第二幕 廃墟に巣食う龍神山の大百足
それからしばらくして、晴明と導満は婆沙羅将軍を追って尾張国にたどり着いたが、そこで晴明たちが目にしたのは…雑木林に集まる黒山の人だかりを目撃し、慌てて二人は走って雑木林に近づくと、そこには無残にも血を流して死んでいる男性の死体が横たわっていて、その男性の首筋には頸動脈を食いちぎられていた後が残されていたのだが、その脇には奇妙な形をした羽が落ちていたのを晴明は見逃さなかったのである。
「晴明、こいつを見てみろよ…。どう見ても妖怪の羽としか思えないぜ。」
「確かに…。こいつは間違いなく陰摩羅鬼の羽だ。しかし、何故陰摩羅鬼の羽が殺された男性の遺体の傍に落ちていたのか…それを調べるのがまず先決だ。」
「とりあえずオレは、他に事件が起きていないか調べてみる。晴明はもう少しこの辺りの調査をしてくれ…。」
「分かった…。」
早速晴明と導満は、それぞれ事件の真相を調べる為…別行動を取る事にした。
晴明は殺された男性の身内に事情聴取を敢行し、そこで驚くべき事実を知る事になるのである。
「えっ、それじゃあ亡くなった御主人が奇妙な姿をした化け物を目撃したのは本当なのですね。」
「ええ…。あの日の夜、主人はいつものように外へ出掛けたのですが、あまりにも帰りが遅いので後を追いかけてみたら…。」
「既に御主人が殺されていた訳ですか…。」
殺された男性の妻は、いつものように夜の散歩をしていた時に偶然謎の光に吸い寄せられ…そのまま無惨にも怪しい化け物に殺されてしまったのだと話すのだった。
それを聞いた晴明は、益々陰摩羅鬼が今度の事件の犯人である事を確信したが、あとは導満からの連絡を待つばかりであった。
「晴明、そっちの方はどうだ…。」
「ああ…。間違いなく犯人は陰摩羅鬼である事が判明した。で、導満の方はどうなった…。」
「こっちの方は別に変わったところはなかった。だが、一つ気になる事が…。」
「何だよ、気になる事って…。」
導満の話によると、事件のあった三日前に村の子供が次々と誘拐される事件が発生し…これまでに六人の子供が何者かに拐われたとの有力情報を掴んだのだと晴明に話していった。
しかし、既に六人の子供は無惨にも白骨死体で発見されていたのだと言う…。
「何て残酷な…。まだ幼い子供が殺されるなんてあまりにも酷すぎる。」
「これも全て、陰摩羅鬼の仕業に違いない…。何としてでも陰摩羅鬼を探しだし、退治しなければ腹の虫が治まらねぇ…。」
「導満、俺も同じ考えだ…。婆沙羅将軍が現れてからは、次々と罪のない人たちを苦しめる…そんな奴等を決して許す訳にはいかないんだ…。」
そんな中、晴明はある罠を仕掛ける作戦を導満に話した。
「導満、こうなったらこちらから罠を仕掛けようと思うんだ…。」
「罠を仕掛けるって…。」
「オレたちの術を使って、分身を作るんだ。そして陰摩羅鬼が近づいたところで一気に退治するんだ。」
「でも、どうやって陰摩羅鬼わ誘き寄せるんだ。」
すると、晴明は形代と呼ばれる紙で出来た人の形をした物を用意して呪文を唱えると、なんと自分とそっくりな分身を作り上げてしまったのである。
「晴明、これってまさかお前自身の…。」
「ああ…。」
「だけど、もし偽者とばれたらどうするんだよ。」
「その時はその時だ…。とにかく明日はちょうど満月の夜だ。陰摩羅鬼は必ずここへやってくる。」
「いよいよ明日が陰摩羅鬼との決戦か…。」
そして、翌日の夜…。
晴明と導満は陰摩羅鬼が必ず現れるであろう灯籠の近くに八卦陣を施し、草木の影に隠れて陰摩羅鬼が現れるのを待ち続けていた。
「晴明、陰摩羅鬼は必ずここへ現れるんだろうな。」
「ああ…。奴は必ずやって来る。これ以上犠牲者を増やす訳にはいかないんだ…。」
と、突然嵐が吹き荒れ…晴明たちの前に竜巻が現れたのと同時に巨大な怪鳥が姿を現したのである。
「あ、あれが陰摩羅鬼なのか…。」
「思っていた以上にとてつもなく恐ろしい妖気を感じるぜ…。」
晴明と導満は初めて見る陰摩羅鬼の姿に思わず度肝を抜かれた感覚を覚えるが、しばらくして陰摩羅鬼が八卦陣に近づき…あらかじめ晴明が灯籠に仕掛けて置いた晴明の分身にまで近づいて一気に噛みつこうとした瞬間、草木に隠れていた晴明と導満が飛び出して陰摩羅鬼に攻撃を仕掛けていった。
「とうとう現れたな、陰摩羅鬼め…。」
「一気にてめぇを退治してやるぜ…。」
晴明は妖魔封じの札を懐から取り出しながら呪文を唱え、陰摩羅鬼に向かって妖魔封じの札を投げつけた。
「天地急々如律令…。」
晴明の投げた妖魔封じの札が陰摩羅鬼に命中し、すかさず導満が龍斬大剣で切りつけようとするが…陰摩羅鬼は大きな翼を拡げながら巨大な竜巻を起こし、晴明と導満にダメージを与えていくのであった。
「駄目だっ…。風が強すぎて近づく事が出来ない。」
「くそっ、どうすりゃいいんだよ…。このままじゃ俺たちあの化け物にやられちまうんだぞ…。」
すると晴明は、すかさず懐から《雷神符》を取り出して印を結んで術を唱え始めた。
「天空を守護せし雷神よ、我が命令に従い…悪しき妖魔に天罰を与えよ。」
晴明は術を唱え終えると、すかさず雷神符を陰摩羅鬼に向けて投げつけ…激しい雷鳴が陰摩羅鬼に命中すると、陰摩羅鬼は上空から真っ逆さまに急降下していき…そのまま地面に叩きつけられていったのである。
「晴明、一気にこいつを殺してしまおうぜ…。」
「待てっ、例え相手が邪悪な妖怪であろうと…無闇に殺生をするのは陰陽道に反する。こう言う場合には浄化させていくしか方法がないんだ。」
そう言って、晴明は陰摩羅鬼に向かって呪文を唱えて浄化させていき…その後晴明と導満は亡くなった男性の供養をしていったのであった。
「ありがとうございました。これで、亡くなった主人は成仏することが出来ます…。」
「いえ、それより残されたお子さんも相当悲しんでいるのではないのですか…。」
「ええ、この子も亡くなった主人の事が大好きで一緒に遊んだ事も生涯の思い出として記憶に残ると思います…。」
「坊や、お父さんの分もしっかり生きていくんだよ…。」
「うん…。」
それから晴明と導満は、もう一つの事件を解決しなければならない事を思い出していた。
それは、導満が捜査していた謎の白骨死体の真相を探ろうと…晴明は導満の案内で廃墟と化した古寺へと向かっていったのである。
「此処が、白骨死体が見つかった古寺か…。」
「ああ…。何でもこの古寺は、その昔巨大な大百足が住み着いていたと言う曰く付きの古寺だ。しかも、十年以上も前までは生け贄を捧げていたと言う風習があったぐらいだからな…。」
「生け贄だって…。まさか、それってまだ幼い子供をその巨大な大百足に捧げたって言うのか…。」
「恐らくな…。だが、いったい何の目的でこんな無残な事をしたのか考えただけでもゾッとしてきたぜ。」
「導満もそう思うか…。罪のない子供を化け物に捧げるなんて考えられないよ…。」
「晴明、その巨大な大百足が住み着いていたと言う証拠がこの古寺に保存されているらしいぞ…。」
「本当なのか…。」
導満は廃墟となった古寺に巨大な百足が住み着いていたと言う証拠があると晴明に説明すると、早速晴明は古寺の中へと足を踏み入れる事にしたのだった。すると、晴明がそこで目にしたものは…《龍神山の大百足》と書かれた文字の横に不気味な姿をした巨大な大百足の絵が描かれていたのである。
「導満、ちょっと来て見ろよ…。」
「どうした、何があったんだ…。」
「この絵馬を見てみろ…。どうやら、こいつが化け物の正体らしいぞ。」
「うわぁ〜。何だか不気味な姿をしているな。今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出しているけどな…。」
晴明は更に古寺の内部を汲まなく周囲を捜査すると、奥の本堂に棺が無造作に置かれているのを発見し…
恐る恐る棺の蓋を開けてみると、そこにはなんと小さな白骨化した死体が見つかったのである。
しかも、他の棺にも同類の死体が全部で六体も見つかっており、晴明はあまりにも無残な光景に胸を痛めていたのだった。
「こいつは酷すぎる…。白骨化して十年以上が経過しているのに、全く色褪せしていないと言うか…とにかく供養しない事には亡くなった子供たちが成仏出来やしない…。」
晴明は棺の前で印を結びながら術を唱え、成仏させようとしたその時…本堂の床下か突然不気味な姿をした龍神山の大百足が現れ、後から導満も駆け付けて晴明と共に戦い挑もうとしていた。
「うわっ、何だ今の音は…。」
「導満、龍神山の大百足が現れたぞ…。」
「こいつが、伝説の大百足か…。まだ生きていたとはな…。」
「気を付けろ。奴はとんでもない妖気を感じるぞ…。」
「分かってるって…。オレはそんなにドジを踏むような事はしないっつうの…。」
「さて、どう始末しようか…。」
「お前、殺生はしないって言ってなかったっけ…。」
「確かに言ったけど、今はそんな事を言ってる場合じゃないんだ。こう見えても、かなり気が短い性分なんでね…。人前では低姿勢な態度を取ってるけど、化け物の前ではすっげぇ暴れまくる鬼神と化すのさ…。」
「せ、晴明…。」
「導満、ぐずぐずしている場合じゃなさそうだぜ。」すると、いきなり龍神山の大百足が晴明と導満に猛突進しながら弾き飛ばし…更に口から猛毒の粘液を吐き出して晴明たちを窮地に追い込まれてしまうのである。
「気を付けろ、奴の粘液はかなりの強力な猛毒が含まれているらしいぞ。」
「あれに触れたら一発でおしまいだな…。だが、このまま奴を倒すには少し厄介な展開になりそうだ。」
「だったら、一気に倒すしかなさそうだぜ…。」
「晴明、一気に行くぞ…。」
導満の制止を振り切って龍神山の大百足に突っ込んで突進しようとしたその時…龍神山の大百足が大きな身体を動かしながら晴明を叩きつけていった。
「ぐふっ…。」
「晴明、しっかりしろ…。」
「だ、大丈夫だ…。」
「あの野郎…よくも晴明をこんな目に合わせやがって。晴明、しばらく休んでろ…。あとは俺がケリつけてやっからよぉ…。」
「や、やめろ…。このままじゃ俺たちあの大百足に食われちまうぞ…。」
「心配すんな…。この日の為に、密かに編み出した必殺技があるんだ。」
「必殺技…。」
「ああ…。晴明が知らない取っておきの必殺技を見せてやるぜ…。」
そう言って、導満は大百足の前に立ちはだかり…印を結びながら術を唱え始めたのであった。
「大地を揺るがし地の神・大鯰よ…。我が命令に従い…邪悪なる魔物を滅殺せよ。芦屋流陰陽術・激震爆裂陣。」導満の必殺技である激震爆裂陣が龍神山の大百足にダメージを与え、更に導満は龍斬大剣で龍神山の大百足の身体を真っ二つに斬り裂くと…龍神山の大百足は断末魔の叫びを上げながら鈍い音を立てながらそのまま息絶えていったのである。
「晴明、しっかりしろ…。龍神山の大百足は倒したぞ。」
「そ、そうか…。そいつはよかったな。だが、お前にいいところを取られちまったな…。」
「何言ってんだよ。お前を助ける為に必死だったんだぞ…。」
「ははは…。やっぱ導満は昔っから変わってないよな…。俺が窮地に追い込まれると必ず助けてくれるからさ…。」
「て、照れるじゃないか…。それより、お前の怪我を直さないとヤバいぞ。」
「そうだ、うっかり忘れていた…。導満、すまないが肩を貸してくれ。」
「ったく、しょうがないなぁ〜。」
龍神山の大百足との戦いに勝利した晴明と導満だったが、不覚にも晴明が怪我をしてしまい…導満は晴明を背負いながら旅籠へと戻っていったのだった。
それから一ヶ月が経過して尾張国をあとにして次の目的地である駿河国に歩を進めて行くのだが、そこで晴明たちは一人の少女と出逢う事にはなる。
しかし、その少女には人には言えない悲しい過去が秘められていたのである。
果たして、晴明たちは心を閉ざした少女を癒す事が出来るのだろうか…。
第三幕に続く…。