第十七幕 伝説の海賊王の財宝に秘められた謎の暗号文、背後に迫り来る怪しき黒い影
そして、その日の夜…。
天竺屋藤兵衛一行に化けた晴明たちは、行灯の光に導かれながら上総屋の別宅へと向かい、しばらくすると門前に見張りらしき男が三人監視をしていたが、この時晴明は本物の天竺屋藤兵衛から預かった純金の簪と道中手形を受け取った瞬間から何やら良からぬ事が起きるのではと懸念を抱いていたのであった。
だが、晴明の不安を他所に怪しく忍び寄る黒い影が迫り…予想を遥かに超える危機が訪れようとしていた。
「晴明、藤兵衛から預かった純金の簪と道中手形…あれって何の意味があるんだよ。」
「さぁな…。藤兵衛が言うには、純金の簪と道中手形には何かの秘密があるらしいと言っていたみたいだけど、詳しい事は何にも言わなかったんだ。」
「しかし、奪われた簪に秘密があるなんてとても信じられないな…。」
「それに、道中手形にも変わったところが見当たらないみたいですし…もしかしたら晴明様の思い違いなのではないでしょうか。」
「いや、そんな筈はない。確かにあの時、藤兵衛がこの純金には必ず何かの秘密があると言っているんだ。もちろん、道中手形にも何かの細工が施されているに違いない…。」
「とにかく、上総屋へ行って真相を確かめようぜ。」「そう慌てるな…。必ずしも上総屋が邪龍一族の頭目とは限らないぞ。事は慎重に運ばないと逆に酷い目に遭うからな。」
それから数分後、晴明たちは上総屋の別宅へ向かい…薄暗い行灯が煌々(こうこう)と照らされている中、門前には見張りの男が数人立ち竦んでいたが…しばらくして晴明たちは怪しまれない様に上総屋へ近づき、見張りの男に道中手形を見せていったのである。
「おっと、此処から先は関係者以外立ち入り禁止だぜ…。」
「兄さん、勘違いされちゃ困るぜ…。あっし逹は上総屋の旦那に頼まれた物を届けに来たんだ。済まないが、上総屋の旦那に取り次いで頂けやせんかね…。」
「それじゃあ、何か身分を明かす物を見せて貰おうか…。」
すると、藤兵衛に化けた晴明は懐から道中手形を取り出し…見張りの男に提示して何とか怪しまれずに通過する事が出来たのだった。
「大変失礼致しました…。では、皆さん奥の座敷へお進み下さいませ…。すぐに旦那を呼んで参りますので…。」
そう言って、見張りの男は晴明たちを奥座敷へ通し…しばらくすると上総屋の主・太左衛門が姿を見せたのである。
「おお、天竺屋ではないか…。随分遅かったみたいだが、何か災難でも巻き込まれたのではないのか。」
「これは上総屋の旦那、遅なって申し訳御座いません…。実は此処へ来る途中、怪しげな連中に追われていたので…少しばかり遅れてしまいましたが、何とか無事に辿り着いた所存に御座います…。」
「天竺屋、そう堅苦しい挨拶は抜きにして…早速例の物を見せてはくれぬか。」
早速晴明は、懐から純金の簪を上総屋に手渡すと…上総屋は純金の簪を見るなり目の色を変えてこう叫んでいった。
「おお…これこそ我が探し求めていた純金の簪。藤兵衛、よくやった…。これさえあれば、海賊船に眠っている財宝の在処を探す事が出来る。」
「だ、旦那…。海賊船の財宝って、いったい何の事で御座いますか…。」
「藤兵衛、この純金の簪には…かつて伝説の海賊王と呼ばれた夜叉神の甚兵衛が遺した財宝の秘密が隠されているんだ。」
「夜叉神の甚兵衛と言えば、その昔全国を荒らし回った大海賊と呼ばれた男…。奪った金子はざっと見積もって百万両〔現在の貨幣価値で約一千億円〕だと聞いています。」
「その夜叉神の甚兵衛が隠した財宝は、この純金の簪に託したとされている。しかし、もう一つ気になる事があってな…この簪に書かれている暗号文が全く分からないのだ。」
「旦那、その暗号文はどんな内容なのですか…。」
上総屋の話によると、純金の簪に書かれている暗号文には、壱から六までの漢数字と甲から辛までの横の漢字、それにいろは四十八文字の組み合わせによるもので…解読するには相当の時間が掛かるとされていた。
「だが、その暗号文を解く鍵が見つからなければ…永久的に解読するのは難しいだろう。」
「旦那、もしかしたら暗号を解く鍵なら…以外な場所に隠されている可能性があるかも知れません。」
「例えば…。」
「もし、この道中手形にその暗号文が隠されているとしたら…。」
「道中手形に…。まさか、こんな小さな手形に暗号文が隠されているなんてとても信じられない。」
「ですが、可能性としては十分考えられるかと思われます。」
「その道中手形を調べれば、何か秘密が分かると言うのだな…。」
「はい…。」
晴明は道中手形を片っ端から調べあげ、手形の枠に手を掛けた瞬間…カチッと枠が外れる音がしたのを確認してそっと手形の枠を外すと、なんと手形の中からいろは四十八文字が記されていた解読表を発見した…。
「藤兵衛、これは…。」
「どうやら間違いありません…。この手形に記されている解読表は、百万両の財宝の在処を示す重要な鍵となりましょう。」
「それで、その手形に何と書かれているんだ…。」
その暗号文の内容とは、
『壱弐参四伍六』
『甲乙丙丁戊己庚辛』
『いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしえひもせすん』
丙の弐 甲の壱 丙の六 戊の四 戊の弐 丙の四 丙の弐 丁の四 甲の参 丙の四 丁の壱 庚の伍 戊の弐 戊の伍 庚の六 甲の弐 戊の弐 乙の壱 丁の六 甲の弐 丁の六 戊の弐 庚の六 丙の四 甲の四 己の六 乙の伍
かい□□の□□らは
□つみ□や□ろの
と□ろ□のした□あ□
「藤兵衛、此処に記されている暗号文の意味を解読する事が出来るか…。」
「ええ…。おそら暗号文を解く作業をくり返しながら解読すると…全部で二十七文字の文章が完成する仕組みになっております。」
もっと分かりやすく説明すると…
辛庚己戊丁丙乙甲
えさけゐつわとい壱
ひきふのねかちろ弐
もゆこおなよりは参
せめえくらたぬに四
すみてやむれるほ伍
んしあまうそをへ六
と、この様な解読表が完成するのである。
「だとすると、此処に書かれている暗号文を全部解読していくと…そうか、そう言う事だったのか。」
「夜叉神の甚兵衛が隠した百万両の財宝の隠し場所がこんな所に隠されていたとはな…。」
「だが、何故甚兵衛は財宝を離れ小島ではなく、態々こんな場所に隠すのか…その詳細すら不明なのが事実に御座います。」
「とにかく、百万両の財宝の在処が分かった以上…早速明日にでも掘り出してみる事にしよう。」
すると突然、晴明が上総屋に対して邪龍一族の秘密を話し…上総屋が邪龍一族の頭目なのかどうかを確認する意味で真偽を確かめるべく問い質してみた。
「旦那、一つお聞きしたい事があるのですが…。」
「何だ、聞きたい事って…。」
「旦那は、邪龍一族の名前を御存じでは…。」
「邪龍一族…。そいつ等はいったい何者だ。」
「邪龍一族は全国を股に掛けて荒らし回っている盗賊集団の事で、その素性は全く謎に包まれており…掴み所のない連中の事に御座います。」
「その邪龍一族と百万両の財宝と何の関係があるのか…詳しく説明してくれぬか。」
「実は、ある人物から邪龍一族の頭目が上総屋の旦那だと言う噂を耳にしましたんで…。」
「わしが邪龍一族の頭目だと…馬鹿な事を申すな。大体邪龍一族など見た事も聞いた事もないんだ。藤兵衛、お前まさか…このわしを疑っているのか。」
「いえ…。ただ、百万両の財宝を邪龍一族が狙っているとしたら…これこそまさに天下の一大事に御座います。」
「天下の…一大事か。藤兵衛、お主どうしてその様な事を知っているんだ。」
すると晴明は、自分が天竺屋藤兵衛の身代わりとして上総屋へ赴き…これまでに起きた事件の真相を話していったのである。
「上総屋の旦那、今まで騙して申し訳御座いませんでした…。実は本物の天竺屋藤兵衛より上総屋の旦那へ純金の簪を届けるよう託けられたのです。」
「それで、本物の天竺屋藤兵衛は今どこにいる。」
「本物の天竺屋藤兵衛は、我々の仲間と共に…とある場所に匿っております。」
「それでは、藤兵衛がそなたに純金の簪を託したのは…事件の真相を確かめる為に罷り越したと申すのだな…。」
「左様に御座います。上総屋の旦那が邪龍一族の頭目ではないとすれば、いったい誰が邪龍一族の頭目なのか…その正体さえ分かれば事件の糸口が見つかるのに…。」
と、その時だった…。
突然上総屋の奥座敷に一本の矢文が投げ込まれ、すかさず晴明が矢文を内容を読んでみると、そこに書かれていたのは純金の簪と道中手形を明朝辰の下刻〔午前9時20分から午前10時の間〕までに磯鷲神社境内へ上総屋一人で来るようにと書かれていた。
「何っ、純金の簪と道中手形を渡せだと…。」
「旦那、その矢文の最後に書かれている署名は…何と書かれているのですか。」
「…邪龍一族。」
「奴等め、とうとう百万両の財宝の在処を嗅ぎ付けやがったな…。」
「でも、奴等は何故…純金の簪と道中手形の事を知ったのだろうか。」
「まさか、この屋敷に邪龍一族の手下が紛れ込んでいるんじゃないのか…。」
「いや、そんな筈はない…。だが、誰一人この話を喋った者はいないのは事実だ…。」
「だとしたら、屋敷の誰かが盗み聞きした可能性があるかも知れないぞ。」
「とにかく、その盗み聞きした奴を徹底的に調べ上げる必要があるな…。」
「上総屋の旦那、その純金の簪と道中手形をしばらく私に預けては貰えないでしょうか…。」
晴明は上総屋に純金の簪と道中手形を預けて貰いたいと懇願し、続けざまに自分の正体が陰陽師・安倍晴明である事を明かしたのであった。
「そなた…もしやその印籠の紋所は、やはり安倍晴明様でしたか。」
「上総屋、今まで黙っていてすまなかった…。私は邪龍一族の頭目が何処の何者なのかを知りたくてこの様な格好をしたのだが、とにかく明日の辰の下刻…磯鷲神社に行って奴等が来るのを待ち伏せしよう。」
「晴明様、本当に邪龍一族は来るのでしょうか…。」
「心配には及びません…。我々がついてますから、太左衛門殿は奴等の指示に従って下さい…。もし何かあったら、私たちが必ず太左衛門殿をお守りします。」
「か、忝ない…。晴明様のその心強い言葉を聞いて…この上総屋太左衛門、ただただ感謝するばかりに御座います…。」
上総屋太左衛門は晴明の心強い言葉に安堵の表情を浮かべながらホッと一安心した様子で明日に備えて一足先に休む事にした。
「さて、いよいよ明日は邪龍一族の正体を見届ける時が迫っているが…奴等がどんなカラクリを仕掛けて来るか、用心した方が無難だと思うぜ。」
「しかし、連中の正体も分からないでどうやって対応するのですか…。」
「兄弟子、何か奴等に対抗出来る秘策とかないのでしょうか…。」
「晴明、俺はこれまでに数多の戦を潜り抜けてきたんだ…。だが、相手は邪龍一族…奴等を炙り出すだけでも一筋縄ではいかない連中だ。とにかく、奴等が来る前にこちらから罠を仕掛けるしか手立てがなさそうだ。」
「罠を…仕掛ける。」
「そうか、罠さえ仕掛けてしまえば…さすがの邪龍一族も混乱するに違いない。」
「兄弟子、万が一に備えて飛鳥どのたちも呼び寄せた方がよろしいかと…。」
「そうだな…。」
「明日はいよいよ邪龍一族の正体が明らかになるんだ…。」
「とりあえず明日に備えて今日は休む事にしよう。」
晴明たちが持ち込んだ純金の簪と道中手形には、かつて伝説の海賊王と呼ばれた夜叉神の甚兵衛が隠したとされる百万両の財宝の在処を示した暗号文を発見したが、そんな矢先に邪龍一族からの矢文を受け…辰の下刻までに純金の簪と道中手形を渡せとの脅迫文を受けた上総屋太左衛門は、晴明たちに邪龍一族から守って欲しいと頼み、もちろん晴明たちは快く引き受け…明日の取り引きに備えて暫し休む事にした…。
だが、そんな晴明たちを付け狙う黒い影が上総屋の屋根から鋭い眼差しで監視していたのだった。
果たして、この黒い影の正体はいったい誰なのか…。
次回、謎に包まれた邪龍一族の正体が明らかになる。
第十八幕に続く…。