巣立ち
[蝮]
事務所に戻るが...誰も社長!と俺を呼ぶ声はない。
普段は一人一人席で仕事をしていて、いつもガヤガヤと騒がしかった。
今は誰一人して生きていない。
虚無感だけが部屋をシーンと包んでいた。
床には血塗れの死体が転がっていて、もう足の置き場もない。
親友の腕だけが机の上に残っていてまるで死後も仕事を続けているように見える。
人に情はかけない、それが社員であってもと決めていたのにこればっかりはキツい。
警察には勿論死体の片付けなんて頼めない。
依頼するとしたら裏死体回収業者かそこらだろう。
そうするとこの人数じゃ恐らく200万は越える。
ふん、じゃあその分の代償はマークに味わってもらうとしよう。
奴は人生を一日にして滅茶苦茶にして、社員を皆殺しにし、古い友人のモロトフをも殺した。
俺の復讐心は小さくない...が、悔しいが今は機会を伺うしかない。
俺は固く握った手を広げ、社員一人一人の頭の上に置いた。
そして手の平に付着した血液を自分の頬に塗る事で表に出せない寂しさを埋めていた。
[マーク]
クソ、一体何だってんだ?
帰宅すると、俺の家の周囲には数十人規模の人だかりが出来ていてその中央はやけに明るかった。
どうやら発光源は家自体のようで、嫌な予感がした俺は車をその場に放置し、疲弊した足を叱咤し走りだした。
人だかりが邪魔だったんだ。
人をどかし、我が家の目の前に飛び出るとそこで目を疑った。
家が燃えていたんだ、メラメラと轟音を轟かせながら。
時折何かが破裂する音が聞こえる、恐らく火気厳禁のクソガス関連のモノだろうが。
俺は近くにいた野次馬の頭を掴み「どこのどいつがやりやがった!?」と聞いたが、勿論そいつが知っているわけもなく俺はただ壁に拳を打ちつける事しか出来なかった。
ただの放火犯か?それともモロトフの部下共?もしくはサツが俺を炙りだそうとしてんのか?
どういう事であれ俺の所在地が何者かに完全に特定されているという事だけは確かだった。
俺はその晩は車中泊をする事にしたが、問題はその後だ。
奴等に居場所が割れているという事はいつ俺がぶっ殺されてもおかしくねぇ。
「...この街を離れるしかないか」
心の中には落胆と逃走心が生まれたがそれは暴力的な欲求までもを連鎖的に発症する事となった。
次第に自分が壊れていくのが感じられたが対抗策はなかった。
ただただ己の精神的崩壊を見届け続けるしかないのだろうか?
自分に問い続けても答えが出る事はない。
そんな中俺の人格の一つ、ヘートが話しかける。
「なぁお前はそんなに脆弱な心の持ち主だったか?」
突然だったが俺は何故か少しも動揺しなかった。
そして真っ暗な車外を眺めながら独り言のようにボソッと答えた。
「これは俺の戦争だ、テメェは俺だが、俺にとっちゃ赤の他人なんだよ」
ヘートはそんな俺の返答をよそにまるで幻聴のように、また挑発的に語り続ける。
「俺は赤の他人なんかじゃない。お前さんのもう一つの、"異世界から来た人格"なんだよ。」
彼の声は感情のない不気味な響きに聞こえる。
俺には彼が言う異世界というモノがどこなのかは分からなかったが恐らく聞かなくて正解だったのだろう。
その後早朝を迎えるまでの6時間の間ヘートが喋る事は一度もなかった。




