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第七幕 運命(さだめ)に導かれた古寺の亡霊

突如導満たちの前に現れた婆沙羅将軍の腹心である幽霊伯爵は、全てを抹消しようと執拗に導満たちを背水の陣に追い込もうとしたその時…間一髪のところで駿河国するがのくにから駆けつけた晴明と正親が幽霊伯爵の攻撃を遮り…どうにか間に合う事が出来たのだが、突然幽霊伯爵が晴明の顔を見るなり驚いた表情を見せていた。

実は晴明と幽霊伯爵は過去にも何度か戦っており、まさに因縁の対決がこれから始まろうとしていたのである。

「晴明、やっと来たか…。」

「遅くなってすまなかった…。だが、今はゆっくり話をしている場合じゃなさそうだな…。」

『とうとうこの日が来ようとは夢にも思わなかったな…。まさか、我が宿敵・安倍晴明が現れるとは何たる幸運…。』

幽霊伯爵は晴明の登場に喜びを抑えきれない様子で晴明たちに攻撃を仕掛けていったのであった。

『安倍晴明、遂に貴様を倒す絶好の機会を得た…。これを逃せば二度と戦う事はなかろうて…。』

「お、お前は幽霊伯爵…。まさかこんなところまでお出ましになるとは…。だが、こいつ等に指一本触れさす訳にはいかないな。」

『ふっ、天下の陰陽師と呼ばれた貴様が…仲間を引き連れて我等を退治しようなどとふざけた真似をするなんて…相当落ちぶれたものだな。』

「てめぇ、何が言いたいんだ…。貴様こそ、人間界を脅かす最低な野郎じゃないか…。それとも、目の前にいる俺がいきなり現れたんで、かなり微々っているんじゃないのか…。」

『言わせておけば無礼雑言ぶれいぞうごんの数々…。今度こそ貴様の息の根を止めてやるから覚悟しな…。』

幽霊伯爵は晴明の言葉に苛立ちを隠せない様子で晴明たちを全滅させようと魔導妖術で攻撃させていったが、すかさず晴明の傍にいた八咫烏が砂塵を巻き起こして幽霊伯爵の攻撃を妨害し、その隙に晴明たちはその場から逃走を図ったのである。

この時八咫烏は幽霊伯爵から発せられた邪悪な妖力を感知し、このままでは全滅する可能性があると判断を下したとと考えられ…晴明たちを幽霊伯爵から隔離させたと思われる。

『おのれ、とんだ邪魔が入った様だが…まぁいずれにしろ奴等はこの幽霊伯爵から逃れる事は出来ないのだからな…。』


それからしばらくして、幽霊伯爵との戦いが出来ず…納得出来ない様子で苛立ちを見せていた晴明は、何故八咫烏が幽霊伯爵から遠ざけたのかを問いかけてみたが…一切黙した表情で晴明を見つめるばかりだった。

「何で話さないんだ。何故あんな事をしたんだ…。」

「晴明、少しは落ち着いたらどうなんだ。」

「導満、お前は悔しくないのか…。宿敵を目の前にして離脱するなんてあり得ないだろう…。」

「晴明様…晴明様の前でこんな事を言うのは何ですけど…あの幽霊伯爵は尋常じゃない程の魔力を帯びています。今の現状では、幽霊伯爵に勝てる確率はゼロに等しいと思われます。」

「…勝てる確率はゼロか。そりゃそうだな。確かに今の俺の力では奴に勝てる訳がねぇからな…。」

あまりにも弱気な発言をした晴明に兄弟子である正親は、怒りをあらわにして晴明の胸ぐらを掴んでこう言い放った。

「晴明、お前は何時いつから弱音を吐く様になったんだよ…。それでもお前は一人前の陰陽師かよっ…。」

しかし、晴明は表情一つ変える事なく…ただ正親の顔を見ながら黙していたのである。

「何とか言ったらどうなんだよ…。」

「正親殿、少し冷静になられたら如何ですか。」

流ノ介は激高している正親を宥めながら晴明を引き離すと、正親は晴明の胸ぐらをパッと離して少し離れた場所へと移動していった。

「晴明、何だかいつもと様子がおかしいぞ。いったいどうしたと言うんだ…。」

しかし、晴明は八咫烏が何故幽霊伯爵から引き離したのか…最初は全く分からなかったが、次第に八咫烏の考えている事が分かる様になって来たのである。

「そうか、そう言う事だったのか…。」

「晴明、いきなりビックリさせるなよ…。いったい何があったんだよ。」

「導満、何故八咫烏が幽霊伯爵から遠ざけようとしたのか…その理由が分かった気がして来たんだ。」

「本当か…。」

「ああ…。最初は八咫烏がどうして我々を幽霊伯爵から隔離させたのか分からなかったけど、段々八咫烏の事が分かる様になって気がして来たんだ…。」

すると、八咫烏が晴明のところへやって来て…何かを訴えるかの様な目で晴明の顔を見ていた。

「お前、何か言いたそうな顔をしているけど…。」

『…晴明、もうすぐ晴明の身に危険が迫って来るぞ。』

「危険が迫るって…どう言う事なんだよ。」

『まだ何とも言えないが、とにかく晴明の身に危険が迫って来る事は間違いないなさそうだ…。』

この時晴明は、自分自身に降りかかる災難がこれまで以上の危機に直面するとは予想だにしなかった。

しかし、八咫烏の言葉は晴明以外の四人には聞こえず…内心戸惑いを隠せない表情を浮かべていた晴明の姿がそこにあった…。

それから一夜が明け、晴明たちは相模国を後にして次なる目的地である武蔵国むさしのくにへ歩を進めていったのである。

「晴明、昨日はぐっすり眠れたか…。」

「いや、あれから全然眠れなかったけど…今は婆沙羅将軍の足取りを掴むのが先決だ。」

「そうですよね…。一刻も早く婆沙羅将軍を見つけ出さない事には…また罪の無い人たちが命を奪われてしまう可能性があります。」

飛鳥は晴明の顔を見て、昨日の出来事に少し違和感を感じていたが…それでも晴明を守ろうとする意思は出会った時から変わらなかった。

「それにしても、私は武蔵国へ行くのは初めてなので正直不安なのですが…こうして晴明様と旅が出来るなんて光栄な事です。」

「そう言えば流ノ介は生まれは何処なんだ…。」

「私は信濃国しなののくに〔現在の長野県と岐阜県中津川市の一部〕の生まれですけど…。」

「信濃国か…。あそこは山々に囲まれて風情もいいし、それに何処か懐かしい雰囲気に包まれていてじぶんの故郷に帰ってきた…って感じがするんだよな。」

「晴明、何だか嬉しそうな顔をしてるけど…。」

「そ、そうか…。」

「導満様、晴明様が嬉しそうな顔をしているみたいですけど…あの様な顔をなされる晴明様を見るのは初めてです。」

「俺もあいつがあんな嬉しそうな顔をするのは何年ぶりかな…。まぁ、あいつは少しだけ成長した姿を見れたからいいけどな…。」

と、その時だった。

突如晴明たちの前に金色のたてがみなびかせながら鋭い眼孔で睨み付ける魔獣〔実は天界を司る神・太上老君たいじょうろうくんの変身した姿〕が姿を現し、猛突進で晴明に攻撃を仕掛け…一瞬の出来事ではあったが圧倒的な魔獣の前ではさすがの晴明も為す術もなかった。

「つ、強すぎる…。今まで戦った魔獣とは比べ物にならないくらい圧倒的な力を誇っている。」

「晴明…。」

「導満、お前は手を出すな…。これは、俺自身で解決しなければならないんだ。」

「そんな事を言ったって、相手は得体の知れない化け物なんだぞ。どうやって戦うつもりなんだよ…。」

すると、晴明は天之尾羽張を構えて攻撃を仕掛けて行くが…何度戦い挑んでも魔獣を倒す事は出来なかった…。

「だ、駄目だ…。」

『お前の実力はその程度か…。』

晴明は目の前にいる魔獣の声に応えるかの如く、傷付いた身体をゆっくり起き上がって一歩ずつ近づいてこう答えていった。

「そ、その声は…。」

『やっと気付いたみたいだな…。だが、この事は決して他の者には内密にな…。』

「いったい何の目的で私を襲った…。」

『別に目的など無い…。ただ、お主がどれ程の能力なのか試したまでだ…。』

「私の能力を試しただと…。」

『その通り。近頃人間界では婆沙羅将軍と名乗るやからが我が物顔で悪さをしておる様だが…それを阻止する事が出来るのは稀代の陰陽師であるお主しか居らぬ…。』

しかし、晴明は魔獣の言葉に少し不安を抱いていたが…それでも一日も早く婆沙羅将軍を見つけ出そうと言う晴明の決意は変わらなかった。

「分かった…。そこまで申されるのであれば、この安倍晴明…必ずや約束をお守り致す…。」

『左様で御座るか…。その言葉を聞いて安心致した…。これで、我が役目を果たせたと言うものだ。』

そう言って、魔獣はその場から姿を消して行ったが…晴明は何だか力が抜けていく感覚で腰砕けてしまい、しばらく動けなかったのである。

「おい、しっかりしろ…。」

「あ、あぁ…。」

「晴明、何とも無いのか…。随分憔悴しきった顔をしてるみたいだけど…。」

「だ、大丈夫だ…。少し、しばらくの間休ませてくれないか…。」

「分かった。」

導満は憔悴しきった晴明を背負って近くの古寺まで運び、正親、飛鳥、流ノ介の三人は古寺の周りを取り囲みながら敵の襲撃に備えていた…。


それから数時間後、すっかり夜も更け…無数の星空が晴明の下に照らされるかの如く、座禅を組みながら瞑想に更けていた。

「晴明、身体の方は大丈夫なのか…。」

「導満か…。心配するな、俺はもう大丈夫だ。」

「そうか、それを聞いて安心した…。」

「それより、飛鳥どのと流ノ介は…。」

「あの二人ならぐっすり眠っている。相当疲れが溜まっていたみたいだったからな…。」

その後晴明は、ゆっくりと立ち上がって古寺の裏手へと移動し…しばらくすると大きな墓石が一基鎮座されていて、その墓石には〔姉小路大納言祐康卿之墓あねこうじだいなごんすけやすきょうのはか〕と刻まれていた。

「姉小路大納言祐康卿と言えば、確か二十年前に原因不明の病でこの世を去っていると言う噂を聞いた事があるが…一説には正体不明の魔物に殺されたのではないかと言う話も耳にしている。果たしてそれが真実なのかどうかは直接本人に聞いてみるしかあるまい。」

早速晴明は、近くにあった頭蓋骨を拾い上げ…懐から出した式符に術を唱え、更に血文字で『舌』と書いて頭蓋骨の口の中へ入れると…頭蓋骨がうっすらと薄緑色の光を放ちながら姉小路大納言祐康卿の魂が晴明の前に姿を見せた。

『我が魂を呼び覚ませし者は何者じゃ…。』

「私の名前は安倍晴明と申す者…。もしや貴方様が、姉小路大納言祐康卿にございますか…。」

『如何にも我は姉小路大納言祐康である。晴明殿、何故我を存じておるかは知らぬが、我の察するに何か不穏な気配を察知しての事であろう…。』

「さすがは姉小路大納言卿…。実は貴方様が何故命を落とされたのか…その真相を確かめようとこうして術を以て呼び寄せた次第に御座います。」

『左様か…。では話そう。あれは今から二十年前の事、我の前に突然異界の者が現れ…全ての人間を無差別に殺され、その後不覚にも其奴は我を一瞬にして命を奪ったのじゃ…。』

「いったい誰がその様な事を…。」

『分からぬ…。だが、たった一人だけ奇跡的に生き残った者が居る…。』

「その生き残った人物とは誰なんですか…。」

すると、姉小路大納言祐康はその生き残った人物こそ…右大臣・西園寺伊周さいおんじこれちかの娘・飛鳥である事を告げたのであった。

「そ、そんな馬鹿な…。確か飛鳥どのには父親が居なかったはず…。それに、飛鳥どのは一言も父親が居る事を話さなかったみたいたが…何故今頃になってその様な話を為さるのか、その真偽を確かめとう御座います。」

姉小路大納言祐康は、飛鳥の父親である伊周が当時まだ幼かった飛鳥を助ける為に自らの命を掛けて異界の者を倒そうとしたが、逆にその異界の者に返り討ちに遭い…そのまま息絶えたのだと晴明に伝えたのであった。

「その様な話があったとは…。飛鳥どのも恐らく相当苦労なされたに違いない。」

『晴明殿、実は飛鳥どのには…生き別れた双子の姉が居たそうじゃ。』

「えっ、飛鳥どのには双子の姉が居られたのですか…。」

『詳しい事はよく分からないが、あの襲撃事件で飛鳥どのの双子の姉が何者かによって拐われたものと思われる…。』

「それで、いったい誰が飛鳥どのの姉君を拐ったとでも言うのですか…。」

『分からぬ…。とにかく拐われた飛鳥どのの姉君が何処へ連れていかれたのかを晴明殿の力で見つけてはくれぬか…。』

「姉小路大納言殿、及ばずながらこの安倍晴明…一刻も早く必ずや飛鳥どのの姉君を見つけ出してご覧に入れまする…。」

ひょんな事から姉小路大納言祐康卿から飛鳥の双子の姉を捜すよう依頼された晴明は、導満たちに事情を話して納得させた上で翌朝武蔵国むさしのくに〔現在の東京都・埼玉県・神奈川県の一部〕へ向かうのだが、果たしてこれから先晴明たちにいったいどんな困難が待ち受けるのだろうか…。









第八幕に続く…。


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