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貴女の為の物語   作者: 碧桜
6/6

接触2

「きれい…」

そう言いながら右手の小指に刻まれた文字を、少年は瞬きもせずに見つめ続けていた。

光はとっくに消え去り、何もなかったかのように戻っても、未だに指の周りの光が少年だけには見えているかのようだった。

言い様のない不安が胸の奥の方から込み上げてくるのを抑える事で精一杯になりながら、『神様』もまた少年を瞬きせずに見つめた。

脳裏ではクータという少年の(ケース)が何度も浮かんでは消えていく。

この子の隠している事に気付かないふりをするべきか。

問いただす事が正しいのか。

今ハッキリ分かっている事は、この子が隠そうとしている事が決して小さな嘘ではないだろうという事だけだ。

だが、それが何の為の嘘なのか。

大切なのはそこだった。

少年の答えによっては最悪の結果をもたらしてしまう。

少年のこれからの事に気を取られる一方で、同時に真逆の事を考えている冷静な自分もいた。

例えそれがどんな結果をもたらそうが僕には関係ない。

前回の契約からかなりの年月が経ってしまった。

もし今回少年と契約を結ばなければ、僕自身の存在すら怪しくなってしまうだろう。

どちらを優先させなければいけないのかは明白なはずだ。

そう思いながらも、二つの相反する意識が頭の中で争っていた。

「キンモクセイだ。」

「………え?何?」

頭の中の考えもまとまらないまま『神様』は言った。

「キンモクセイの匂いだよ。オレンジ色の小さな花。凄く良い香りがするんだ。」

そう言うと、少年はなぜか恥ずかしそうに少し下を向いて笑った。

言われてみると、どこからか風に乗って運ばれてきた金木犀の香りが辺りに漂っていた。

「あぁ…そうだね。本当だ。君は金木犀が好きなの?」

何気なく聞いただけのつもりだったが、少年の顔に不穏な陰が浮かんだのを『神様』は見逃さなかった。

「うん。少しね。」

少年はそれだけ言うと、表情が見えないように下を向いてしまった。

「ねぇ、『神様』は人間みたいに死んだりしないの?」

それきり黙ってしまうのかと思っていたのに、思いがけない質問をされて『神様』の動きが止まった。

「思い出そうとするんだけど、僕は僕がいつ死んだのかどうしても思い出せないんだ。でもね…。」

「うん?」

「でも、死んでしまった少し前の事なのか、ずっと前の事だったのかも分からないんだけど、凄く大切な約束を誰かとした気がするんだ。だけど、その約束がどんな約束だったのかも思い出せないし、その約束をちゃんと守れたのかも分からなくて、考えると凄く…どうしようもない気持ちになる事があるんだ。こういうの、分かる?」

少年は顔をあげて『神様』を真っ直ぐに見た。

「考えなきゃいけない事がたくさんある気がする。でも、ハッキリしない事が多すぎて何をどうしたらいいのかも分からない。」

少年の瞳の色は少しも変わらなかった。

「うん、そうだね。」

少年は表情を変えずに『神様』を見続けた。

「僕は人間とは違うけど、いつか僕にも終わりは来るよ。それがいつの日かは分からないし、君達人間とは違って自分から終わりを選ぶ事も出来ないけど、でも終わりはある。」

「選ぶって、自分で死んでしまう事?」

「そう。」

目の前の強い意思と覚悟のある強い瞳に、心がざわついた。

こんな小さな子供のする目じゃないと思いながらも、なぜか少年の目から視線を逸らせなかった。

「うん、いいよ。君と契約をしたしね。君がしたいなと思う事を全部やっていこうか。」

「全部?」

「そう、小さな事でも全部。そうやって君に残っている未練やしがらみも全部きれいにしていけば、君も在るべき場所にまた還れるはずだから。」

少年はほんの少しだけ微笑んだ。

「『神様』は?『神様』もいつか還るの?」

風と共に、金木犀の甘く優しい香りが二人を包んだ。

「僕は…僕は還らないかな。どうしてもやりたい事がたくさんあるし、それに…。」

「それに?」

「昔、悪い事をしちゃってね。追放された事もあるんだ。だから、厳密には還れない。」

「えぇ!?」

少年はこれでもかという位に目を見開いて、体をビクッと震わせた。

その少年のあまりに大きなリアクションが面白かったのだろう。

「あははははははは!!」

『神様』は顔を赤くして大きな声で笑った。

少年も顔を真っ赤にして、言った。

「だって…だって『神様』なのに!?」

「だから…だから最初に言ったじゃないか。僕は神様なんかじゃないよって。」

苦しそうに笑いながら話す『神様』を見て、少年は驚きが隠せなかった。

「追放って、そんなに悪い事したの?」

「気になる?」

「気になるよ!!」

「教えて欲しい?」

「…教えて欲しいよ。」

眉間に皺を寄せながら、声がだんだん小さくなっていく少年の仕草に笑顔が自然と溢れた。

大人のような覚悟を決めた表情をする時もあれば、今のように無邪気に目を丸くして驚いたり、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする事もある。

目の前にいるのは一生懸命に無理をして背伸びしようと努力している、子供だ。

「ダメだよ、秘密だよ♪」

「えぇ~!?教えてくれないの!?」

だって、君だって僕に秘密があるでしょう?と『神様』は心の中で思った。

そう言う代わりに、少年の頭をポンポンと叩くと腰を屈めて少年の目線に合わせ、言った。

「じゃあ、いつか話してあげるよ。機会があったらね。」

「…分かった。絶対だよ。」

「いいや、約束はしないよ。言ったでしょ?機会があったらね。」

納得のいかない表情を浮かべながらも、少年は渋々頷いた。

「さぁ、ここからが大切な話だよ。」

『神様』は更に腰を屈めて少年に近付いた。

「君と僕は契約を交わした。小指に刻まれた文字はその記しだと言ったよね?」

本能的な反射なのか、少年はかたい表情を浮かべながら『神様』から一歩下がって頷いた。

「契約を交わした事で、僕は正式に君を在るべき場所へと送り届ける案内人になった訳だ。」

更に半歩下がって、少年はまたほんの少しだけ頷いた。

「僕は君に関する事をこれから先出来る限り叶えていく。つまり君がさっき話していた生前の約束の事も、君が思い残してしまったり君が気になっている事全て、出来る限り思い残しがないように手伝いをしていくという事だよ。君が過去が気になるというのなら、時空を超えて過去に戻り、君の知りたい過去(しんじつ)を見せる事も出来る。君が死んでしまった時の事を知りたいと願うなら、それも見せてあげられる。」

「うん。」

表情を変えないまま、少年は言った。

「但し、僕はあくまでも君が在るべき場所に還れるようにアドバイスをしたり、過去に連れて行く手伝いしか出来ない。僕には生きている人間の現実世界を変えられるような力はないからね。まぁ要するに、いくら君の願いだからって、誰かを殺したり傷付けたりする事は出来ないっていう事だよ。逆に、誰かを幸せにする事も出来ない。他の人の未来を変えるような事は出来ないし、してもいけないんだ。」

少年は頷く代わりに、両目をギュッと一度だけ強く瞑った。

「だけどね。例えば君が、君の気になっている何かを知る事で満たされて還れるのなら問題はないんだ。過去に、ケンカばかりしてきた妻が、自分の事を本当はどう思っていたのかを知りたいと言った人がいた。その人は、奥さんの本音を初めて知る事が出来て満足し、在るべき場所へと還っていった。で…」

「でも、知る事だけで満たされる事が出来ない場合もある。」

『神様』の言葉を遮って、少年が言った。

「…そう。本当は、何かを知るだけで還れる方が少ないんだ。残念ながら。」

少年はもう一度両目をギュッと瞑って先を促した。

「在るべき場所へと還れない人がたくさんいる中で、君は僕を見る事が出来た。これは君が思っているよりも簡単な事じゃないんだよ。だから…」

「だから?」

「知る事だけで満たされる事のない、どうしようもない場合に限り、僕を見る事が出来た君も、一度だけ何かを変える力を手にする事が出来る。」

何かを変える力、と聞いた少年の目が一瞬だけ大きくなったのを『神様』は見逃さなかった。

「でも…僕が言うのはおかしいかもしれないけど、僕は君がこの力を使わずに済む事を祈るよ。」

「え…どうして?」

「何かを変える力は、決して君の願う結末をもたらしてはくれない、酷く不完全な魔法だからだよ。」



『神様』の話を聞きながら、『あの人』の言っていた通りだ、と少年は思っていた。

「優しくはないって言いながら、誰より優しいんだ。だから必ず君の助けになってくれるよ。」

『あの人』はそう言った。

その通りだと思った。

体の奥から熱い感情がふつふつと沸き上がってくるのを感じた。

目の前で話す『神様』が眉間に皺を寄せているのは、僕の事を真剣に考えてくれているからだと感じる度に、胸の奥がジンとした。


優しさって液体みたいだ。

形がないのにこんなにも温かい。

知りたくてたまらなかった、憧れていた世界が今ここにあった。

このまま『神様』と一緒にいられたら、僕の中の何かも満たされるかもしれない。

そんな予感もした。

けれど、少年は自分の中の何かの願いが変わらない事も分かっていた。


僕の事を心配してくれる優しい『神様』に嘘を吐きたくないと思う一方で、これは僕の為の物語だと主張する自分がいた。

『人には言えない約束』をした子供だからって、幸せになってはいけない訳ではないはずだ。

だからこそ、自分の目で見極めなければならない、と。

自分を正当化して、仕方のない事だと思わせる自分の存在を打ち消す事が出来ずにいた。


願いは変わらない。



黙りこんだままピクリとも動かない少年を、『神様』も黙って見守っていた。

何かを変える力と聞いて目の色が変わったように欲に走る人間も、過去に何人かいた。

人間とは死んでも欲に囚われるの生き物なのかと幻滅する一方で、だからこそ罪悪感を抱く必要のない事を嬉しくも思った。

そもそも案内人を任された時から、思い出せない程の年月だけは過ぎたのに、実際に案内をしてきた人間の数は両手で足りる程しかいなかった。

最近の人間は純粋に夢を楽しむという事をしない。

こんな世界で、いつ君に会えるのだろうか。


「何かを変える力が、僕の望む結末にしてくれなくても、今の僕には何もないから。」

今にも消え入りそうな弱々しい声の裏側に、強い覚悟の漂う矛盾を抱えて、少年は言った。

「どうしてここにいるのか、何が未練なのかも僕にはハッキリ分からない。約束をしたっていう事と、…会いたい人がいた事だけを曖昧に覚えてるだけ。」

「だから、知りたい。何も分からないのはもう嫌だ。」

少年の声が段々大きくなるのを、『神様』は目を閉じたまま聞いていた。

「それから、心配してくれてありがとう。知る事だけで、還れるといいな。」

「そうだね。そう願うよ。」

『神様』は目を開けると、少年の顔を見た。

太陽の光に照らされた少年の顔が、うっすらとピンク色に光って見えた。

「まだいくつか話もあるけど…まぁいいか。追々話すとして、さぁ、何から始めようか?」

少年は笑った。

先程までの緊張の色はすっかり消え、期待と希望に満ちている少年の姿がそこにはあった。

矛盾ばかりだ。

そう思いながら、『神様』も笑っていた。

「会いたい人がいるんだ。その人に会いに行きたい!」

「了解。じゃあ名前…は分からないか。」

『神様』は左側の眉だけを上げて、しまったという仕草をした。

「ううん、覚えてるよ。」

「覚えてるの?」

「うん。名前は井上柚雨、女の子。」













更新が全然出来ませんでした。

本当にすみません(T-T)

第6部を更新させていただきます。

早く書きたい所があるので、更新頑張りたいと思います!


読んで下さり、ありがとうございました!

気温差が激しいので、どうぞお身体を壊されないよう、皆様ご自愛下さいませ。

次回もよろしかったらよろしくお願いいたします♪

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