第五幕 覚醒!伝説の九尾童子降臨
水簾洞に身を潜めていた正親を問い詰めた晴明は、自分は殺していないと強く否定してはいるものの、確たる証拠は見つからないまま迷走する中で突如外の方から怪しい気配を放つ魔物の集団が水簾洞を取り囲んでいった。
慌てて晴明と正親は扉を開けて外を見ると、そこに居たのは赤い装束を身に纏った《百鬼王軍》と呼ばれる婆沙羅将軍直属の魔物軍団が晴明と正親を捕まえようと立ち塞いでいた。
しかし、晴明と正親は百鬼王軍を嘲笑うかの如く…一気に蹴散らそうと互いに力を合わせて迫り来る百鬼王軍を倒そうとしていたのである。
「けっ、好かねぇ連中が来やがったぜ…。」
「こいつ等、見た事もない姿をしているが…いったい何者なんでしょうか。」
「おいっ、てめぇ等何者なんだ…。」
『我等は婆沙羅将軍様に支えし親衛隊・百鬼王軍である。貴様たちが噂の安倍晴明と鬼龍正親か…。』
「それがどうした…。」
「婆沙羅将軍の親衛隊だか何だか知らないけど、俺に挑戦状を叩きつけるとはいい度胸だな…。」
「兄弟子、こいつ等恐らく兄弟子の命を狙っているかも知れません…。」
「だったら尚更の事…。この鬼龍正親の命が欲しければ、どっからでも来やがれってんだ…。」
『お、おのれ…。我等百鬼王軍の恐ろしさを知らないようだな…。構わぬ、一人残らず斬り捨てぃ〜。』
婆沙羅将軍親衛隊である百鬼王軍は、晴明と正親の命を奪おうと一斉攻撃を仕掛けていくのだが…晴明は得意の陰陽術で反撃し、正親も呪禁術で百鬼王軍を全滅させていったのである。
「晴明、これで安心するのはまだ早いぞ…。また奴等が水簾洞を襲って来る可能性があるから、とりあえずもう一つの隠れ家へ移動するぞ…。」
「あ、兄弟子…。他にも隠れ家があるんですか。」
「ああ…。」
「こんな事を言いたくはありませんが、兄弟子は昔からぶっきらぼうで計画性が無いと言うか…長続きしないのが兄弟子の欠点なんですよ…。」
「な、何だと…。お前だって一人じゃ何も出来ない癖に…。」
「そ、そんな事無いですよ…。私だって一人前の陰陽師として立派に役目を果たしているつもりですけどね…。」
「へぇ〜。あの弱虫だった晴明が、立派に役目を果たしているとは思わないけどな…。それに、まだレベルの低い式神しか扱えないんじゃあ…まだまだ一人前を名乗るのはお門違いと言うもんだぜ。」
「そ…そこまで言う必要ないでしょう。とにかく、今は言い争っている場合じゃありません…。急いでもう一つの隠れ家へ行きましょう。」
「ったく、やっぱ晴明は晴明だな…。こいつは少し鍛えたほうが良さそうかも知れないな…。」
それからしばらくして、晴明と正親は再び敵の襲来を避けるべく…夜が明けない内にもう一つの隠れ家である《夢想庵》へ向かっていった。
「兄弟子、夢想庵までどれぐらいの距離があるんですか。」
「あの山を越えればもう一つの隠れ家である夢想庵がある。だが、此処から先は神の領域とされる《神泉境》と呼ばれる選ばれし者しか通る事が許されない神聖な場所を通らなければならない。」
「兄弟子、その神泉境はいつ頃からあるんですか。」
「詳しい事はよく分からないが、だいぶ古い時代には存在していたらしく…いったい誰がどの様な経緯で造られたのかはまだ解明されていないらしい。」
「ですが、神泉境には《白蛇神》と言う神の使いがいると聞きましたが…。」
「ああ…。白蛇神は元々八葉仙人に支えていた守護神だったが、八葉仙人の死後白蛇神は何かに引き寄せられるかの如く神泉境に住み着く様になったとされている…。」
「兄弟子、私はその白蛇神がいったいどんな姿をしているのか…この目で見てみたいと思っていたんです。」
「晴明、あまり期待すんなよ…。そう簡単に白蛇神が現れるとは限らないからな…。」
それから数時間が経過し、正親と晴明は神泉境へ到着して夢想庵へ向かおうとしたその時…突然神泉境の湖から主である白蛇神が晴明の前に現れ、晴明に話し掛けていくのである。
『お主、もしや安倍晴明ではないか…。』
「はい…。」
『やはりそうであったか…。お主は覚えてはおらぬとは思うが、昔お主に助けられた恩義があってのぅ…それ以降ずっとお主の事を探し続けていたが、やっと念願が叶ってこうして再開した次第となった訳だ。』
「私もかなり昔の事であまり覚えてはいませんが、何となくうっすらと記憶が甦った気がしてならなかったんです。」
「へぇ〜、晴明にもそんな過去があったなんて知らなかったぜ…。けど、正直運命的な出逢いってのはあまり信じない性分だが…こうして再開するってのは何かに惹き付けられる要素が晴明にはあるのかも知れないな…。」
『ところで、二人とも何故この神泉境に立ち寄ったのか…まさか、奴等が甦ったとでも申すのか…。』
白蛇神は予てより百鬼王軍の復活を予言していたのだが、それと同時に魔界の王である婆沙羅将軍が復活する事も予言しており…晴明は京の都で婆沙羅将軍の姿を目撃していたと白蛇神に告げていた。
『やはりそうであったか…。まさかとは思っていたが、事態は急展開を迎えようとしておる。』
「白蛇神、いったい何が起ころうとしているのですか…。」
『此処で立ち話も何なんだから、夢想庵で詳しい話を致そうぞ…。』
しばらくして、晴明と正親は白蛇神の案内で夢想庵にたどり着き…白蛇神は婆沙羅将軍が何故現世に復活したのか、そして百鬼王軍の出現により《異界王・幻魔大帝》の完全復活の儀式を目論んでいると晴明と正親に話していった。
「白蛇神、異界王・幻魔大帝とはいったい何者なんですか。」
『異界王・幻魔大帝は今から四千年前に封印されていた百済国の魔王。数多の術者が幻魔大帝を倒そうとしたが…誰一人倒せる者はおらず、もはや絶望的かと思われたその時…天空より現れた仙界十二神将の一人である《太上老君》が妖魔封じの術を施し、幻魔大帝の封印に成功したと聞いている…。』
「しかし、秘宝を狙う墓荒らしが幻魔大帝を復活させてしまい…再びこの世は闇に包まれてしまった。それから四百年経ったある日、一人の若者が再び幻魔大帝を封印して平和を取り戻したと言う伝説もあるんだ。」
「幻魔大帝…その名前を聞いただけで震えが来ると言うか、想像しただけでも身震いしてきました。」
この時、晴明は異界王・幻魔大帝が近いうちに復活するのではと危機感を募らせていたが…それよりも一刻も早く導満たちと合流せねばと白蛇神に告げるが、白蛇神は晴明の身体に秘めている能力を覚醒する必要があると正親に話すのであった。
『晴明、逸る気持ちは分かるが…それよりも先ずお主に秘められし力を引き出さねばならぬようだな…。』
「秘められし力…って、何の事だかさっぱり分からないんですけど。」
「白蛇神、俺も薄々感付いていたけど…どうやら晴明には何かしらの能力が秘めている可能性があるかも知れないな…。」
そんな中、晴明の顔がいつもより青ざめた表情を浮かべていたのを正親は見逃さなかった。
「晴明、何だか不安そうな顔をしているみたいだが…まさかお前、あの魔物の事で何か知っているのか。」
「い、いえ…。ただ、幻魔大帝の名前をどこかで聞いた記憶があるんですが…あっ、思い出した…。」
「晴明、何か思い出したのか…。」
晴明は幼い頃に父親で天才陰陽師と呼ばれた安倍保名が幻魔大帝との戦いで命を落とし、また母親である葛葉姫も幻魔大帝に戦い挑んだが…圧倒的な魔力を誇る幻魔大帝には勝てず、その場にて敗れ去ってしまう不名誉な結果を残してしまったと白蛇神と正親に話すのである。
「葛葉姫と言えば、確か信太森の妖狐と呼ばれた狐の化身…。その葛葉姫が幻魔大帝に倒されるなんて正直信じられない。」
『そればかりか、あの天才陰陽師である保名殿さえ勝てなかったのだからな…。それだけ幻魔大帝は恐ろしい魔物だと言う事だ…。』
「あの時の光景は、今でも鮮明に覚えています…。私の両親を殺した憎き幻魔大帝…決して許す訳にはいかない。」
『晴明、そろそろお主に秘められし力を引き出そうと思うが…覚悟は出来ておろうな。』
しかし、晴明は自分に秘められし力がどんなものなのか全く見当が付かず…少し戸惑った様子で悩んでいたが、しばらくして晴明は自分自身に秘められた力を白蛇神に引き出してもらう事にした。
「白蛇神、お願いします…。その秘められし力とやらを引き出してくれませんか…。」
『晴明、多少苦痛を伴う事になるが…それでも秘められし力を引き出すとでも申すのか。』
「ええ…。例えどんな結果になろうとも、後悔なんかはしません。それに、殺された両親の復讐も果たさなければならないから…。」
晴明の話を聞いた白蛇神は、幻魔大帝に対する復讐心がメラメラと燃えているその姿に感服し…直ぐ様白蛇神は晴明に術を施して晴明の身体に秘められし力を引き出そうとしていた。
『そこまで申すのであれば、もはや止めはせぬ…。では、目を閉じて何も考えずに無心になられよ…。』
晴明の言葉に感化した白蛇神は、黄金のオーラを放ちながら晴明の身体に眠っていた《九尾童子》の能力を目覚めさせていったのである。
「そ、その姿は…もしや伝説の九尾童子。まさか、目の前で見られるとは思わなかったな…。」
「えっ、いったい何が何なのかさっぱり分からないんですけど…。」
『晴明、そこにある鏡で今の姿をよく見るがよい…。お前は完全なる力を手に入れたのだからな…。』
すると晴明は、恐る恐る鏡の前に立つと…そこで目にしたのは銀色の髪に白い装束を纏い、頭には紫色の烏帽子に陰陽太極図と安倍家の家紋である晴明桔梗紋が施されていた特別仕様となっており、その姿を見た晴明は思わずビックリした表情を浮かべていたが…それでも晴明は見事に変身した姿に納得した様子で白蛇神に礼を述べたのであった。
「白蛇神、何て礼を言ったらよいのか…正直言葉が頭に浮かばないけど、とにかく有り難うとだけ言わせてもらうよ…。」
『晴明、礼には及ばぬ。しかし、これ程までに変身するとは予想もしなかったが…とりあえず無事成功した事に変わりはないからのう…。』
「それにしても、これだけ変貌を遂げるとは想像しなかったけど…これで晴明は新たな能力を手に入れたって訳だな…。」
すると晴明は、正親に自分の力がどれ程のものなのか手合わせ願いたいと申し出たのであった。
「兄弟子、こんな事を言うのも何ですが…私の実力がどれ程のものか知りたいので、是非とも兄弟子と一戦交えていただけませんでしょうか…。」
『そいつは妙案だな…。正親、お主も本気で晴明と一戦交えてみてはどうかのう…。』
「白蛇神がそこまで申されるのであれば、この鬼龍正親…本気で戦わせてもらおうかな…。」
「兄弟子、この晴明も命を掛けて本気で戦わせてもらいます。もちろん、兄弟子と言えども…容赦はしませんからそのつもりで。」
「こっちだって、かなり本気モードで戦わせてもらうから覚悟しろよ…。」
『どうやら、こいつは面白い戦いになりそう予感がしてきたのう…。』
それから数時間後、白蛇神が見守るなかで晴明と正親の真剣勝負が…今まさに始まろうとしていた。
「兄弟子、覚悟はよろしいですね…。」
「晴明こそ、あとで後悔しても文句は言うなよ…。」
「もちろん、今の自分に後悔と言う文字は存在しません。」
「その覚悟があれば、もはや手加減は無用と言う訳か…。ならば行くぞっ。」
遂に始まった晴明対正親の宿命の対決…。
先手を打ったのは呪禁術を得意とする正親だった。
正親は印を結びながら呪文を唱え、九尾童子に変身した晴明に攻撃を仕掛けようとするが…晴明は一瞬にして相手の攻撃を先読みしながら正親に反撃を開始してゆくのである。
「なかなかやるな…。だが、これぐらいの事で引き下がる正親ではない…。」
「私だって、九尾童子に変身した以上…この戦いで負ける訳には参りません。」
「その心意気…しかと我が胸に刻んでおこう。では行くぞ…。呪禁秘術・臥龍傳聖!」
「天地無限・乾坤自在…。陰陽秘術・火炎猛虎斬!」
両者一歩も引かない激しい攻防が続き、互いに傷付きながらも全く戦いを止める気配すら感じさせない雰囲気を見せていたが…果たして両者の戦いにどんな結末が待ち受けているのか。
そして次回、二人の対決を邪魔をしようとする謎の人物が現れ…物語は思わぬ方向転換を見せる…。
第六幕に続く…。