ドッペルゲンガー
序章、ドッペルゲンガーにはグロテスクな描写はありません
そこで大体「あ、こういう小説なんだな」と言うのを掴んでみてはいかかでしょうか
[マーク]
俺は恐怖に苛まされている。
たった今髭を剃ってたら、目の前の鏡の中の俺が俺に話しかけたんだ。
よく分からない話を延々と、真顔でずっと俺に語り続けている。
物凄い気迫を醸し出している...まるで別世界の生き物みたいだ。
だが流石に気のせいだと思いその鏡の前で手を振った、しかし鏡の中の俺は振らない。
さっきの睡眠薬の副作用で幻覚でも見てんのか?
幻聴も同時に発症しちゃ、ちょっとヤバいな。
この時初めて、俺の心に恐怖と焦りが生まれた。
鏡の中の俺は自分の事を[テッド]と呼んでいて、俺の目を覗き込みながら話し続ける。
「お前は人を殺した事はあるか?」ってな。
あるわけねぇじゃんか、そう返事をすればよかったのに、焦った俺は後ろに2、3歩下がり、何も応えられなかった。
ビビってる俺をテッドは鋭い目で見つめ、その目を細めて今度は自分の事を語り出した。
「俺はある、何度もな。」
相手を恐怖に陥れた上に平然と自己紹介とくるか、笑わせるぜ。
これは夢か、ドッキリか、それともやっぱり幻覚か。
まさか潜在意識からもう一人の俺が出てきたって事は、、、あり得ない。
俺はそんなイカれ野朗じゃねぇ。
だが、俺は何故か奴の話を聞いている内に平静を取り戻してた。
よくドッペルゲンガーを見た者は近い内にくたばるっていうが、そんな事は考えていなかった。
「何故俺達が話せるのか、よく考えてみろ。鏡の中の自分何て非現実的だろ?」
言われてみればその通りだ。
だが、それだと俺が妄想狂だという事になるが...。
考える暇もなく、マシンガンのような質問が繰り出される。
「俺はホントにお前か?」
やけに力が入っている....が、実のところそれはこっちが一番気になっている。
彼の名乗る名前は俺の本名とは違った。
だが、あだ名や改名後の可能性もある。
それにしてもコイツの話はやけに長い、視界が狭くなってきた。
そろそろ睡眠薬が効いてきたんだろう、俺は意識が遠のくのを感じた。
[エリック]
今朝、小包が届いた。
気味の悪い笑みを浮かべた宅配担当に渡された代物だ。
縦30cm横25cm、小包の底にちゃんと記載されている。
僕には妻と息子がいるけど、これは僕宛だ。
二人に確認も取ったし、確実なはずだ。
誰からか確認したところ、知り合いのマークかららしい。
彼とは古い付き合いだが、長い事会ってなかった。
鋏とカッターを使って丁寧に開封すると、中には不気味なマスクが入っていた。
鬼のような.....悪魔のような、とにかく不気味なマスクだ。
口の周りは赤く口紅らしき塗料が塗られていて目の周りは黒ずんでいる。
中には手紙が同封されていた。
A4程の大きさの古く黄ばんだ紙だ。
「親愛なるエリックへ、まずはマスクを受け取ってくれ、次に、それを持って俺に会いに来い。ゴーストフッド3番街だ。俺の家でもいい、10時だ。」
シンプルかつ命令的な内容で、続きがあると思い込んだ僕は少しの間残りの手紙を探して小包を漁った。
勿論そんな物はない、切れ端や断片さえも。
彼はただ一言、会おうと言っただけだったんだ。
久しぶりに会おうと言ってくれた事は嬉しかったけど、まさかこんな形で誘われるとは思わなかった。
彼は今どうしているだろうか?期待に胸は踊る。
昨日クリーニングしたばっかりのお気に入りのジャケットを着て、市場で95ドルもした高い腕時計をつける。
鼻歌を歌いながらヘアースタイルを整え、出発する準備は整った。
家族には友人と出かけるとだけ言い残し、家を出る。
帰りにピザでも買ってきてやるとするか。
[マーク]
鳥の囀りが聞こえ、窓からは太陽の日差しが差し込む。
俺はあのまま寝ちまったのか?
床の間で寝たため身体中が痛む。
膝をつき立ち上がろうとするが、立ち眩みも半端ではなく、洗面台に勢いよく手をついた。
蛇口のハンドルを捻り、水を顔面に叩きつける。
寝起きはいつもこうしてる、肌を脂塗れにしとくのが気持ち悪ぃんだ。
しかし、洗顔中誰かの声が聞こえた気がした。
「起きたか?マーク」
ボロい一軒家で俺以外には誰もいないはずだ。
俺はひどく充血した目を見開き鏡を睨み付けた。
そこには同じく俺を睨み付ける俺がいる。
その顔を見た途端俺は昨夜の"アレ"を思い出した。
テッド、テッドはどこに行ったんだ!?あれは夢なのか現実なのか!?
鏡の向こう側に向かって俺は奴の名前を叫んだ。
「おいテッド!出て来い!」
数秒の沈黙の訪れ、返事がない事に気づく。
案の定鏡の中の俺も現実の俺と全く同じ動きをしてる。
じゃあ、テッドはどこへ消えたんだ?
丸坊主の頭を水で冷やし、頭を濡らしたまま自室に戻る。
部屋中をくまなく探し、荒された形跡がないかチェックする。
引き出しの中、ベッドの下、押入れの中...。
どこも荒された形跡はないようだ。
だが俺はある事に気がついた。
机の上に見た事も、勿論注文した事もないマスクがヒョコンと放置されている。
いや、分かりやすく置かれていると言ったほうが正しいかもしれない。
やけに不気味なマスクだ。
兔のような出っ歯に、犬のような鼻。
狐みたいな目で、覗き穴を探すのに手間がかかる。
装着すると、丁度顔にフィットしていて付け心地は最高だった。
でも誰がこんな事...そう思った時、マスクの横に置かれている紙に気がついた。
マスクに気をとられ過ぎていて今まで気がつかなかったんだ。
それはどうやら手紙のようで、横書きの下手な文字だ。
「マーク、今日の午前10時、お前の家にお客が来る。来たら、家からは一歩も出るな。」
ボーッとその簡潔な文章を読み終えた後、ゾッと背筋が凍えた。
この家には俺しか居なかったはずだ、じゃあこれを置いたのは一体どこのどいつだ?
それに、このお客ってのは一体誰なんだ?これじゃ何が何だか理解が出来ない。
警察に助けを求めようかとも思った。
だが、運が良いのか悪いのか、俺は更にある事に気づいた。
....この手紙に書かれた字は完全に俺の字だ。