乗馬の見学!ですわ
アクアの国から戻ってきて数日たったある日。
それからチマチマと私はアクアと手紙のやり取りをしていた。
母様から「婚約者同士なのだから、お手紙を出してみたらどう?」と言われ、確かにそれも友好を育む良い案かもしれないと思い、手紙のやり取りを繰り返していた。
アクア様の手紙は紙一面・・・とはいかないが、恐らく色々考えて書いているんだろうか。
所々消した後が残っていた。
その悩む姿を想像すると笑みが零れ、私はアクアへの返事を書き終った。
「お手紙、書き終りましたか?」
「あらランファ。えぇ今終わった所。悪いのだけど、手紙出しといてくださる?」
「畏まりました。シフォンお嬢様、お茶をお淹れしましょうか」
「お願いするわ」
封筒に手紙を入れ、私はランファに渡した。ランファは折れない様慎重にポケットへしまった。
そこまで慎重にする理由は何となく分かる。これはこの国の未来を任された令嬢と、その王子とのやり取りの手紙なのだから、もし何かあれば大変な事になる。
けど、子供同士の手紙のやり取りが国家を揺るがすほどの事になるとは思わないけど。
「どうぞ。ローズティです」
「有難う・・・良い香り」
「今、貴族の中で一番人気のあるローズの茶葉らしくて、旦那様がお嬢様にと」
「なら、あとで感謝しておかなければね。そう言えば兄さんは何処?今日は随分と静かね」
「ロジャード様でしたら、今乗馬の訓練の最中になります」
乗馬。
そう言えば光の王子アンタークも、愛馬である白い馬に乗ってリリーを助けるのよね。
リリーはそれを見て、アンタークを白馬の王子様~なんて言ってキュンキュンしてしまう。
白馬の王子様の何処が良いのか私にはよくわからないけれど、女の子にとっては憧れなのだろうか。
そういえば、女の子でも乗馬って出来るのかしら。
もし乗馬が出来れば、リリーが落ちてきた時私が助けアンタークと出会いを潰すことが出来る。
いや、私は今アクアと婚約している訳だから二人の邪魔をする必要はないけど。
いっその事アンタークに任せて、二人でラブラブになってもらうと言うのも一つの手。
けど、リリーが本当にアンタークを好きになるか如何かなんてまだ分からない事だ。
現に、小説内ではあまり接触もなく、婚約者でもなかったアクアと私は今婚約を結んでいるのだから。
小説の中とまったく同じことが起きる。そんな確証は何処にもなかった。
だとすれば、リリーが王子たちと出会わなければ良いのではないだろうか。
そもそもリリーは、アンタークという好きな人がいながら他の王子達に愛を跳ね返さず受け入れていた。
その思わせぶりな態度が、悲しみを産んだり殴られたりしたのだ。
リリーがアンターク以外の王子と出会ったのは、アンタークの人脈が恐ろしく広かった事にある。
アンタークの元に行かせれば、必然的にいつかはアクアの元にリリーが現れる。
そしてリリーの天真爛漫な笑顔に魅了されたアクアは、どんどんリリーを好きになっていくんだ。
しかし、アクアがリリーを好きになられると少し拙い。
小説内でのアンタークとシフォンは、シフォンの一目惚れで権力を使って婚約者になった。
アクアのように外交的な意味を持たず、シフォンの我儘で婚約者になったのだ。
だから、別に婚約を破棄されようと国的には何の痛手もない。
しかし今回の婚約は、我が国とアクアの国との友好関係を結ぶための、婚約なのだ。
もし、アクアがリリーを好きになり私との婚約を破棄しようとしたら国に迷惑が掛かる。
これは私達だけではなく、この婚約で我が国とアクアの国の未来に決まると言っても過言ではない。
この婚約には国の未来が掛かっているのだ。
そう簡単に「破棄してください」「分かりました」では済まない婚約になっているのだ。
「・・・乗馬してみようかしら」
「お、お嬢様?!何をおっしゃっていられるのですか?女性が馬に乗るなど・・・」
「女性だからこそよ。男性は足が速いけど、女性は遅いでしょう?もし賊に囲まれた時逃げ切る方法は、馬に乗るしかないと思うのよ」
「ぞ、賊に襲われるって・・・」
「珍しい事じゃなくってよ?つい先日、この国へ向かおうとしていた家具屋が賊に襲われて崖から落ちたって言うじゃない」
そう先日、この国へ入国しようとしていた家具屋一行の馬車が賊に襲われ崖から転落。
多くの怪我人を出してしまったという。新聞にも取り上げられていた事件だ。
もしそういう場面に出くわした時、逃げ切れるかと言われれば今の私は自信が無い。
アクアにも言った。
知らない事が怖いと。
ある有名な言葉がある。
【備えあれば憂いなし】
万事備えあれば何時でも冷静でいられる・・・臆する事なくなるのだと。
「乗馬、習うわ。お願いしてくるわね!」
「えぇ??どちらへ参られるおつもりで?」
「兄さんの所よ。きっと面白がって、すぐ教えてくれるわ」
ロジャード兄さんは、この間私の家族となった義理の兄だ。私達は言う所義理兄妹なのだ。
そんな兄さんは、面白い事や新しい物が大好きだ。
女の人が馬に乗るという新しく、面白い事はきっと賛成してくれるはず。
何も今日からとは言わない。
ただ取り得ず生の乗馬をこの目に焼き付けてみたいだけだ。
私は立ち上がるとピンクのワンピースを翻しながら、ソファーから降りると部屋を出た。
後ろから慌てた様にランファがついてきて、すぐ私の1歩後ろを歩いているが、その表情は不安そうだった。
「旦那様や奥様にも御相談されないと・・」
「分かってるわよ。今日は提案をするだけ。見に行くだけよ」
「しかし・・・」
ランファは酷く心配したような表情をしているが、見るぐらいなら良いはずだ。
さすがに初日からやらして欲しいなんて言えば、かなり否定されるだろうし心配もされるだろう。
けど、見学ぐらいなら良いはずだ。前世から馬には乗ってみたいなぁとは思ってはいた。
でも公爵令嬢であるが故、馬に乗るなんてそんな下品な事は出来なかった。
しかし、一回死んで色々振り切ってしまっている私は、下品だとか野蛮だとかそんな考えは一切ない。
逆に新しい事へのチャレンジで心躍っているぐらいだ。
そして兄さん達が練習している所が一望できる、2階のラウンジの踊り場へやってきた。
するとそこには、兄さんとその先生が馬に乗りながら乗馬を楽しんでいる姿が見えた。
「あ、兄さん達が見えたわ」
「あまり近づいてはいけませんよ。危ないですから!」
「分かってるわよ。今日はラウンジで見学するだけにするわ」
ランファの心配そうな表情に苦笑しながら返事をすると、私はラウンジから空を見上げた。
前世じゃ、こんな風に空を見上げたりする事なんて絶対になかった。
ただ前を向いてあの平民の子を苛める事しか、考えていなかった。こんなにも空は青かったのね
「良い天気・・・ピクニックに行きたいわね」
「では今度行きますか?紅茶やサンドイッチ、それにクッキーなどを焼いて」
「あら良いわね。ランファついて来てくれるわよね?」
「勿論です」
ランファとピクニックに行く約束をして、再び乗馬をしている兄さん達の方へ目をやった。
兄さんの馬は黒い馬で、確か乗馬を趣味にしているのは白馬に乗っているアンタークぐらいしか知らない
アクアや他の王子達も乗馬をしたりするのだろうか。
そんな疑問を胸に、暖かい日差しと微風を頬に受けながら乗馬を見学していた。