bright daylight
「話聞いてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
私は友達の愚痴を明け方まで聞いた後、バイト先へと向かい始める。歩道橋から飛び降りようとした日からもう三年の月日が経っていた。
あれからとりあえず家に帰った私はそれから半日以上眠り、起きてから必死にそれからのことを考えた。
コツ コツ コツ
バイト先に行くまでに例の歩道橋を通らなくてはいけない。階段を上りながら私はあの日からのことを鮮明に思い出す。
コツ コツ コツ
起きてからたまたまつけたテレビで整形美人の特別番組が流れており、単純な私は自分に残された道がもうこれしかないと思った。しかし先立つもの、つまりお金がなければ整形できない。だから私は無我夢中で働いた。学校も辞め朝から晩まで働き通した。
すると私にどんどん変化が訪れた。
家に帰るとすぐに眠っていたので夜中の間食がなくなり、そのおかげからか顔のニキビが減り体重も下がり始めた。同じ場所で働いているお洒落な大学生の人に感化されてファッションや化粧なんかにも興味を持ち始めた。
そして、働いてお金を稼ぐという大変さがわかった私は折り合いの悪かった両親に感謝の気持ちを持ち始めた。
「あれからもう三年かぁ。」
あの日と同じように歩道橋の真ん中で立ち止まり、道路を走っている車を見下ろしながら溜息をついた。
「お姉さん一人?お茶でもいかない?」
「ごめんなさい。人と待ち合わせしているので。」
突然若い男の人に声を掛けられたが私は嘘でやんわりと断った。男の人はあっさりと引き下がり、今度は階段ですれ違う女の人に声を掛けている。とりあえず誰か引っかかればラッキーという感覚なのだろう。
私の肌にはまだニキビも、そしてニキビ跡もあるが化粧をすればそれ程目立たず、細身とは言えないが服のサイズも小さくなった。憧れていた友達や、実は彼氏なんかもできた。さっきみたいに声を掛けられることも、ごくたまに。
整形することなくありのままの私だ。世界レベルで見ると決してランクが高い訳ではないのだろうが、外見が変わった自信からかもう整形しようとは思わなくなった。
「不満なんてない筈なのになぁ。」
私はまた溜息をついて歩道橋の手すりに手を掛けた。
昔あれ程憧れていた現実を手に入れた筈の私は、心のどこかにぽっかりと穴が開いているようだった。
「何が足りないんだろう。」
まだ何かを望んでいるのだろうか。
どうして人間はこうも欲深いのだろうか。一つ願い事が叶うとまたそれ以上のものを求めてしまう。
チャッチャラララー♪
携帯電話を開くとメールが一件届いていた。さっき話を聞いていた友達からだ。
『いつも話聞いてくれてありがとうね。今思い出したんだけど、借りてたDVD返し損ねてたっ。また次のバイトの時には絶対に返すね!では今からバイト頑張ってね〜。』
可愛い絵文字がたくさん使われたメールにすぐに返信すると、私は心の引っ掛かりが何か少しわかった気がした。
“いつも”
この友達が言う“いつも”とは私たちが出会ってからだ。体重はまだそれ程減ってはいない頃だが、心が変わり始めてからの私。自殺しようとしていた日から前の私じゃない。
友達も彼氏も、ごくたまに声を掛けてくる人の誰もが以前の私を知らない。
もし、知ってしまったら?ニキビだらけで、今よりずっと太ってて性格も後ろ向きで、虐められてた頃の私を知っても友達のままで居てくれるのだろうか。恋人のままで居させてくれるのだろうか。
「って何後ろ向きなこと考えてんだろ。」
中身はそう変わっていないらしい。何かあると私はすぐにうじうじしてしまう。
「バイト、遅れちゃう。」
とり憑かれたかのようにそこに佇んでいた私はようやく手すりから離れて歩き始める。
コツ
「お嬢さん、もう行っちゃうの?」
足を一歩前に踏み出した瞬間にまた声を掛けられた。今まで一日に二回ナンパされたことはないのに。新記録か!?
と、一瞬思ったがそんな考えはすぐに蹴散らし勢いよく私は振り向いた。聞き覚えのある声だったからだ。
「いい女になったなぁ。」
振り向いた先に居たのは私が思った通りの人だった。
私は怖かった。やっと掴んだこの幸せをいつか失ってしまうのではないかと。だから昔の私を知られたくなかった。
でも、本当はありのままの私を受け入れて欲しい。認めて欲しい。
心のどこかでずっとそう思っていた。
「よくここまで頑張ったな。」
おじさんの言葉に、私は視界が滲んできた。
昔の私を知っている人がここにいる。
努力を褒められる為に今まで頑張ってきたんじゃない。だけど、その一言がたまらなく嬉しい。
「おじさん。」
「ん?」
私は満面の笑みでおじさんの顔を見た。
私ね、今生きてて良かったと思ってる。おじさんもあの時そう思ってたんでしょう?家がなくても、死ななくて良かったって。そして私もきっとそう思うことがわかってたんでしょう?
過去を乗り越えて、今の私がここにいる。
それだけでもう充分に幸せなのだ。
何も言わない笑顔の私は傍から見ればかなり怪しいだろう。でもおじさんは私の次の言葉を待ってくれている。
おじさんの首元で、男の人には不釣合いなネックレスの青い石が朝日に反射してきらっと光った。
お粗末さまでした。
再会したおじさんがさらにボロボロでヨレヨレになっていたか、全然変わっていなかったか、それとも・・・皆さん各々で想像してみて下さいね!