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矜持
「きゃー」
目の前の女子高生たちが悲鳴を挙げる。
汁気のある茶褐色の〝それ〟は半径1メートルほどの円を描いて床に広がった。
牛舎のような、硫黄のような臭い。昨晩のギョウザが、胃の中で姿を変えたのか。
「すっすいません」
汗だくの中年は、何度も頭を下げる。目はうつろで、顔は熟れすぎたザクロみたいだ。幸いにも、被害はなさそうだ。
満員電車には、嫌悪と侮べつの表情が満ちる。
「なにやってんの?」
「ありえな~い」
「きもい」
中年は、もう生きていても良いことはないと考え始めた。
次の電車に飛び込むか・・・。しかし、ふん尿にまみれたままでは死にきれない。
「代々木~代々木です」
車内アナウンスが鳴った。救われた・・・。
なだれのようにホームに避難する乗客たち。
中年は、べちゃべちゃになったズボンで一人車内にたたずんだ。
中年は死ぬことも考え始めた。なぜ生きるのか。意味が見いだせない世の中。中年は何を思う。