ヒロイン始めます!ですわ
「あ……私、死にますわね」
シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ。8歳にして自分の死を悟った。
多くの本が棚に並び、王立図書館を思わせるアンティーク調の図書室に私の独り言が響いた。
私の両手には、片手で持つには大きすぎる青紫色の表紙をした本が握りしめられていた。
この本の中身は小説だった。令嬢の中では今一番人気のある恋愛小説を私はワクワクしながら読んでいた。
なのに今の私にはまったくそのような感覚はまったくない。あの、ワクワクは何処へやら状態だ。
大きく息を吸い込んで、ピシッと伸ばしていた背中を緩めると、背もたれに大きく背中を預けた。
「今まで、どうしてこんな大事な事を忘れていたのかしら」
自分で自分が呆れて、物も言えない状態だ。
私、シフォンはついさっき。ほんのついさっき、前世の記憶というものを思い出した。
前世の私は、大好きな婚約者を、礼儀のなっていない平民の子に奪われそうになり、嫉妬した私は色々な事をしてしまった。そう、色々と。
それが露見してしまい、私はその人と婚約は破棄され、公爵令嬢だった為死刑は免れたが、その代わりに幽閉となってしまったのだ。
そして20歳という若さで病死した。
そう、これが私の前世の記憶。
そしてもう一つ分かった事が私にはあった。
私が今、生を受けているこのシフォンという少女を私は知っていた。
前世、つまりシフォンとして生まれ変わる前。私は今のように恋愛小説に熱を上げていた。
その中で主人公となる少女が幾度となく苛め、最終的に陽の当たらない牢獄に閉じ込められ、発狂しながら死んで逝く悪役となる少女がいたのだ。
そう、それが私。シフォンだ。
つまりこの少女は未来、発狂しながら死んで逝く運命なのだ。
そして今なら分かる。あの時、他人事だと想い『自業自得ね!』と嘲笑っていたあの幼い前世の私。
数十年後、私はシフォンと同じような道を辿り20歳という若さで病死してしまうのだ。
つまり!
私も傍から見ればシフォンと同じ、悪役令嬢だったのだ!
「まさか、生まれ変わってそのようなことに気づかされるとはね・・」
もうあんな思いは懲り懲りなのよ。誰にも話を聞いて貰えず、誰にも理解されない。
ただ孤独にベッドの上で衰弱していく、あんな寂しい想いは……。
そんな想いをするのは前世の私だけで良い。
けど、この何も知らない少女シフォンを、私と同じような道へ引きずり込むわけにはいかない。
「と、言っても生前の私もシフォンと同じ悪役令嬢……どうすれば良いかなんてわからな……いや、そうよ。あるじゃない!とっても素敵なお手本が!」
私はガタッと音をたてながら立ち上がると、読んでいた本を棚に戻すと図書室を後にした。
前世の私も一応公爵家令嬢。
ドレスを持ち上げ廊下を走る、なんて言うはしたない真似をする事は出来ない。
出来るだけ優雅に。
そして出来るだけ早く自室に戻りたかった。
自然と小走りになろうとする足を抑え、早歩きで自室に向かうと、私は勉強机の椅子に腰を下ろした。
ペンと紙を引き出しから取り出し、私は再び息を吸い込み白紙の紙を見つめた。
「確か、シフォンが出ていた小説の名前は『リリーと魔法の王子様』という小説だったわね」
リリーと魔法の王子様。
私の前世で大人気だった恋愛小説。
その小説では、リリーという少女がキラキラと輝く白い本を見つけ、興味本位で本を開くと不思議な世界に吸い込まれてしまう所から始まる。
そこで出会う個性豊かな王子たち。その中で一番リリーと接触し、一番出番の多い主人公。
『光の王子』と言われる金髪碧眼の王子、アンターク・ミュゼット・シュタイン。
そして私シフォン・ルルーレ・ラピスラズリ公爵令嬢の婚約者だ。
シフォンはラピスラズリ公爵の一人娘の為、甘やかされて我儘に育ち、アンタークはそんな我儘なシフォンを嫌った。
そして、突如現れた天真爛漫、心優しく控えめなリリーに当たり前のように惹かれるアンターク。
アンタークに一目惚れしていたシフォンは、リリーを恨みに恨んだ。
そして性格は控えめでも所詮は平民、舞踏会などで必要なマナーはまったくなっていなかったリリーを、シフォンは苛めに苛め倒す。
最終的には暴力にまで発展してしまう。
そしてシフォンは、リリーとアンタークのキスシーンに出くわし我を忘れて、ナイフで襲い掛かる。
なんとか周りの人に抑えられるが、ついにアンタークはシフォンとの婚約を破棄する。
そして今まで行ってきたリリーへの行いも罪に問われ、シフォンは幽閉され暗闇の中で、発狂しながら亡くなってしまうのだ。
「と、こんな感じね。とりあえず、リリーと魔法の王子様のあらすじを書いてみたけど……で、次は」
この物語のヒロイン。リリーについてね。
確か本名は、リリー・アモント。小説当初の年齢は16歳だったはずだ。
今8歳だから、リリーと出会うのは丁度今から8年後という事になる。
シフォンとリリーは同い年だったし。
リリーは、暇つぶしに訪れた図書室でキラキラと輝く真っ白な本を見つける。興味本位でその本を開いたリリーは、謎の光に包まれ、目を開くと空を落ちていた。
死ぬと思い、目を瞑ると痛みはやってこなかった。逆に感じるのは誰かの温もりであった。
恐る恐る目を見開くと、驚いた顔をした【光の王子】アンタークであった。
それが、アンタークとリリーの出会いだった。
空から落ちてきたリリーに興味を持ったアンタークは、リリーを保護する事に決める。
最初は、帰りたいと願っていたリリーも、アンタークの優しさに心を開き、馴染んでいく。
そこでアンタークの友人やライバルでもある、多くの王子と出会って行き、その天真爛漫さと優しさに惹かれ、沢山の王子に愛されるリリー。
最終的にリリーは、アンタークと恋に落ちる。
帰りたいという思いと、アンタークと一緒に居たいという想いに葛藤するが、リリーはアンタークを選び、めでたくアンタークとリリーは結婚する。
「こんな所かしらね。そして、シフォンとリリーの大まかな違いは、シフォンは我儘でリリーは謙虚だったって事。リリーは優しかったけど、シフォンは意地悪だったって事」
私は溜息を付きながら頭を抱えた。
如何してシフォンはこんなんで愛して貰えるなんて思ったのかしら。
いや、それはオウム返しね。
前世の私も彼に愛して貰ってると信じ込んで、酷い事をしてしまった。
でも、落ち込んでばかりじゃいられないわね。
今までの行いと、小説の中でシフォンが行ってきた行いを反面教師とするのよ。
そしてリリーと前世のあの子をお手本とし、何としても平和な未来を勝ち取るの!
「というか、私死ぬかもしれない人間に転生してしまったというのに、恐ろしく冷静ですわね……」
リリーがこの世界にやって来るまで後8年・・・もう同じ過ちは繰り返さなくってよ!