死神
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6階へ上る方法は徒歩ではなくエレベーターに限られていた。
本来ここは従業員以外立ち入り禁止だからだ。
しかしエレベーターとはいうのは乗り込んだ途端奴等に止められる可能性が高い。
が、それは奴等に気づかれていたらの話。
監視カメラは無かったし、従業員も麻薬に溺れている。
最悪、客がサツに電話をかけていない限り、今なら回避出来るかもしれない。
そう思った俺は素直にエレベーターを使用する事にした。
中はジメジメしていて妙に錆臭い。
電気もチカチカしていて、不気味だった。
このエレベーター、大丈夫なのか?
猜疑心が俺を包み込むが、これ以外に方法はない。
石橋を叩くようにゆっくりと、かつ慎重に足を踏み入れた。
ギシギシと音を立て、少し揺れる。
そして俺は揺れる度にビクビクしていた。
いつも不平を言わない俺でも、こいつは文句を言わざるを得ない。
何とか身体の全重心をエレベーター内に収めた俺は、すぐに6階のボタンを押し、扉を閉める。
エレベーター内に設置された手すりに掴まり、休憩を挟んだ。
全く、このハードワークじゃ、普通の奴は精神崩壊一直線だ。
憎しみと惨劇が心を押しつぶす。
そんな事を考えながらエレベーター内の鏡を見つめる。
俺のマスクは血まみれで、まるで絵の具で塗りつぶされたみたいだ。
俺は荒みきってる...神経質で、衝動的で、時に暴力的。
手のつけようがない。
本当は俺はこんな事考えたくなかった...だが、"奴"は今も俺に語りかける。
本当の俺は、どっちだ?
その言葉で我に帰る。
気づけば、俺が鏡の向こうから俺自身に問いを投げかけていた。
いや、恐らく今向こう側にいる俺は、テッドだろう。
奴は自分の顔につけられた血まみれのマスクを脱いだ。
それと同時に、俺のマスクも剝がされる。
マスクを外した顔は、狂気に満ちたような血塗れた俺の顔だった。
奇妙なまでに冷酷で、無感情な顔。
殺戮の真っ只中の俺を客観的に見た事はない。
驚きは隠せても、動揺は隠せなかった。
「お前が久方振りの殺人に手を染めた時、どんな気分だった?」
奴は俺の顔を睨みつけ、顔を寄せる。
大量の血に隠れた目に地獄まで引きずっていかれそうだった。
「最高の気分だったよ。」
俺は苦々しく答えた。
破壊的な殺人衝動の中にどこか逃避の感覚が残されている事に薄々気づきながら、俺は殺しを続けている。
獲物を歩くケチャップ瓶か何かだと思い込んでいるんだ。
「普通の人間がこんな狂気の感覚を手に入れたら愕然とするだろう。」
奴が口を開く。
説教のように淡々と、トーンすら変えず話し続ける。
「だが、お前はそれにのめり込んだ。それが自分の全てだと思い込んだ。」
もういやだ、俺はそんな話は聞きたくない。
奴の一言一言が俺の心臓を突き刺す。
その度に俺は言葉を失う、貴重なチャンスを失った。
「これから先、お前が行き着く先は.....どこでもない、というかどん詰まりだ。」
こいつのいう事を黙って聞いていると意味の分からない事をよく言っているのに気づく。
この時点でようやく俺にも反論する機会が回ってきたってわけだ。
「ハッ、お前が言っている事はわけがわからねぇよ、テッド。」
奴は軽い口を動かすのをやめる。
支離滅裂な言動に杭を打ち込む。
「俺はお前に束縛されるつもりなんてねぇし、俺はお前を理解しようとも思わない、そもそも、お前自身も俺を理解していない、知ったかぶりのクソ野朗め。」
俺はそれだけ言い残し、鏡をかち割った。
右手がヒリヒリする、飛び散った破片で少し切ったようだ。
頬からも血が流れ、鋭い痛みと共に少量だが血が流れた。
だがこれで奴とはおさらばだ、俺は俺の道を歩かせてもらう。
手を止める気はない、死神になりきってやるさ。
エレベーターは6階を示し、扉がゆっくりと開いた。