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知るという事!ですわ

アクアが走って行った方向に、私は洋服の裾を上げながら小走りで探した。


何処まで走って行ってしまったのだろうか。

少し広くなった場所で息を整えながら辺りを見渡す。


キョロキョロを首を右へ左へと動かし、彼の特徴と言える白銀色の髪の毛を探した。

すると後ろのハイビスカスの花園から何かが動く音を感じ、振り返り音のした方へ近づいて行った。


「あぁこんな所にいらっしゃったのですね。アクア様」

「・・・・・」

「お隣、お邪魔しても?」


私の問いかけには一切答えない。まぁ当たり前か。

今までの私であれば、アクアの事を『私を無視する陰湿な男!』と罵り婚約者同士の仲が極めて悪い物になっていただろう。


しかし、私は『リリーと魔法の王子様』という小説を読み、ヒロインらしい精神を少しずつだが手に入れつつある。


それに、彼は元々小説内のキャラクター。

彼よりアクア様の事を知っていると自負する事も出来る。

そう心の中で呟きながら、蹲っているアクアの横に腰を掛けた。


「失礼しますね?」

「!!・・・服が・・・」

「服?気にしないでください。私が座りたいだけですもの」


初めてアクアが私の事に興味を持ってくれた!

何だろう、警戒心の強い動物に少し懐かれた気分だ。


アクアはどうやら土の被った煉瓦に座った私の洋服が、汚れてしまう事を心配したのだろう。

しかし、残念だからそれを気にする程の心の小さい女は卒業してしまっている。


前世では18歳で薄汚い部屋に幽閉され、病死する2年間白いワンピース数枚で過ごしてきたのだ。

今更服が少し汚れるぐらいで気にする事はない。


「でも・・・」

「良いのですよ。土ぐらい可愛いものです。最近私、芝生の上で本を読んだりお昼寝したいと思っていますの」

「・・・?!君、変だよ」

「変?うーん・・・そうですよね変ですよね。けど、他人がどう思うかじゃなくて、自分が如何したいかじゃなくて?」

「・・・・・」


あらら、黙ってしまわれた。

如何してこうも会話が長続きしないのだろうか。


しかし相手は無口でミステリアスな少年。

自分の気持ちをはっきりと伝えられない天邪鬼な子供だ。


それに比べて一回死んで肝が据わった精神年齢20歳の女性なのだ。年齢差はなんと12歳だ。


アクアが喋り出す事を気にしていたら、きっと永遠の沈黙で終わってしまう事は確実。

であれば、私から会話を繋げるのがきっと良い。


小説内のリリーもそうしていた!今こそ勉強の成果を生かすのよ、シフォン!


「あ、そうだアクア様はご覧になられました?ほら港に留まっていた大きな船」

「え・・・?見た事・・あるけど」

「私、今日初めて船という物を見ましたの!実は言うと海も初めてですのよ」

「そっか」

「初めて見た海は感動しましたわ!世界に、あれほど美しい物があるなんて私知りませんでしたもの」

「あんなの・・ただの水溜りだよ」


あら?だんだんとアクアとの会話が続いて来ているような気がしますわ!

心の中でつい笑みが零れてしまうが、この流れを断ち切ってはいけない。


「そんな事ありませんわ!アクア様は気づかれていないのです!あの海の偉大さに!」

「はぁ?偉大さ・・?」

「えぇ!海という物は、ダイヤモンドより価値があり、パパラチアより慈愛に溢れ、ガーネットより強い生命力を兼ね備えているのですわ。と、いってもこの一節は昔読んだ小説の入れ知恵なのですけどね」


そうこの一節は、私が前世読んだ本の一節にあった文章なのだ。


『海というものは、この世のあらゆる宝石や、富よりも重要なものだ。ダイヤモンドより価値があり、パパラチアより慈愛に溢れ、ガーネットより強い生命力を兼ね備えている。つまり、海こそ我ら人類の宝なのだ』と・・・。


前世の私は、宝石のよりも美しい物などあるわけないと鼻で笑い、気にしてもいなかった。

けど、今なら分かる。

如何して海というものが宝石のよりも美しく価値があるものなのかを。


「海はあらゆる宝石や富よりも、よっぽど価値のあるものなのですわ!」

「・・・なんで、そんな事分かるのさ」

「アクア様?」

「よそから来た君に!何が分かるって言うのさ!」


アクアは急に大きな声を出し立ち上がった。猫のような目をそらに釣りあげて、私を睨んでいる。

余所から来た・・・か。


「お言葉ですが」


私は立ち上がり、殆ど身長の変わらないアクアの目をしっかり見て行った。

青臭い小僧めが。

精神年齢20歳及び、殆どの日を小説を読み語彙力を溜めている私に、口喧嘩で勝てると思っているの?


「確かに私は余所ものです。けれど、よそから来た私だからこそ分かる物があります。私の近衛騎士が言っておりました。今あるこの世界だけが、全てではないと。私達はまだ幼いのですから、世界を知る権利があります。アクア様、どうか怖がらないください」

「こわ・・・がる・・?」

「えぇ。私、ずっとアクア様の事此処に来てから観察しておりましたの。ずっと下ばかり向いて、まるで何か恐ろしい物から目を背けているようでしたわ」


アクアは此方をジッと見た。

水色の瞳は、不安に揺れていて怯えていた。可哀想だが、今気づかせてあげなければ彼は・・・。

きっと世界を知らないままに過ごしてしまうだろう。それを気づかせるのは私ではないだろう。


けど、リリーが来てからでは遅いのだ。

何故なら私は、アクアの婚約者なのですから。


「・・・アクア様は、再び大切な誰かを失うのが怖いのですよね?」

「ッッ」

「フレアランス王国との戦いで、国王陛下が亡くなられた。その事をアクア様は今でも忘れられないのですよね?」


私は、一言一言を確かめるように囁いた。

アクアはただ黙って、此方を見つめているだけだった。


「アクア様は、母上である女王陛下や、姉上であるルージュ様が大切な国王陛下が亡くなられて悲しんでいる所を見て、【大切な何かを無くした時の痛み】を見てしまった。幼い2歳という子供の精神には、それはトラウマとして胸に刻み込まれてしまった・・・」

「・・・それ、は」

「それ以来、大切な何かを無くした時の痛みに怯え、そしてそれが自分の身に起こらない様に、大切な何かを作らない様に、口数を少なくし必要最低限誰とも接しない様にしてきた」


大切な何かを無くした時。

それは人間が最も苦痛だと思う瞬間だと、小説に書いてあった。


例え何千という人々に罵倒されようと、何万回という拷問を受けようとそれ以上の苦しみだという。


目の前で大切な何かを奪われた時、その時人間は心を壊してしまうのだという。

心を壊された人間は、ただ虚ろな瞳を宿し、ただ生きた屍として人形のように動かず生きるという。


それを、アクアは怯えているのだ。

世界を知り、人々と触れ合う事によって、自分に大切な物が出来てそれを奪われる恐怖に、恐れを抱いているのだ。

すると、アクアは小さく口を開き、細い声を出した。


「そうだよ・・・僕は怖いんだ。姉上や母上のように苦しみを背負う事が・・・その覚悟を背負う勇気が僕にはない。僕は、臆病者だ」

「アクア様・・・」

「君はどうして・・・世界を見ようと思えるんだ?世界を知る事を恐ろしくは思わないの?」


アクアは探るような目で此方を見ている。

世界を見ようとするのが怖くないのか・・・か。そんな事考えたこともなかった。

それに私は、知る恐怖よりも・・・私は。


「だって、知らない方が怖いんですもの」

「知らない方が・・・怖い?」

「えぇ!!」


私の勢いに、アクアは一瞬だけたじろいだ。

アクアは、私の言っている事が心底不思議という表情をしていた。


「私達はまだ幼い。それ故に知らない事が多すぎる」

「うん・・・」

「未知のもの、新しいものは確かに恐ろしい。けど、知ってしまえばなんて事ありませんわ!海だってそうですもの!」

「海?」

「えぇ!私、先程も言った通り海を見たのは初めてだったのですが、知識としてはありましたから、初めて見た時全然怖くなかったですわ!逆に私は、マレ女王やアクア様の事をよく知らなかったので、怖かったです」

「僕らが・・・?」

「でも、こうして会って、マレ女王やアクア様の事をちゃんと知る事が出来たから私は怖くありませんわ。アクア様、この世は知らないことの方が怖いんですよ」

「・・・」


アクア様は黙って俯きながら、私の声を聞いて、その意味を考えているようだった。


「世界を知る事は怖くなんてありません。逆に楽しいぐらいですわ」

「訳が分からない・・・なんで知る=楽しいになるのか、見当もつかない」

「例えば新しい本を読む時、胸がドキドキしたり、貰ったプレゼントを開ける時ワクワクする事はありませんか?」

「ある、けど・・・」

「それと同じです!この世界はワクワクとドキドキに満ちた素晴らしい世界なんです!」

「ドキドキと、ワクワク・・・」

「恐れず理解してみましょう?そしたら、意外にも貴方が怯えていたものは、結構単純なものなのかもしれませんよ」


まず何にでも興味を持つ。それが大切なんだ。


知る事が怖いと閉じこもっていても、一度『知る』という事を覚えれば知識を欲する。

如何して?何で?という気持ちは無意識に、昔の気持ちを飛び越え好奇心を刺激するのだ。


アクアは賢い子だ。

だからこそ知らないものに恐怖する。


けど、逆に知る快感を知れば、きっとアクアは知らないことの方が恐ろしく感じるはずだ。


私が興奮したように言えば、面食らっていたアクアがいきなり吹き出し、肩を震わせた。


「ア、アクア様?」

「ふふふっ・・・うん、よく分かった。世界を知るって、こんなにも楽しいんだ」」

「知る恐怖から逃げるより、知らない恐怖から逃げる方が、楽しいし簡単でしょう?」

「君は凄いね・・・僕と同い年なのにまるで大人みたいだ」


し、しまった!さすがに子供らしからぬ発言を繰り広げてしまった。

というか自分でも何を言ってるのか分からない。よくよく考えれば理屈とかめちゃくちゃだし・・・・。


よくこんなめちゃくちゃ理屈で納得してくれたアクアもアクアだけど・・・。


「そ、そうでしょうか?まぁ読書を多くしていますから・・・」

「僕も、本を読めば君みたいに・・シフォンみたいになれるかな?」

「!!えぇ勿論!けど、閉じこもってばかりじゃ楽しくないわ。実際に見て、触れて、感じる!これが大事なんですもの!」

「うん・・・そうだね」


アクアは微笑んだ。

さすが可愛らしい顔をしているだけある。

口元を緩ませてるだけで、ここまで可愛く見えるとは。


そんな想いで心の中をグチャグチャになっていると、アクアは何かを思い出したようにポケットからある物を取り出した。


「シフォン・・・これ」

「?なんですかコレ・・・まぁ!綺麗なエメラルドブルーのペンダント!」

「・・・あげる」

「え?良いのですか?こんな綺麗な物、アクア様の大事なものなんじゃ」

「い、良いの!か、勘違いしないでよ!別に僕が貰って欲しいだけで、君の為なんかじゃ・・」


それだけいうとモゴモゴと口元を動かし、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


照れ屋なんだなぁ・・・と思いながら私は受け取ったペンダントを首から下げてみた。

太陽に反射して、それはまるで海を閉じ込めた様に美しかった。


「まるで海を閉じ込めた様です。有難うアクア様!大切にしますわ!」

「あぅ・・!・・・か、勝手にすれば!」


その後アクアと共に、女王陛下の元へ戻ると数十分でアクアの代わり様に『一体何があったの?』と不思議そうな目をしていらした。


まぁほんの数十分前までオドオドしていた息子が、活き活きとした表情で戻った来たのだ。

混乱はするだろう。しかし、反省も後悔もしていない。


女王陛下は、アクアの変わりっぷりにも驚いていらしたが、私の服が土で汚れている事にも驚いていらっしゃった。

驚かせてばっかりなような気がした。


そして再び女王陛下たちとお茶を楽しみ、そろそろ帰る時間がやってきた。


「今日は、本当に有難うございました。楽しかったですわ」

「また遊びに来てくださいなラピスラズリ嬢。なんたって貴方は、アクアを変えてくれた恩人。そして婚約者なのですから」

「そんな恩人だなんて・・・それでは女王陛下、アクア様。失礼します」


女王陛下とアクアに別れを告げ、私は再びラムと共に馬車へ乗り込んだ。

ラムとは久し振りに顔を合わせたような気がする。


彼の顔を見ると、張っていた気が緩んだような気がして私は大きく息を吐き出した。


「はぁぁ・・・疲れた」

「お疲れ様でしたシフォンお嬢様。驚きましたよ、ほんの数時間でお洋服をお汚しになられたので」

「えぇ・・ランファや兄さんから問い詰められそうだわ」

「そうでしょうね。それよりお嬢様、その胸元に輝くペンダントは如何なさったんですか?」

「あぁこれ?アクア様から頂いたのよ。綺麗でしょう?この国でしか取れないエメラルドブルーの石で作ったペンダントなんですって」


私は胸元で揺れるペンダントを掲げながら、ラムに見せた。


ラムは糸目の瞳を少し見開いてペンダントを見つめていた。ラムの瞳初めて見たかもしれない。

するとしばらくして、ラムは吹き出して笑った。


「えぇ?どうしたのラム」

「いえッ・・・お嬢様は、本当にアクア様に好かれたご様子で・・!」

「どういう事よ?」

「シフォンお嬢様、この国では男性が女性へペンダントを渡すには意味があるんですよ」

「へぇそうなの。一体どんな意味があるの?」


「それは・・・」


ラムは一テンポを置いて、糸目を綻ばせながら満面の笑みでハッキリと言った。


「【求愛】だそうですよ」

「きゅう・・・あい・・・きゅうあい・・・求愛?!」


あまりの衝撃的な発言に、私は思わず立ち上がり思いっきり馬車の天井へ頭をぶつけてしまった。


ラムはそんな私を笑いながら支え、座らせてくれた。


「大丈夫ですかシフォンお嬢様」

「いや、へ?!頭は全然平気よ!ただ急な事に、心の容量が超えてしまって!」

「まぁ屋敷につくまでしばらくありますから、ゆっくり整理なさってください」


そして私は、屋敷につくまでの道のりを、たった二つの求愛という言葉で覆い尽くされてしまった。

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