個々の疑念
[モロトフ]
事務所に戻り、寂しくなった仕事部屋を眺め嘆いた。
一人一人の家族に電話し派遣先が変わったと嘘をつく。
この時が何より虚しい。
奥さんが出る事もあるし、何より辛いのが部下のガキが無邪気に応答した時だ。
涙目になりながら必死に受け答えをしたさ。
仕事机に座り、意気消沈する。
ため息をつき引き出しからあの憎い男...マークの写真を取り出した。
俺と共にそこに写る、一度も笑った事など無い様な冷酷な顔を睨み付ける。
そしてその写真を握り潰しクシャクシャに丸め無造作にゴミ箱へと放り投げた。
今俺は仲間の死を悔やむ以上に、奴を殺してやりたいという殺人欲求に飢えている。
血が出る程歯を食いしばった。
誰を犠牲にしても構わない、ただその死は絶対に無駄にしない。
それが例え家族であっても。
考えてみれば昔からそういう無駄に仲間思いなところが俺の悪いところだった。
それで仲間を信じた結果裏切られて地獄を見た事がある。
獄中で喚いたさ、裏切り者をここに連れて来いだの奴を殺せだのってな。
けど結局誰でも信じてしまう俺が悪かったんだ。
今じゃ根っからの人間不信、疑り深くなった...つもりだ。
唯一信じられる部下を失って何も信じる事は出来なくなった。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
明日早朝サウスゴーストギャング本部の方へ直行する。
総長の機嫌が良い時を狙って数人の部下派遣を頼み込む。
一口80万で乗ってくれるだろうか?
上手く信用を勝ち取れるといいが...。
[マーク]
冷たく埃っぽい板の間で目が覚める。
飲みすぎたせいでまだ頭が痛い。
ボーっとする意識が完全に回復するまでは数十秒を要した。
暗闇で一人立ち上がるが、激しい目眩にすぐに座り込む。
頭を抱え、痛みと混乱に唸る。
ふと洗面所に目を移すと、そこにはあの二面鏡がそのままの状態で置かれていた。
あいつ...いや、あいつ"ら"は俺に何を伝えたいんだ?
流石にあれを夢というには鮮明すぎる。
猜疑心が俺を奮い立たせた。
自身をヘートと名乗る自己像幻視の脅迫的なあの表情...。
何か意味があるようにしか思えない。
奴の恨みの矛先は俺に?いや、違うだろうな、俺に自己嫌悪はない。
奴等は複数人いると主張するが俺はその内の一人を殺した。
テッドも憎悪と同じく何かの感情の具現化像だったのだろうか。
もしそうだとすれば俺は自身の感情を潰した事になる。
胸に手を置き目を閉じる。
「大丈夫、心は俺だって持ち合わせてるさ。」
ずっと真顔でいるが内心は平静を保つのが精一杯だった。
根拠がありすぎて何が原因か分からない制御不可能な不安が湧き上がっている。
直立していられずどうしてもソワソワとしながら歩き回ったりしてしまう。
ハッハッ、と絶え間なく短い息を吐く。
不安解消のために咄嗟につけたテレビではニュース速報か何かで連続殺人の容疑をかけられ自殺した警官の顔写真が皮肉にも"デニス"という名前と共に大々的に映っている。
彼は有名になり、誰かに見てもらいたいという異常なまでの欲求があったらしく、それが精神に異常をきたしたのか前々からテレビか何かのカメラマンの幻覚を見るようになっていたらしい。
自分も結局最後はそうなってしまうのだろうか、そう思うと不安解消につけたテレビにまでも精神を汚染されていく気がしてならない。
最初は仕事から始まり、殺人中毒、快楽殺人、そして...。
クソ、今にも発狂しそうな気分だ。
俺は意を決して鏡の前に立ち、二面鏡に向き合った。
今は左右どちらにも俺は写っていない、写すのは背後の壁だけだ。
慎重に表面に触れると手にベットリと血がついた。
ポーカーフェイスを決め込みながら撫でるように指を動かした。
強く、アップテンポで叩いたりもした。
だが一切の変哲も感じ取る事は出来ない。
この時俺はある事に気づいた。
それは俺の猜疑の全ての原点になる。
..."何故俺が鏡に写っていないんだ?"
この時まだ理由なんて分かっていなかった。
それより電話の呼び出し音に大反応していた。
俺は死神、一生太陽の光を浴びる事の出来ない裏の万人だ。




