家族
[エリック]
昼食後、僕は家族との団欒を楽しんでいた。
妻と築く未来を考え、息子の無邪気な笑顔に和む。
きっと僕は父親として立派な存在になれていると思う。
こんなに良い家庭に恵まれた僕は世界一幸せなのかも知れない。
そう思っていた時、電話が鳴った。
あの忌々しい呼び出し音が僕には悪魔の囀りに聞こえた。
僕はその呼び出し音を無視しようとしたが、流石に無理がある。
息子が電話の呼び出し音にすぐに反応した。
「お父さん、電話が鳴ってるよ。」
正直、この前の電話以来、僕は電話に出た試しがない。
抵抗があるんだ、また手を血で汚してしまうのではないかってね。
「...ああ、わかってるよ、ありがとう。」
僕は一度ため息を大きくつき、渋々電話に向かう。
こういう時の子供の勘というのは何故優れているのだろうか、まるで超能力だ。
設置型電話機の前につくと、僕は深呼吸を2回程行った。
そしていよいよ受話器を取り、応答する。
「もしもし?」
それは一本の"仕事"の電話だった。
焦りと動揺で目の焦点は合わなくなり、嫌な汗が身体中から噴出す。
内容はノースゴースト24番街のホテルから金を奪って逃げろ、というものだった。
それだけなら無謀な話だ。
だが、先程部下を一人送ったという事らしい、そいつはとても有能な殺し屋で「殺人」を楽しんでいる、いわば快楽殺人鬼という事だ、恐らくマークの事だと思う。
それでも僕は家族との団欒を楽しみたかった。
唯一の生きる楽しみを失いたくない。
だが、やらなければ僕も、家族も殺される。
楽しみは希望の後に取っておこう、仕方なく僕は仕事を承諾した。
受話器を置き、手の震えをおさめるため、壁を思いきり殴った。
何度も、何度も殴り続けている内に手の甲の皮膚は破け、血が出始める。
白い壁には血の跡がつき、その痛みで理性を保つ。
僕はそうやって自傷行為を行った。
一旦落ち着いた僕は部屋に戻ろうと扉のドアノブに手をかける。
しかし、違和感に気づいた。
さっきまで妻と息子が和気藹々と団欒を楽しむ声が聞こえたのに、急に静かになったんだ。
もしかして気まずい雰囲気にでもなっているのだろうか?僕はそれほど重要な存在なのだろうか。
ウキウキして部屋に入った。
次の瞬間、僕の期待は脆くも崩れた。
部屋は血で埋め尽くされていて、妻と息子"だった"んであろう肉片は無残にも床に散らばっている。
焦げ臭い臭いが鼻をつき、嗅覚を刺激する。
僕は何が何だか分からなくなり、今までの全てがこの一瞬の内に崩壊した気分に襲われた。
狼のように雄叫びをあげ、家族の残骸に駆け寄る。
死体の損傷は激しく、愛する妻子の顔はもはや判別が不可能になっていた。
孤独と狂気が僕の心を覆い尽くした。
死体の近くには丸まった紙が落ちていて、返り血で汚れていた。
僕はそれを手に取り、開く。
紙には大きくサインペンで、まるで嫌味にように"マーク"と記されていた。
僕はそれをクシャクシャに丸め血で染まった床に叩きつける。
怒りが頭をぶん殴る。
テレビをひっくり返し、椅子を蹴り飛ばした。
溢れ出る涙をふき取る事もせず、ただただ怒りに身を任せた。
アイツは僕の家族を奪った、このツケは必ず払わせてやる!
復讐を誓った僕は前回の殺戮で使用したマスクと台所にあった肉切り用ナイフを持ち、現場へ直行する事にした。
[マーク]
心なしか不穏な空気だ。
まるで誰かに狙われているような...いや、いつもサツに狙われているわけだが今回はちと違う。
サバンナのど真ん中で獰猛な野生動物に目をつけられた気分だ。
まるで俺の首を一発で吹き飛ばしてしまうようなデカい何かに追われている感覚に陥る。
だが、今は仕事をこなさなければならない。
俺は一度止まった殺しの手をもう一度動かした。
獲物の肺に刃物を差込む。
このストロークが俺を再び動かした。
肺に穴が開いた事で獲物の胸からはスースーと空気の通る音が聞こえる。
俺はこの快感に身を震わせた。
この快楽を手放せない俺は次から次へと殺戮を続けた。
今や3階の廊下も真っ赤にペイントされている。