助手
[マーク]
車でのブリーフケース輸送中、俺も一度は中身を覗いてみた。
中は大量の札束で埋め尽くされていて、何処を見ても金、金、金だった。
このまま全部持って帰ろうかとも考えたね。
だが勿論そんな事はしない、約束は約束だ。
このむさ苦しいギャング共の親玉に届けなきゃならねぇからな。
全く、嫌なボスを持ったな、あいつも。
だがこんな事ばっかりしてたら、いつかボスにもツケが回ってくるだろうな。
信頼してた部下からの報復ほど恐ろしいもんはない。
[デニス]
つい先程、エリックと見られる遺体が発見された。
脇腹と胸を何度も刺されている。
血液は固まって傷口を塞いでいた。
また、死に際の無駄なあがきが部屋中に血を撒き散らし、痛々しい。
だが何より今回の件での一番の見所はエリック、彼がマスク殺人鬼二人組みの一人だと判明した事だ。
運が良いんだか悪いんだか。
証拠としては彼がこのホテルに侵入した際の生存者が証人になってくれた事が一つ。
そしてもう一つの証拠は、マスクが壁に凭れ倒れた彼の遺体の近くに落ちていた事だ。
この不気味な仮面は俺が監視カメラで見た物と一致している。
一体どうしたっていうんだ?仲間割れでも起こしたか?
生憎このホテルは収益が少なく監視カメラを設置する金がなく、そこまでは捉えられなかった。
だが何故このような辺鄙な場所の、その中でも特に汚いホテルでこのような真似を?
これが彼らなりの"流儀"なのか?
様々な疑問が沸き起こった後、俺は畏怖の念を噛み締めた。
なんて野蛮な奴等なんだ、そう呟いた。
昔から俺は彼らの事を執拗に追い掛け回してきたが、ここまで恐ろしく感じた事は始めてだ。
知れば知るほど恐怖が増していく、屠殺所に入れられた哀れな豚のように。
勿論、部下も怯えてはいる、だが無理に冷静を保とうとしているようだ。
その中にも遺体から目を背ける者、退室する者などはいたが。
だが一人だけやけに遺体を怪しそうに眺める奴がいた。
そいつは俺の方に歩いてきて、俺の顔をサングラス越しに睨みつける。
「この遺体に何か心当たりは?」
何だこいつは?もしかして俺が彼の家族を殺したという事実がバレているのか?
俺はギクリと心臓を貫かれたが、表情には出さず、真顔で受け答えをした。
「いや、知らんな。俺も今初めてみた。」
彼はいかにも俺に疑問を持っているような表情で俺の顔を眺めた。
恐らく大学では心理学専攻だったのだろう。
よくああいう奴等は表情から心理を読み取るというが、どうも怪しい話だ。
そんな事を考えていると、彼は一息つき、サングラスを外した。
「すみません、今日からあなたの助手を務める、サムといいます。どうぞよろしく。」
こいつが新しい助手だと?
20代前半だろうか、鋭い目つきで、眉毛は剃ってあり、ボサボサの髭は不潔さを表していた。
サムは俺に握手を求めてくる。
仕方なくそれに応えると、彼の手は汗まみれだった。
多汗症か、何て奴だ。
流石に目の前で手を拭くというのは礼儀に反するため、その場ではポーカーフェイスを決め込んだ。
「さっきは何故俺を疑ったんだ?」
彼の深層心理が聞きたい。
実は心理学は一時期俺も興味を持っていた事があった。
すぐに挫折したが。
「明らかに挙動不審だったんですよ、エリックさんの家族惨殺の現場検証の時。」
サムはズイズイと俺の心の内側を攻撃してくる。
本人の口は満面の笑みだが、目は完全に笑っていない。
それどころか、光を失っていて、俺の表情と動揺を読み取るのに必死なようだ。
「あんなズタズタの死体が大量に置かれている部屋じゃリラックス出来るわけがない。」
そう言いながら俺はまたノートを取り出した。
動揺を隠すためだ。
それに、もし俺が怪しまれても、証拠がなければ何も出来ない。
サムは心理戦に持ち込もうとしているのかもしれないが、知った事じゃない。
立件したいのなら、証拠を出せという話だ。
額から汗がポタリとノートに落ちる。
サムはそれを見逃さなかった。
「リラックス出来ませんか、こんな場所では?」
いや、お前といるとリラックス出来ないんだ、早く出て行け。
そう言いたいが、明らかに不自然だし、動揺しているというのがバレバレだ。
俺はこんな助手とやっていけるのだろうか、不安が込み上げる。
こいつの前では絶対に感情的になってはいけない。
俺はそうノートに書き込んだ。