事の終点
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静かになった部屋で、手に刺さったガラスの欠片を引き抜く。
右半身をじわじわと蝕む痛みなど大した脅威ではない。
問題はこの後エリックが何をしでかすか分からないという事だ。
その場ですぐに立ち上がり、奴に対する手身近な抵抗手段を探し部屋全体をキョロキョロと見回す。
後ろに後退しながら警戒を怠らず、ようやく部屋の角に唯一武器に出来そうな物を発見した...それはもう見慣れたはずの物なのに何故か安心感が得られなかった...バットだ。
その直後一度は落ち着いたはずのエリックが途端に啖呵を切って歩き出した。
「このクソ野郎!てめぇの心臓をケツから引きずり出してぶっ殺してやる!」
悪態をつき、目につくあらゆる物を破壊しながら急ぎ足で近づいてくる。
俺は素早くバットを掴み、奴の側頭部を狙って大きく振りかぶった。
驚異的な洞察力でそれは左腕で受け止められ、一気に間合いを詰められる。
そして手に持ったナイフを俺の胸に向けて思い切り突き立てた。
反射的に左手でナイフの刃の部分を掴み、そのまま捻るように横に受け流す。
奴が完全にバランスの統制を失った所に蹴りを入れ、もう一度バットを叩き込んだ。
腕全体に走る手ごたえと共にゴシャッと骨の砕ける音がして、エリックはその場に卒倒した。
口からは結構な量の血が堤防の決壊した池のように流れ出ている。
どうやら下顎の骨を破壊し、その骨の尖った部分が肉を突き破り口の中に飛び出したようだ。
歯も何本か抜け落ちてしまったようで、見ているだけで痛々しい。
しかしそんな中ずっとエリックの両目だけは俺を凝視し続けていた、声はない。
一体どこから歯車が狂った?俺達の仲は誰に崩され、どこで終わった、と。
そこにありもしない罪悪感を感じた俺は歯を食いしばってこの状況をどう打破するか考えるしかない。
気づけたのならもっと早く防いでいたのだが...後悔先に立たずってやつだな。
ボロボロになり、切れた皮膚から血が溢れ出ている手を眺め心の平穏を試みた。
だがそう上手くいく物ではなく、直後油断したツケを払わされる事となった。
ゆっくりとだが着実にエリックは反撃の態勢になり、叫び声と共に一気に右手を俺に叩き付けた。
殴る事も出来ない程弱っているのか、そう思った直後脇腹に激痛が走った。
腹の柔らかい部分に穴が開いて、そこから腸が出て来そうになっているんだ。
そう、奴はもう一つ小型刃物を隠し持っていた。
「こいつはそろそろケリをつけなきゃならねぇな...」
強がりの言葉も擦れた声になる...死神はどちらに憑く?
傷口を両手で押さえるが指と指の間からは鮮血が溢れ出して来た。
動脈に近い印だ、脳がそう判断した頃には奴は目前にまで迫っていた。
震える手で俺の命を刈り取る寸前の赤黒く塗り替えられたナイフを止め、勢いをつけて後ろの壁を蹴り、そのまま押し込んだ。
するとグッとバネが外れたように向こう側の抗力が無くなった。
身体の全体重をかけていた柱がなくなった俺は勢いよく倒れる。
弱りきった身体は既に衝撃に耐え切れなくなっていて口からは泡のような物が噴き出る。
失血の症状で焦点が定まらず視界がユラユラと動くが、目の前は酷い事になっていた。
エリックの首からは大量の血液が噴出し、叫ぶ事も唸る事もなく俺の横に倒れた。
愕然とエリックの顔を眺め、徐々に無くなって行く意識の最後の最後まで目を閉じる事はなかった。
家の外では大勢の人々の声とヘリコプターの飛行音が聞こえる...警察が追いついたのだろうか?




