第六幕 黄泉国(よみのくに)から来た魔導術師
正親の隠れ家である夢想庵で晴明の身体に隠された力を覚醒させ、九尾童子となった晴明は…兄弟子である正親と手合わせする事となり、両者一歩も引かない攻防戦が続いていた。
しばらくして、晴明の目の前に見覚えのある形代がゆっくりと舞い降りたかと思えば…その形代が実は導満が放った形代である事を見抜き、相模国で不可解な連続怪奇事件に遭遇したからすぐに来て欲しいとの内容が書かれていたのであった。
その形代に書かれた内容に晴明は、兄弟子である正親に一緒に相模国へ動向して欲しいと懇願するが、もちろん正親も相模国で起きている怪奇事件には何か裏があると睨んでいたのである。
「兄弟子、私と一緒に相模国へ行っていただけませんか…。」
「別にいいけど…。それはそうと晴明、その形代には何と書いてあったんだ。」
「とある村で不可解な怪奇事件が起きているからすぐに相模国へ来て欲しいと書いてありますが…。」
「…どうやら相模国で良くない事が起ころうとしているらしいな。」
『晴明、恐らく今度の怪奇事件には婆沙羅将軍が絡んでいる可能性がある。』
白蛇神は、相模国に起こった怪奇事件の裏には婆沙羅将軍が絡んでいるのではと指摘するが…晴明は先に相模国へ向かわせた導満と飛鳥の安否も気にかかると不安な表情を浮かべていた。
「晴明、二人の安否も大事だが…とにかく相模国へ行って真相を確かめなければな。」
「そうですね…。それに、白蛇神の言葉も気になりますが…もしかしたら今からでも間に合うかも知れません。」
『そうだな…。事は一刻を争うから、すぐにでも出発の準備でもしておかねばならぬのう…。』
それからしばらくして、晴明と正親は旅の支度をして相模国へ向かおうとした時…白蛇神が晴明を呼び止め、万が一に備えてある物を手渡していったのである。
『晴明、お主に渡したい物がある…。』
「白蛇神、渡したい物って…。」
『これは《天之尾羽張》と言って、日本神話に登場するイザナギが宿敵であるカグツチを斬ったとされる伝説の十束剣じゃ…。これをお主に渡しておこう。』
「ありがとうございます…。」
「白蛇神、俺にも晴明と同じ武器をくれないのかよ…。」
『正親、そなたにもちゃんと用意しておる…。』
すると白蛇神は、奥から青龍偃月刀と呼ばれるかつて三国志演義に登場する関羽雲長が愛用していた武器を正親に手渡し、更に白蛇神は《陰陽照魔鏡》と《霊鳥八咫烏》を晴明に授けたのだった。
『そうそう…すっかり忘れておったが、お主の親父が使っていた陰陽照魔鏡と…人間に姿を変えた魔物の正体を見破る霊鳥八咫烏を授けよう…。』
陰陽照魔鏡と霊鳥八咫烏を受け取った晴明は、身体に電撃が走るが如く…かつて父親である保名から受け継いだ霊力を感じ取り、改めて打倒婆沙羅将軍を心に誓うのであった。
「さて、そろそろ出発するかぁ…。」
「導満と飛鳥どの…それに、七星宝剣の在処を知る一寸法師の安否も気にかかるが、いったい相模国で何が起こっているのかを確かめないと…。」
一方その頃、一足先に相模国へ到着した導満と飛鳥の二人は…七星宝剣の在処を知る一寸法師を伴い、とある村へと立ち寄ったが…何やらただならぬ空気が漂い、邪悪な障気が立ち込めていたのである。
「こいつは酷いな…。」
「見ているだけでも残酷過ぎますが、これ程荒れ果てた状況だと…恐らく何者かがこの村を襲撃して廃墟させたに違いありません。」
「しかし、これだけ荒らされたんじゃ…一人の力では到底不可能としか考えられないな…。」
「もし晴明様が居らしていたら、すぐにでも真相を解き明かして解決してくれると思うのですが…。」
「でも、肝心の晴明が居ないんじゃあ…解決するにも先に進まないよな。」
と、その時だった。
突然二人の目の前に黒覆面をした集団が現れ、いきなり導満に火炎独楽を投げつけ…すかさず導満はひらりと身を躱して反撃に出るが、数人の黒覆面が前後左右から火炎独楽が一斉に放たれ…導満は大ダメージを受け、飛鳥は導満を庇って黒覆面の集団の攻撃を援護していった。
「導満様…。」
「あ、飛鳥どの…。此処は危険だから、今すぐにでもこの場から逃げるんだ。」
「いえ、導満様を置いて逃げる訳には参りません。それに、晴明様の代わりになれるかどうか分かりませんが…私は命を掛けて導満様をお守り致します。」
そう言って、飛鳥は黒覆面集団を相手に獅子奮迅の如く飛鳥が得意とする武器『龍炎乾坤圏』を操り、黒覆面の集団を一掃させていったのである。
「飛鳥どの…。いつの間にその様な武器を…。」
「この龍炎乾坤圏は、亡き父から受け継いだ由緒ある伝説の武器…。幼い頃から龍炎乾坤圏の扱いを教わりましたから、如何なる状況でも対応出来る様に訓練を受けて来ました…。」
「それにしても、今の黒覆面の集団はいったい何者なのか…非常に気になるところだが、とにかく先を急ごう。」
その日の夕方、導満と飛鳥は一寸法師を連れて近くの旅籠へ宿泊し…暫しの休息をしていたいたが、この時導満は突然襲撃してきた黒覆面の集団に不快感を覚え…一抹の不安を抱えていたのである。
「それにしても奴等、何処かで見た覚えがあるんだが…。」
「導満様、どうかなさったのですか…。」
「いや、あの黒覆面の連中…どうも気になる部分があって仕方がないんだ。」
「気になる部分って…。」
「飛鳥どの、奴等が襲ってきた時…ほんの一瞬だけ般若の入れ墨が見えたんだ。」
「般若の入れ墨…。」
「ああ…。でも、あの般若の入れ墨が何処の組織の印なのか思い出せないんだ。」
すると、今まで口を聞かなかった一寸法師が般若の入れ墨に見覚えがあると導満たちに話していった。
「その般若の入れ墨だったら、何処の組織の者か知ってるぞ…。」
「おい、それは本当か…。ってか、お前喋れたのかよ…。」
「今まで何も言葉を発しなかったのには、何か理由でもあったのでしょうか。」
「別に理由なんかないけど、とにかくその般若の入れ墨が何処の組織なのか…大体の見当はついてる。」
「教えてくれ…。その般若の入れ墨の秘密を…。」
そして遂に、一寸法師は般若の入れ墨が関東一円を荒らし回っている盗賊集団・斬嶽党である事を導満に話した。
「やはりそうだったか…。」
「導満様、私もその名前に聞き覚えがあります。」
「奴等が何故そなた等を襲撃してきたのか…恐らく連中は七星宝剣を奪おうとしているに違いない…。」
「何だって…。」
「だとすると、一刻も早く七星宝剣を探さないと…。」
「何をそう焦っておるのだ…。急いで探したところで、七星宝剣は逃げはせぬ…。」
「しかし、七星宝剣の在処が分からないんじゃ…先に奴等が見つけてしまう可能性だってあるんだぞ。」
「心配するな…。そう七星宝剣は簡単に見つかるものか…。それに、七星宝剣はその名の通り七つの星…即ち七つの宝玉が集まって初めて一つの剣が完成する仕組みになっておる。」
「七つの宝玉…。」
「そいつを集めれば、七星宝剣が完成するんだな。」
「ああ…。だが、また斬嶽党が再び襲撃してくるやも知れぬ…。それに、晴明殿が無事相模国へ到着するのを祈るしかあるまい。」
「あれから十日ばかりになるが、晴明からの連絡が未だに来ないのが心配だけど…あいつは必ず来る事を信じているぜ。」
「私も、晴明様が来る事を心から信じています。」
しかし、導満たちの不安が現実の物となる事件が勃発しようとしていた…。
又しても斬嶽党が七星宝剣を奪おうと導満たちが宿泊している旅籠に火炎独楽を放ち、一瞬にして旅籠が火の海に包まれ…宿泊していた旅籠の客たちはパニックに陥りながら足早に脱出し、死者は出なかったものの燃え盛る炎は勢いを増しながら拡がっていった。
「くっ、又しても奴等め…性懲りもなく来やがったな。」
「このままじゃ、多くの犠牲者が増えてしまいます。」
「よりによって斬嶽党が現れるとは…余程運がついてないと見えるな。」
「こうなったら、俺たちが連中を倒すしかなさそうだな…。」
「何としてでも、此処を切り抜けなければ先には進めません。私も、共に戦います…。」
「待て、此処は万事俺に任せてくれないか…。正直この格好では窮屈過ぎて自由に動けないんだが、やっと本来の姿で戦えると思うと何だかウズウズしてきたって感じだぜ…。」
すると一寸法師は、自ら封印していた身体を解き放つかの如く…一気に解放して元の姿に戻り、迫り来る斬嶽党をあっという間に撃滅させていったのである。
「ったく、もう終わりかよ…。」
「えっ、もしかして…お前あの一寸法師か。」
「ああ…。」
「あまりの変貌ぶりに、さすがの私も驚きました…。でも、何故ずっと今まであの姿で過ごしていたのか…正直不思議に思って仕方がなかったんですが、何か理由でもあるのですか。」
「別に理由なんてないよ…。ただ、自分の正体を奴等に知られたら…こっちにとって都合が悪いからな。」
「それはそうと、いったいお前は何者なんだ…。」
「俺か…。俺の名前は相馬流ノ介。猛虎暫魔刀を扱う剣の使い手さ…。」
なんと、一寸法師の正体は相馬流ノ介と言う剣の使い手で、年齢は17才…背丈は1m85cmの長身でキリリと引き締まった細身帯びた顔立ちをした今風で言う超がつくほどのイケメンなのである。
「でも凄いよな…。」
「とてもあの姿から想像もつかないぐらいかなり変身した感じですね…。」
「そう言われると、こっちも何て言えばいいのか…とにかく今は七星宝剣を見つけるのが先決だ。」
「ああ…。奴等が現れる前に、此処を離れて先を急がねばならないな…。」
すると飛鳥が、前方からただならぬ霊気を感知して周囲を見渡していくと…わずかだがうっすらとぼやけた影が浮かび上がっているのを飛鳥は見逃す訳がなかった。
「導満様、あの近くにわずかですが霊気を感じます…。」
「よりによってまた奴等が現れたってか…。」
「いや、奴等とは全く異なる霊気だ…。」
「流ノ介、異なる霊気って…まさか黄泉国の使者が現れたってのか。」
流ノ介は今までに無い表情を浮かべながら目の前に現れた《幽霊伯爵》と名乗る婆沙羅将軍の腹心の登場により、導満たちの周りに緊張の糸が張り巡らされた心境で幽霊伯爵と対峙していた。
『お初にお目にかかる…。小生は婆沙羅将軍様に支えし腹心・幽霊伯爵と申す者…。我々に刃向かう輩共を排除せよとの御命令ゆえ…気の毒だがお主たちにはこの場にて死んで貰おう。』
「じょ、冗談言うな…。」
「そう簡単に死んでたまるかよ…。」
「幾ら何でも、あなたの都合で人の命を平気で蔑ろにしようなんて…あまりにも酷すぎます。それに、もうすぐ私たちの仲間がこちらに到着する事になってます。」
『仲間だと…。もしお主たちの仲間が来たところで、一気に全滅させてしまえばよい事だ…。』
幽霊伯爵の自信に満ち溢れた発言に、終始緊迫した状況下に置かれた導満たち…。
しかし、このまま引き下がる訳にはいかないと…3人は幽霊伯爵に戦い挑もうと一斉攻撃を仕掛けていくが、幽霊伯爵は魔導妖術を施して導満たちを背水の陣に追い込んでいった。
「な、なんて強さなんだ…。」
「とてもじゃないが、我々の力ではどう足掻いても太刀打ち出来る相手じゃない…。」
「幽霊伯爵…これまでの妖魔とは比べ物にならないくらい恐ろしい相手…。いったいどうすれば勝てるのでしょうか…。」
だが、更に追い討ちを掛けようと…幽霊伯爵は《邪極念動波》を放ち、最大のピンチを迎えてしまうのだった。
『あれほど無駄だと忠告しておいたのにも関わらず…まだ我に刃向かうとでも申すのか…。これだから人間は愚かな生き物だと言うのだ…。』
「ふ、ふざけるな…。何が愚かな生き物だ…。てめぇこそ、人間を人間だと思わず…まるで虫けらのように平気で殺そうとしているだけじゃないか…。」
『ふっ、何度でもほざくがいい…。お前たちがどう足掻こうと、もうすぐお前たちは此処で死ぬ運命だからな…。さぁ、そろそろ死刑執行の時間だ…。』
もはや危機的状況下に追い込まれた導満たちは、突如現れた婆沙羅将軍の腹心と名乗る幽霊伯爵の登場により最大のピンチを迎えていた…。
しかし、導満たちは決して最後まで諦めようとはせず…形勢逆転のチャンスを狙っていたが、果たして導満たちの運命や如何に。
第七幕に続く…。