第四幕 過去を捨てた陰陽師
一寸法師を追って隠し扉の奥へと入っていった晴明たちは、細長い通路を歩いて更に奥へ進み、しばらくして地下へ通ずる階段を降りて行くと…目の前には無数の頭蓋骨が散乱していて辺りの空気はどんよりと不気味な雰囲気を醸し出していたのだった。
だが、そこはかつて罪人が処刑されたとされる刑場跡であり…壁には拷問で使われている手錠や鉄球の付いた鎖などが今でも残されており、床一面には人間の血の跡が生々しくびっしりと付着していたのだった。
「うわっ、何だか不気味な場所だな…。」
「壁には処刑道具や拷問に使われる道具がところ狭しと置かれているみたいですけど…。」
「それもそのはずだ…。此処はかつて朝廷や幕府に逆らった反逆者たちが処刑された地下処刑場だからな…。」
「晴明、それってマジかよ…。」
「導満が知らないのも無理はない…。その昔、此処の刑場は極秘で刑の執行をしていたんだから、あまり外部には知られていないだけなんだ…。」
「晴明様、どうしてその事をご存知なのですか。」
「私は過去の出来事や処刑場の記録を本で何度も読んだ事があるんだ。だから、知らず知らずのうちに頭の中で記憶されていくのだ…。」
「やっぱ晴明はすげぇ〜な。俺なんかそう言うのはどうも苦手なんだけど、聞いているだけで身震いして来そうだぜ…。」
「それにしても、既に使われていないこの刑場が発見されたとなれば…魔界の王である婆沙羅将軍が見逃すはずがありません。」
「だとすると、この刑場跡と婆沙羅将軍には何らかの関係がある…って事なのか。」
「分からない…。でも、否定する訳ではないが…もし婆沙羅将軍が此処の刑場跡との関係があったとすれば、必ず何かが起きる可能性があるとしか考えられない。だから、一刻も早く一寸法師を見つけて彼を助けなければ…。」
「って、一寸法師を助けるっつったって…奴は人を殺しているんだぞ。」
「いや、一寸法師は犯人なんかじゃない…。」
「じゃあ、誰があの娘を殺したと言うんだ。」晴明は今度の事件の犯人は一寸法師ではなく、全て魔物の仕業である事を告げ…その魔物は既に導満たちの目の前にいると話すのである。
「晴明、じ…冗談だろ。」
「いや、冗談なんかじゃない。既に我々の目の前にいるのは事実だ…。」
「晴明様、もしかしてあの暗闇に浮かぶ不気味な光がそうなのでは…。」
飛鳥が暗闇に浮かぶ不気味な赤い光を見つけ、そぉ〜っと近づいてみると…何とそこにいたのは巨大な化け蜘蛛が晴明たちを睨み付けていたのであった。
しかも、その脇には蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされ…気を失っている一寸法師の姿があった。
「あ、あれは…。」
「一寸法師じゃないか。」
「何で一寸法師があんなところに…。」
晴明たちは捕われの身となってしまった一寸法師を助けようと近づくが…それを阻止せんと化け蜘蛛が口から粘液の強い糸を吐いて妨害をしていき、晴明は素早く身をかわして反撃に出るが…逆に化け蜘蛛の放った糸に捕まり、最大のピンチを迎えてしまうのだった。
「しまった…。」
「晴明っ…。」
「来るなっ…。来たらお前まで奴の餌食になってしまうぞ。」
「晴明様…。」
「飛鳥どの、そなたまで巻き込まれては一寸法師を助ける事が出来なくなってしまいますぞ…。」
「大丈夫です…。必ず晴明様と一寸法師をお助け致します。」
「だが、どうやって助けると言うのだ…。」
「心配するな…。俺があの化け蜘蛛を引き付けておくから、その隙に飛鳥どのは晴明とあの一寸法師を同時に助けるんだ…。」
「分かりました…。」
早速導満は、化け蜘蛛を自分自身に仕向けておき…その隙に飛鳥が晴明と一寸法師を一瞬で救出する作戦を実行するのであった。
「やいっ、お前の相手はこの芦屋導満様だ…。」
導満は化け蜘蛛を自分自身のところへ引き付けてながら攻撃を仕掛け、その隙に飛鳥は化け蜘蛛の糸に捕らわれた晴明と一寸法師を助けようとするが…それに気付いた化け蜘蛛は飛鳥を弾き飛ばして瀕死の重傷を追わせてしまうが、導満は急いで飛鳥を助けて安全な場所まで運びしばらく休ませる事にしたのである。
「飛鳥どの…。」
「導満様、私は大丈夫です…。それよりも、晴明様と一寸法師を助けなければ…。」
「飛鳥どの、これ以上喋ってはならない…。あの化け蜘蛛の弱点さえ分かれば、一気にやっつける事が出来るんだがなぁ〜。」
と、その時導満の懐に忍ばせておいた《火炎不動明王》の呪符が赤い光を放ち、すかさず化け蜘蛛に向かって呪符を放っていったのであった。
「晴明、少しばかり我慢してくれよな…。」
「お、お前まさか…。」
「大丈夫だって…。そう簡単に死にやしないって。」
「縁起でもない事を言うな…。って、そんな事を言っている場合じゃなさそうだな。導満、急いでくれ。」
「ああ…。」
そう言って、導満は火炎不動明王の呪符に念を込めて術を唱えながら化け蜘蛛に放っていったのである。
「天空を守護せし炎の神・火炎不動明王よ…。我が命に従い、悪しき魔物を焼き尽くすものなり。ノウマク・サンマンダ・バザラダンカン!」
導満の放った火炎不動明王の呪符が化け蜘蛛に命中し、その反動で晴明と一寸法師は蜘蛛の糸からスルリと抜けて地面に落ちたが、その直後…化け蜘蛛が火炎不動明王の呪符に命中した瞬間に煙の如くその場から姿を消していったのである。
「な、何だ今のは…。」
「化け蜘蛛が…消えた?」
「晴明様、これはおそらく…何者かが使役した式神の類いかと思われます。」
「式神の類い…。」
「いったい誰がこんな事を…。」
すると晴明は、地面に落ちていた蜘蛛の形をした式神を拾い上げ…この様な術を操る事が出来るのはあの男しかいないと導満や飛鳥に話すのだった。
「こいつを使役する事の出来る人物はただ一人…闇の陰陽師・鬼龍正親。」
「晴明、鬼龍正親って…確か陰陽寮から追放された元陰陽頭だった男…。」
「晴明様、その鬼龍正親とはどんな人物なのですか…。」
すると晴明は、かつて陰陽寮に在籍していた折…僅か三ヶ月で陰陽頭にまで出世した男が現れたとの噂が広まり、その男こそが鬼龍正親だと言うのだった。しかし、正親には裏の顔があり…相手を呪い殺す闇の陰陽術を使い、依頼人から多額の報酬を受け取っていたのだが、それが朝廷の耳に入り…遂に正親は陰陽頭の資格を剥奪され、それと同時に陰陽寮から追放されたのだと言う。
「奴は闇の陰陽術だけではなく、呪禁術と呼ばれる禁断の秘術を操る事も出来る恐ろしい人物だ…。」
「それだけじゃない…。闇の陰陽師・鬼龍正親は、かつて私を一人前の陰陽師として認めてくれた唯一の人物でもあり、尊敬する兄弟子でもあったんだ。あの事件が起きるまでは…。」
「晴明様、あの事件とはいったい…。」
その事件とは、今から十年前…まだ晴明が陰陽師に成り立ての頃、当時陰陽寮に魔物の軍勢が押し寄せ…多くの陰陽師が犠牲になっていく中で、ただ一人正親だけは悪魔に憑依されたかの如く無差別に同僚の陰陽師を殺害していったが、その異変に気付いた晴明の師匠である加茂忠行が術を施して正親をその場にて捩じ伏せ、3日後には朝廷より追放命令が下されたその後消息が途絶えたと晴明は導満と飛鳥に話していった。
「まさか、そんな出来事があったなんて…。」
「でも、その事件には何か裏がありそうな予感がしてなりません…。」
「飛鳥どの、それはどう言う事なんですか…。」
「鬼龍正親が起こした事件の裏には、とてつもなく恐ろしい魔物の存在が見え隠れしている様な気がしてならないのです…。」
「その魔物って、もしや婆沙羅将軍の事では…。」
「まだ確たる証拠はありませんが、その可能性は十分にあると思われます。」
しかし、晴明は陰陽術の兄弟子である正親が何故魔物の手先となって陰陽寮を襲撃したのか…そして今どの辺りに身を隠しているのかをどうしても知りたいと導満と飛鳥に一寸法師を連れて一足先に相模国へ向かってくれと言い、自分は鬼龍正親を探して真相を突き止めようと単独行動を開始しようとしていた。
「晴明、お前本気で言っているのか…。」
「事件を起こした張本人を探すなんてあまりにも無謀過ぎます…。」
「いや、これは自分自身で決めた事なんだ。あの優しかった兄弟子があんな事件を起こすなんて信じられない…。何故兄弟子があんな事をしたのか、どうしてあの事件を引き起こしたのか真相を確かめたいんだ。」
晴明は導満と飛鳥を説得するのに時間は掛からなかったが、導満と飛鳥は晴明の心中を察して一足先に相模国へ向かっていったが、実は晴明にはもう一つ目的があり…十年前に消息不明になっていた兄弟子である鬼龍正親から密かに手紙を受け取っており、その手紙には『どうしても晴明に真実を話さなければならない事があるから、誰にも気付かれないように富士の風穴近くにある《水簾洞》へ来てくれ』と書かれていた。
「兄弟子がどうして水簾洞に身を潜めているのか…真実を話すと手紙には書かれてはいるが、いったいどんな真実を話してくれるのか。とにかく、水簾洞に行ってみて兄弟子に直接聞いてみるしかなさそうだな…。」
早速晴明は、富士の風穴近くにあると言う水簾洞に向かうと…そこで晴明が目にしたのは、巨大な門を守っている頑丈な鎧を纏った護衛兵《実は正親が使役している式神》が敵の侵入を塞ごうと目を光らせていた。
「何てこった…。よりによって護衛兵がいるとは予想外だったな。しかし、今さら引き下がる訳にはいかないし、況してやこのまま護衛兵を倒してあの中へ突入するなんて事も考えられるし…ええぃ、悩んでいる時間は無い。強行突破してあの中へ突入するしかなさそうだな…。」
すると晴明は、護衛兵がいる水簾洞の入り口まで走り、その異変に気付いた護衛兵は晴明を阻止しようと持っていた金剛槍を晴明に突き立てながら攻撃を仕掛けていったが、晴明も負けじと反撃を開始していった。
「こ、こいつ…ただの護衛兵じゃなさそうだな。」
そう言って、晴明は術を唱えながら八卦陣を出現させて式神を召喚させていったのである。
「このまま戦っては、逆に護衛兵の餌食になってしまう可能性がある…。かくなる上は、召喚術で応戦していくしかあるまい。天地急々如律令…出でよ、我が式神・十二天将《青龍》。」
晴明が八卦陣から十二天将の一人である青龍を呼び出し、迫り来る護衛兵を相手に素早い攻撃であっという間にやっつけると、倒れた護衛兵が一瞬にして元の形代に戻ってしまったのであった。
「ま、又しても形代か…。だが、護衛兵が居なくなってしまえばさすがの兄弟子も黙っている訳にはいかないだろう…。ここは慎重に行動せねば、また同じ式神が現れるだろうからな…。」
そう言って、晴明は正親が居るとされる水簾洞の入り口まで歩いていくと…突然洞窟の奥から晴明を呼び止める声が響き渡っていた。
『待てっ、それ以上近づけば…貴様の命を無いぞ。』
「そ、その声はもしや…いや、そんな筈はない。でも、確かにあの声は紛れも無く兄弟子の声…。」
晴明は昔聞き覚えのある兄弟子正親の声を忘れてはいなかった。
「兄弟子、居るなら出てきて下さい…。どうしても、あの時の真相を知りたいんです。」
すると、洞窟の扉がゆっくりと開いて中から銀色の髪を靡かせながら現れたのは…すっかり変わり果てた晴明の兄弟子・鬼龍正親の姿がそこにあった。
「兄弟子…。」
「誰かと思えば、やはり晴明であったか…。」
「兄弟子、その姿は…。」
「驚くのも無理はない…。あれから十年の歳月が流れているからな…。」
「兄弟子、どうしてもお聞きしたい事があって遥々京の都から馳せ参じたのでございます…。」
「晴明、言わずとも良い…。確かにあの時、俺は何かに憑依された感覚で多くの仲間を殺してしまった。だが、それが原因で陰陽寮を追放されたが…それ以来人と接する事を拒み、この地で陰遁生活を送る様になったのだ…。」
「それじゃあ、殺された娘の事件も…兄弟子の仕業なのではございませんか。」
「違う…。あれは俺がやったんじゃない。あの時俺はずっとこの洞窟の中で修行をしていたんだ。」
「では、いったい誰があの事件を引き起こしたと言うのですか…。」
事件の真相を解明しようと兄弟子である正親を問い詰めていったが、この時すでに晴明の背後に魔の手が忍び寄ろうとしていた。
果たして、晴明は忍び寄る魔の手の正体とは…。
次回、晴明に史上最大のピンチを迎える事に…。
第五幕に続く…。