第十三幕 不気味に漂う地獄からの使者、闇の法術使い・蟆蛇螺法師登場
更科弾正の身体に憑依し、更にパワーアップした妖婆黒刀自は…飛鳥との決戦を迎えていたが、圧倒的な戦力を誇る黒刀自に対し…やや劣勢の状況にある飛鳥はあらゆる攻撃を仕掛けていくのだが、さすがの飛鳥も苦戦を強いられる事になろうとしていた。
だが、このまま戦い敗れる訳にはいかないと飛鳥は取って置きの秘策を黒刀自に法術を施していったのだったが、すかさず黒刀自は飛鳥の攻撃をひらりとかわして逆に飛鳥は黒刀自の妖術の前に敗れてしまうのであった。
「な、何故私の法術が通じないの…。」
『ひゃっひゃっ…。何度やっても無駄じゃと申したのに、愚かな小娘じゃのう…。』
黒刀自は飛鳥に対して言ってはいけない言葉を発し、それを聞いた飛鳥は身体を震わせながらこう言い放ったのである。
「何が愚かな小娘ですって…。あなたにその様な言い方で呼ばれるようでは、さすがの私でも堪忍袋の緒が切れますよ…。」
『そうか…。ならばついでにもう一言申しておこう…。お主の身体には、汚れた魔神の血が流れておる。』
「汚れた魔神の血ですって…。」
『そうじゃとも…。そなたは人間と魔神の間に生まれた混血児…即ち呪われた運命を背負った汚れた小娘だと言う事じゃよ…。』
「…私が、人間と魔神との混血児だったなんて。」
しかし、それは黒刀自が飛鳥を陥れる為の作戦だったが…飛鳥は既に自分が人間と魔神との混血児である事を知っていて、動揺するどころか逆に飛鳥の逆鱗に触れてしまう結果を招いてしまう事となってしまうのである。
「妖婆黒刀自、私は既に自分が人間と魔神との混血児である事は小さい頃から知っていたわ…。だけど、私を陥れようとしても無駄だったみたいね。」
『な、何じゃと…。』
「私の逆鱗に触れてしまった以上…もはや天の裁きを与えるしか道はなさそうね…。」
『だ、黙れっ…。このまま引き下がる黒刀自だと思うたら大間違いじゃぞ…。こうなったら、そこに居る仲間共々地獄に叩き落としてくれようぞ…。』
「そうはさせないわ…。これ以上晴明様たちに危害を加えさせる訳にはいかない…。もし、万が一危害を加えると言うのであれば、容赦なく天罰を下す事になりましょう。その時が、妖婆黒刀自…あなたの最後です。」
『ふざけた事を言うんじゃないよ…。もはやこうなったら最後の手段を講じるしか手はなさそうだね…。』
黒刀自は印を結んで何やら呪文を唱えて再び飛鳥に攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、飛鳥は黒刀自の妖術をかわして反撃を開始していったのである。
「妖婆黒刀自、もはや改心する猶予はなさそうね…。潔く覚悟なさい…。」
『だ、黙れ…。我が妖術の恐ろしさを思い知るがいい…。』
黒刀自の妖術と飛鳥の法術がぶつかり、一瞬の隙を突いて飛鳥が弾正の身体に憑依した黒刀自の魂を引き離す事に成功したのである。
『ば、馬鹿な…。我が妖術を討ち破るとは…。』
「これで終わりです、妖婆黒刀自…。私の法術で消滅させてあげますわ…。」
そして遂に、飛鳥は霊魂消滅術を施して妖婆黒刀自の魂を完全消滅させようとしていた…。
「暗黒の世界より現れし二匹の聖龍たちよ…。今こそ我が命令に従い…邪悪なる輩を闇の世界へと導きたまえ。」
飛鳥の法術によって、妖婆黒刀自の魂は完全に消滅し…ギヤマン御殿での戦いに終止符を迎えたのである。
「飛鳥どの…怪我の方は大丈夫なのか。」
「ええ…。」
「よかった…。飛鳥どの、あまり無茶を為さらぬな…。飛鳥どのの身体にもしもの事があったら…亡くなられたお父上に何てお詫びを申したらよいのか。」
「ご、ごめんなさい…。」
「い、いや…。別に飛鳥どのを責めている訳ではないんだ。その…何て言うか、私は飛鳥どのの事を心配して言っているだけで…。でも、飛鳥どのが無事でよかった…。」
「晴明様…。晴明様が私の事を前々から私の事を心配なさっていたいたなんて…正直訳も分からずただがむしゃらに戦っていたので全然記憶になかったのですが、でも晴明様のお陰で無事妖婆黒刀自を倒す事が出来ました。」
「それはよかった…。だが、これで戦いが終わった訳ではない。妖婆黒刀自が倒された今、奴等は次の刺客を送り込むに違いない…。」
「晴明の言う通りだ…。婆沙羅将軍は恐らく、太公望殿の命を狙う可能性もある。何としてでも奴等より先に太公望殿を見つけ、一刻も早く此処を出発しなければ…。」
「晴明殿、お待ちください…。」
突然数馬が晴明にギヤマン御殿の主・更級弾正の姿が忽然と消えた事を告げると、晴明は恐れを為して何処かへ逃げたのではと話すが、それでも晴明は弾正は二度と悪事に手を染めない事を願いながら次の目的地である陸奥国〔現在の青森県及び岩手県一部分〕へと向かうのであった。
その日の夜、晴明はある場所へと立ち寄っていた。
其処はかつて、今から十数年前に起きた土蜘蛛党と名乗る一党が徒党を組んで一揆を起こし…首謀者の永瀬大膳以下十三名は即日極刑に処せられた曰く付きの場所であった。
「晴明、こんな所に居たのか…。」
「あ、兄弟子…。」
晴明の背後から正親が現れ、土蜘蛛党が一揆を起こしたとされる菩薩峠にその痕跡が残されていると話すのだった。
「此処はかつて土蜘蛛党と名乗る一党が徒党を組んで一揆を起こし、総勢百数十名を引き連れて一揆を企てたとされている。しかしその後首謀者の永瀬大膳以下十三名は藩主勝田豊前守直勝によって磔にされ…その日の内に極刑に処せられたと聞いている。」
「兄弟子、その後藩主勝田豊前守直勝はどうなったのですか…。」
「噂では謎の病に倒れ、その数日後に病死したとされている。勝田家周辺の人々は、土蜘蛛党の祟りと恐れられ…以後勝田家の屋敷は蜘蛛の巣屋敷と呼ばれるようになったのだ。」
「それで、その屋敷は今どうなっているのですか。」
「分からない…。何せ十数年前の話だから、恐らく廃墟にはなっていると思うが…とにかく全てが謎だらけの事件だから、真相が明らかにされていないのが実情だ。」
と、そこへ飛鳥が晴明の下へやってきて…自分の身体に魔神の血が流れていると妖婆黒刀自から聞かされ、一人悩んでいたのだと晴明に告白していた。
「晴明様、私…もしかしたら魔神の血が流れているのではと一人悩んでいたのですが、もしそれが事実ならば…今頃私は晴明様に出会っていなかったと思います。」
「飛鳥どの、例え魔神の血が流れていようと…私は飛鳥どのを最後までお守りする所存にございます。」
「せ、晴明様…。そこまで私の事を想ってくれていたなんて、私は晴明様にお仕え出来て本当に光栄です。」
「晴明、飛鳥どのを守れるのはお前だけなんだ…。だから、どんな困難が待ち受けていようと…絶対に死ぬ気で守ってやれよ。」
「分かりました…。」
「飛鳥どのも、もし晴明の身に何があっても…決して慌てず冷静に対処なされるがよい。」
「はい…。」
翌朝、陸奥国の最北端に位置する霊場恐山に立ち寄った晴明たちは、恐ろしく不気味な雰囲気に飲み込まれてしまいそうな風景にただ驚くばかりだった。
「此処が、陸奥国最北端にある霊場恐山か…。」
「噂には聞いていましたが、まるで地獄に立ち寄った…って雰囲気に飲み込まれてしまいそうですわ。」
「しかし恐ろしい所だよな…。今にも化け物が出そうな感じがして相当ヤバそうだぜ。」
「だけど、かなりキツい匂いが漂っているようですが…もしかしたらこの匂いは《硫黄》なのでは。」
「数馬殿、硫黄って確か鉱泉物質の一種ですよね。」
「ええ…。硫黄はあらゆる病気を治す治療薬である一方…一歩間違えれば身体に害を成す恐ろしい毒となりましょう。」
「晴明、そろそろ此処を出た方がよさそうだぜ。」
導満は霊場恐山に何か不穏な気配を感じ取り、急いで立ち去った方がよいのではと晴明に促していくが…晴明は霊場恐山に僅かながら微力の霊気を感じ取ると正親たちに話すのである。
「ちょっと待ってくれ…。どうやらこの近くに、微力だけど霊気を感じるんだ…。」
「何だって…。」
「晴明、それは本当か…。」
「間違いない…。あの洞窟から発せられる霊気からして、恐らく仙界の道士・太公望殿の気配に間違いなさそうだ…。」
「だが、太公望殿が居るのかどうか分からないのに…どうして太公望殿の気配だと分かるんだ。」
晴明は太公望と同じ陰陽五行説に通ずるものがあると睨み、一刻も早く見つけ出して助けたいと正親に話すのである。
「兄弟子もご存知の通り…陰陽道は元々清国より伝わった陰陽五行説が主体となり、それが分細化して占術や天文学などあらゆる技術に発展したのです。ですが、京の都に魔物が現れ…その時に結成されたのが《陰陽退魔師》と呼ばれる妖怪退治を専門とする組織…。」
「その陰陽退魔師を統括していたのが、晴明の父上である安倍保名殿…。保名殿はこれまでに多くの陰陽退魔師を育て、中にはたった一人で百体近くの妖怪を退治した強者も居ると聞く…。」
「親父が…。」
「それはそうと、この近くに太公望殿の気配を感じると言っていたが…。」
すると晴明は、太公望が身を潜めているとされている場所が…晴明のたち位置から南南西の方角に位置する巨大な龍の石像の裏側に太公望が居ると正親に告げていくのであった。
「兄弟子、太公望殿はあの龍の石像付近に身を潜めていると思われます…。ですが、どうやら厄介な事が起こってしまったようなんです。」
「晴明、厄介な事って…いったい何が起きようとしているんだ。」
「太公望殿の命を狙う厄介な敵がこの近くに潜んでいるようなのです。その敵が、もし仮に冥府十神だとしたら…。」
「晴明様、まさか…。」
「晴明、奴等がとうとう現れたと言うのか…。」
「いや、奴等は完全に復活した訳ではない…。奴等を復活させようとしている輩なら、既に姿を見せている筈だがな…。」
「晴明殿、その輩は何処に居られるのだ…。」
兵馬は姿なき刺客が晴明たちの前に居るのかどうか全く気配を感じないと告げるが、晴明はあらかじめ予知していたかの如く…敵の気配を察知していたのである。
「どうやら我々の前に姿を隠している様子だ。…そろそろ姿を見せたらどうだ。覇ぁぁぁぁ…。」
晴明は姿なき刺客の居る方向へ陰陽術を放つと、爆音と共に現れた婆沙羅将軍の刺客・蟆蛇螺法師が晴明たちの前に立ち阻んでいった。
『ふはは…。よくぞ見破ったな…。』
「貴様っ、我々の後を追って太公望殿の命を狙うは何者だ…。」
『我が名は闇の法術使い・蟆蛇螺法師と申す者…。我等が首領である婆沙羅将軍様の命令を受け、仙界道士・太公望の命を貰い受けに参上した…。』
「な、何だと…。」
「婆沙羅将軍の手先め、此処から先に通す訳には参らぬ…。」
「太公望殿の命は、我々が守る…。」
「貴様が太公望殿を狙う理由はどうであれ、太公望殿の命を狙うなどあまりにも許されぬ行為…。」
「我々七人が居る限り、指一本触れさせぬ事など到底叶わぬ…。」
「あなたの行為は、天の神に背く悪質極まりない事…。決して許す訳にはいきません。」
「それでも我々に逆らうとでも言うのであれば、その場にて成敗してくれようぞ…。」
『ええい、どいつもこいつも減らず口ばかり叩きおって…。どうやらお前たちはこの蟆蛇螺法師様の本当の恐ろしさを知らないようだな…。ならば望み通りお前たちをあの世へ送ってやる…。』
晴明たちは蟆蛇螺法師との戦いに挑もうとしたのだが、突如蟆蛇螺法師が施した《影封じの術》によって完全に晴明たちの動きを封じられてしまうのであった。
「か、身体が…。」
「いったいどうなっているんだ…。」
「蟆蛇螺法師、てめぇ今何をしやがったんだ…。」
『ふはは…。お前たちには悪いが、しばらくの間影を封じさせてもらったぞ。』
「か、影を封じただと…。」
「だ、駄目だ…。これじゃ身動き出来やしない。」
「完全に動きを封じられたのでは、どうする事も出来ないぞ…。」
「晴明、いったいどうすりゃあいいんだよ…。」
「こればっかりはどうにもならないな…。相手はかなりの手練れ者だから、さすがの私でもお手上げ状態だ…。」
蟆蛇螺法師が影封じの術を施し、完全に動きを封じられてしまった晴明たちは、最大の危機に立たされてしまい壊滅的状況に追い込まれてしまうのだった。
果たして、晴明たちは蟆蛇螺法師の呪縛から逃れる事が出来るのだろうか…。
第十四幕に続く…。