子は目を細め微笑み、片方の子は空を閉じ込めた青い瞳を持って微笑んでいた。


白いドレスに胸元には片方は赤いリボン、もう片方は水色のリボンをつけておりとても可愛らしかった。


年齢としては私の同じ、もしくはそれ以下の年齢だと思う。

無邪気な争いも、人間の持つ醜い欲も知らない子供らしい笑顔。


「良い笑顔だな。そう思わないかシフォン」

「うん・・・裏表のない幸せそうな笑顔。サフィラスのインサニアっていう作品知ってる?」

「あぁ、あの狂気っていう名前の作品だろ?あれは俺でも目を背けたくなるな」


サフィラスが描いた、インサニアという名前の作品。

インサニアは狂気という意味があり、その名の通り何処か人間らしい感情が欠落した、人間を忘れた作品だった。


輪郭は崩れ、目からは赤と青の涙が溢れ肌は濁った緑色で、人ではあって人ではない何かだった。


「インサニアが狂気、つまり影なら、パトリア・ジェミニは真逆の正気、つまり光みたい。インサニアが残酷で恐ろしい未来なら、きっとパトリア・ジェミニは平和で明るい未来だね」

「インサニアもそれなりに価値があるのですが、悍ましい絵の為あまり美術館では展示しないんですよ。シフォン様のような幼い方やご令嬢なども見に来ることがありますので」


カーティスもあの絵は悍ましいと感じているのだろう。

私もインサニアの絵を見た時はゾクッとした気味の悪い感覚が背中を走った。


サフィラスという人物、実際は結構情緒不安定な人物だったんじゃないかと思ってしまう。


「よし、ソル・ソロル見に行くか」

「いいの?」

「良いに決まってるだろ?カーティス、案内してくれ」

「かしこまりました」


兄さんに抱っこから解放してもらい、再び手を繋がれるとカーティスさんの後ろをついて行った。


ソル・ソロルも見たいけど・・・早く屋敷に帰りたい。

そう思ってしまう事を、どうか許して欲しい。

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