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starting over

 私の命の恩人はホームレスだ。


 言い方は悪いが、社会からつまはじきにされているホームレスに助けられるなんて一体どういう人生を送ってきたんだ?というような人生を私は過ごしてきた。肌はニキビだらけで体も太い。髪の毛も剛毛の為ボサボサで、性格も暗い私は昔から(いじ)めの餌食だった。男の子からは「ブス」と(ののし)られ、女の子からは「終わってる」と言われ続けた。

 これからの未来もきっといいことなんかない。だからもう人生にピリオドを打とうと私は今歩道橋の上から飛び降りようとしている。

「はぁー。」

 その歩道橋の上で私は深呼吸をした。

 死のうとは今まで何回も思ったことがある。その証拠として手首には切り傷が数本あるが、こんなものじゃ死ねなかった。だから飛び降りるのだ。遺書もバッチリ書いてきたし、その方がきっと私を虐めてきた人達に何か影響があるだろう。


 それなのに

 怖いと思ってしまうなんて。


 ライトをつけて走る車をぼけっと眺めながら、私はどうしても歩道橋から飛び降りることが出来ないでいた。何も考えずに飛べば良かったのに、自分が地面に叩きつけられる瞬間を想像してしまい手すりを飛び越えることが出来ないでいる。

 あと一歩踏み出せば楽になれるのに。

 早く踏み出せ。

 そう何回も思いながら私はしばらくの時間をそこで過ごしていた。


「死ぬんなら、今夜は俺に抱かれない?」

 立ち尽くしたままどれほどの時間が経ったのだろう。私は突然声を掛けられ、声がする方を振り向くとヨレヨレでボロボロな男の人がそこに居た。

「・・・・っ・・・・・」

 嫌だ。そりゃ彼氏とか恋人の行為とか憧れたことあるけど、こんな人は嫌だ。

 なんて失礼なことを思いながら私はようやく手すりに右足を掛けた。今やっと飛び降りることが出来そうです。

「まだ若いのに〜、もったいない。」

 その男の人は私の行為を止めようとするでもなく、かといって促すわけでもなくそこに座り込んだ。

「俺なんかまだ三十代なのにさ、このザマよ。」

 酔っ払っているのか、その男の人は体をフラフラ揺らしながら勝手に話し始める。

「できちゃった婚して、死ぬ程働いてたのに子どもが飛び出してきて避けきれなくて・・・・殺人者になっちゃうわ子ども連れてかみさんには逃げられるわ、どうよこの人生。」

 今まで虐められ尽くした私が哀れに思う話なんて、世の中にはどれだけあるのだろう戦争や難民の話だって所詮は他の国の話、実感がイマイチ湧かなくて一瞬の同情だけで終わってしまう。

 だけど今、私は初めて会った人の話で心がえぐられたように悲しくなっている。内容を信じたのは男の人の瞳が絶望を知っている瞳だからだ。絶望を味わった人だけがわかる、瞳。

 私は手すりに掛けた右足を下ろした。決して死ぬのを止めたわけじゃない。ただ足が痺れてきたからだ。この男の人の話をもう少し聞いたらここから飛び降りる。絶対に。

 そう心に誓いながら私は男の人の横に座った。

「原因は年齢的に虐め?」

 私は頷いたりしなかったが、男の人にはわかりきっているようだった。

「抱かれる喜びも知らずに死ぬなんて勿体ねえよ。」

「あなたには関係ないじゃないですか。」

 ふざけているような男の人に、私は冷たく言葉を返した。

「大人からしたら大した問題じゃなくても、私には大きいんです。友達も居なくて、彼氏すらできたこともなくて、何も楽しくなんかない。何もいいことなんかない。これ以上生きててもいいことなんか、絶対にない。」

 息継ぎもせずに一気に言うと、私の目から涙がこぼれてきた。

 何で今更?虐められ続けた私はもう、辛さで泣くということなんてとっくの昔に止めたはずなのに。

 ああ、そうか。一気に言葉を吐き出したから体が酸欠になったんだ。だから酸素を求めて勝手に涙が出てきたのだ。辛さとか言う馬鹿馬鹿しい感情のせいなんかではない。(はず)

「死ぬ勇気があるなら何でも出来るさ。虐め返す事だって、綺麗になって見返してやる事だって。」

 そんな訳ない。

 今まで虐めてきた人に反抗したことがあった。でも、虐めはもっとひどくなった。

 綺麗になってやろう、って思ったことだってある。でも、結局ダイエットとか上手くいかなくて挫折した。

 私は何も出来ない。

 もう死ぬことでしか救われないのだ。

「おじさんもこっから飛び降りようとしたけど、怖くて無理だったな。地面に叩きつけられる瞬間を想像しちまってさ。」

 自分と同じ事を想像した人が居ることにビックリして私は涙が止まってしまった。

「その時、今の仲間に声を掛けられてさ。こっから見える公園に今も居るんだけど、なんかそのまま踏みとどまっちまって結局今に至るのさ。」

 男の人が歩道橋の手すりに背もたれると、その格好にはどう考えても不釣合いなネックレスの青い石が月明かりに反応してきらっと光った。

「今日はもう帰りな。泣く元気があるなら、生きていく元気がある証拠だよ。」

 一度は止まった筈の涙がまたこぼれてきた。それと同時に嗚咽(おえつ)までし始めた私の頭をその男の人は優しく()で始める。

 どうしてこの男の人は私に優しくしてくれるのだろう。見た目も性格も、全然可愛くない私に優しくする理由なんて見付からない。目の前で死なれたら気持ち悪いだけ?今暮らしているという公園の近くで事件が起こって欲しくないだけ?それともただ女に優しいだけ?

 わからない。でも、私はこの男の人が言う通り家に帰ろうと思った。生きたいなんて今は思えないけど、確かに死ぬ勇気があるならなんだって出来るかもしれない。

「よければ、公園にも遊びに来てね。」

 撫でながら男の人が行った言葉に、私は泣きながら頭の中で考えた。この男の人が居る公園におにぎりを作って持って行き、一緒に食べている図。


 ありえない・・・・


 ぷっ

「?」

「あはははは。何?何するの?公園に遊びに来てって。」

 おにぎりを食べるだけでなく、この男の人と砂場で遊んだりブランコに乗ったりすることまで考えると私はどうしようもなくおかしくなった。

「ホームレスをなめちゃいかんよ。公園を熟知しているからかくれんぼは得意だ。」

「え?普段仲間とかくれんぼしてるの?あはは、変〜。」

 この男の人と同じ様な人達が数人で真剣にかくれんぼをしている姿を考えて私はまたおかしくなって吹きだした。

「泣いたり笑ったり、忙しいお嬢さんだな。」

 私はその一言にハッとした。本当だ、今かなり笑っていた。

「腹の底から笑う元気があるなら、泣く時同様生きていく元気がある証拠。」

「・・・・・・うん。」

 この男の人が言うとかなり説得力がある。きっとここで同じ気持ちになったことがあるからだ。

 私はよろよろっと立ち上がった。

「一つだけ、聞いてもいい?」

「何?」

「そのネックレス・・・」

「これ?昔かみさんにあげたヤツ。指輪嫌いだったからさ、結婚指輪の変わりにこれあげたんだ。家出て行く時に置いてってさ。」

 懐かしそうな目で男の人が石を触る。きっとまだ奥さんのことを想っているのだろう。

「何か捨てれなくて。」

 私は何と言葉を返していいのかわからず、ただ困惑の表情で男の人を眺めた。それに気付くと男の人も立ち上がり、私の頭をもう一度撫でた。

「気をつけて、お帰り。」

 私はまた泣きそうになって無言で回れ右をし、歩き始めた。だが、数歩歩いて立ち止まった。

「ありがとう。」

 少し振り返って小さい声でボソッと呟くように言ったが、ちゃんと男の人の耳に届いたらしく男の人はニッコリと笑った。

「またね。」

 男の人が笑顔で、私に挨拶をしてくれた。私はそれに返事をすることなく、また無言で歩き始める。

 また会う日が来るのだろうか。公園に居るといっても、いつもとは限らない。より住みやすい住処(すみか)があればきっとそっちに移動してしまうのだろうし、狭いようで広いこの世界で今日のように偶然会うということは皆無に等しいのではないか。

 だけど私はこの言葉が嬉しかった。友達も彼氏も居ない私に“またね”という言葉を掛けてくれる人なんて居ない。だから、すごく嬉しかったんだ。

 

 これから何をしよう。どうやって生きよう。

 とりあえず疲れたから思いっきり眠ろうかな。それから考えればいいかな。

 

 帰り道、一人でとぼとぼ歩きながら私はこれからの自分を考えた。明るい未来なんてやっぱり考えられないけど、とりあえず生きていこうと思う。


 おじさん。私、おじさんのこと忘れないよ。

 怖いだけじゃなく、私が歩道橋から飛び降りられなかったのは止めてくれる誰かを待っていた。絶望を感じながら、こんな私でも生きていていいのだと言われることを心のどこかで期待していたのだ。 


 それをしてくれた私の命の恩人。

 絶対に忘れない。


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